特集・商業的性的搾取の撤廃をめざして
2002年1月5日、SAARC(南アジア地域協力連合)第11回首脳会議(カトマンズ、ネパール)で、子どもの権利に関わる2つの地域条約が採択された。ひとつは「買春を目的とした女性および子どもの不正取引の防止および撲滅に関する条約」(Convention on Preventing and Combating Trafficking in Women and Children for Prostitution)、もうひとつは「南アジアにおける子どもの福祉の促進のための地域協力体制に関する条約」(Convention on Regional Arrangements for the Promotion of Child Welfare in South Asia)である。本稿では前者の内容について簡単に紹介する(後者の概要については「子どもの権利条約ネットワーク」(http://www.ne.jp/asahi/crc/network/)のニュースレター第60号参照)。
SAARCは、南アジアの経済および社会の発展をめざし、加盟国間で同意された懸案事項を解決するために共同で行動していくことを目的に、1985年12月に結成された地域的政府間機構である(加盟国=ネパール、バングラデシュ、ブータン、インド、モルジブ、パキスタン、スリランカ)。
「買春を目的とした女性および子どもの不正取引の防止および撲滅に関する条約」は、女性と子どもの不正取引の防止・処罰および被害者の帰還・リハビリテーションに関して加盟国間の協力を促進するとともに、国際買売春ネットワーク(とくに南アジア諸国が送り出し国・通過国・受入れ国になっている場合)における女性と子どもの使用を防止することを目的としている(2条)。「子ども」とは18歳未満の者である(3条1号)。
本条約の加盟国は、不法な手段で買春の被害者とされ、または売春を強制された女性・子どもの不正取引を、被害者の同意の有無を問わず禁止し、「その深刻な性質を考慮にいれた適切な処罰」の対象としなければならない(1・3条)。処罰の加重要件として、(a)加害者が所属する犯罪組織の関与、(b)他の国際組織犯罪への関与、(c)暴力・武器の使用、(d)公職の立場の利用、(e)子どもに対する加害、(f)子どもや学生が利用する諸施設・場所における加害、(g)前科が挙げられているのは興味深い点である(4条)。
本条約では、買春目的以外の女性・子どもの不正取引は処罰の対象とされていない。「不正取引」(trafficking)という用語が、「不正取引の対象とされた者の同意の有無に関わらず、金銭的その他の対償と引換えに、女性および子どもを買春目的で国内外に移送または売買すること」と定義されているためである(1条3号)。「買春」は「商業的目的で人を性的に搾取または虐待すること」と定義されており(3条2号)、ポルノグラフィーやストリップ等における使用も含まれると解されるものの、他の関連の国際文書に比べると対象範囲は狭まっている(注1)。買春以外の目的による不正取引も対象とすべきだという意見もSAARC第10回首脳会議(1998年)で出されたものの、採用されなかった。
一方で、「不正取引の対象とされた者」については、「欺罔、脅迫、威迫、誘拐、売買、詐欺的婚姻、児童婚またはその他のいずれかの不法な手段によって、不正取引を行なう者により買春の被害者とされまたは売春を強制された女性および子ども」と定義されている(1条5号)。前掲の1条3号とあわせて読むかぎり、買春目的の不正取引は被害者の同意の有無に関わらず違法とされるべきことが確認されたと解される。この点は欧州評議会の2000年の勧告と軌を一にした対応である(注2)。もっとも、本条約で成人女性と子どもがひとくくりにされていることについては、起草作業中、女性に対する暴力についての国連特別報告者であるクマラスワミ氏から批判も受けた(注3)。
本条約はこのほか、司法手続における被害者の保護(5条)、捜査・司法共助(6条)、容疑者の引渡し・訴追(7条)、防止・禁止のための措置(8条)、被害者のケア・取扱い・リハビリテーション・帰還(9条)などについても定めている。被害者保護についての規定は他の関連の国際文書に比べて抽象的だが、非政府組織(NGO)の役割に明示的に触れている点は興味深い(9条)。第11回首脳会議では、被害者のリハビリテーションおよび再統合のための自発的基金を設けることについても合意されている。今後、南アジア地域におけるこの問題へのとりくみが本条約によってどの程度促進されるか、注目していくことが必要である。
*注1 たとえば、「子どもの売買、子ども買春および子どもポルノグラフィーに関する子どもの権利条約の選択議定書」(2000年)は人身売買の目的を例示するのみで限定していない。また、国連・国際組織犯罪禁止条約を補完する「人、とくに女性および子どもの不正取引の防止、禁止および処罰のための議定書」(同)は、広く搾取目的の不正取引に対応している。
*注2 欧州評議会閣僚委員会勧告R(2000)11号(性的搾取目的の人の不正取引に対する行動についての勧告、2000年5月19日)の付属文書第1部1項は、「とくに威迫(とりわけ暴力または脅迫)、欺罔、権威の濫用または権利侵害を受けやすい立場の利用」を禁止されるべき不正取引の手段として例示しながらも、「たとえその者の同意があっても」という文言を挿入し、かつ「合法であるか違法であるかを問わず、性的搾取目的の人の搾取および(または)移送もしくは移住......を組織すること」を禁止対象とすることにより、被害者の同意を抗弁とする余地をほぼ解消している。これは、成人については同意の余地を残した国連・国際組織犯罪禁止条約の議定書(前掲注1)よりもさらに厳しい対応である。買売春を合法化しているドイツとオランダはこの規定に従わない権利を留保した。
*3 Quoted in Jyoti Sanghera and June Kane, "Trafficking in Children for Sexual Purposes: An Analytical Review", theme paper submitted to the Second World Congress against Commercial Sexual Exploitation of Children (Yokohama, Japan, December 2001), p.8 (pdf version)