基本情報
1997年、国連総会は2001年8月に反人種主義・差別撤廃世界会議(WCAR)を南アフリカのダーバンで開催する決議を採択しました。
「人種主義」「人種差別」と聞くと、南アフリカにおけるアパルトヘイト(人種隔離政策)、そしてナチスドイツによる第二次世界大戦時のユダヤ人大虐殺(ホロコースト)、もしくはアメリカ合衆国での黒人解放運動(公民権運動)が想起されるかもしれません。
実際、第二次世界大戦の反省からできた国際連合では、人種差別や他民族に対する暴力に対しての対策を模索してきた歴史があります。人間の尊厳と平等への決意は数多くの国連決議、条約や宣言の形となって生み出されてきました。
1948年 集団殺害罪の防止および処罰に関する条約(ジェノサイド条約)
1963年 人種差別撤廃宣言
1965年 人種差別撤廃条約
1966年 国際人種差別撤廃デー(3月21日)の創設
1973年 アパルトヘイト犯罪の抑圧および処罰に関する国際条約
1973年~82年 人種主義・人種差別と闘う第一次十年
1978年 人種主義・人種差別と闘う第一回世界会議
1983年 人種主義・人種差別と闘う第二回世界会議
1983年~92年 人種主義・人種差別と闘う第二次十年
1994年~2003年 人種主義・人種差別と闘う第三次十年
2001年 人種主義、人種差別、外国人排斥、および関連する不寛容に反対し、力を合わせて行動する国際年
2001年 反人種主義・差別撤廃世界会議
これら条約や国際年の制定や会議の実施の流れに並行して、各国・各地域で、人種差別撤廃条約の批准や、それに伴う国内レベルの法律が作られたり、関連す る施策や取り組みが行われてきました。そして、一つの到達点として、南アフリカにおけるアパルトヘイトの劇的な終焉を世界は見たのです。今回の世界会議は アフリカ諸国の提案によって、その南アフリカで開催されます。
今回の反人種主義・差別撤廃世界会議の開催決定の背景には、近年の新たな人種主義・人種差別の台頭 についての懸念があります。ソ連崩壊・東西冷戦の終結後、数多く発生している民族間の対立および「民族浄化」の思想と行為、グローバル化に伴う特に移住労 働者への差別と女性・子どもの人身売買、そしてインターネットなどの情報技術を利用した差別煽動など、新たな様相を見せ、新たな定義を必要としてきた人種 主義・人種差別について、二十一世紀の始まりにあたり、世界が力を合わせて闘う必要があるとの認識です。
この世界会議には以下の目的が設定されています。
1. 人種差別等との闘いにおける、さらなる進展を妨げる障害と、それに打ち勝つための方法を再認識する。2. 人種差別等と闘うために、現行の基準の適用、法律文書の履行をより確実にするための方法と手段を検討する。
3. 人種差別等によって生じる害悪についての認識を高める。
4. 人種差別等と闘うことを目的としたプログラムを通して、国連の活動並びに機構の効果を高める方法について具体的な勧告をする。
5. 人種差別等へ導くような、政治的、歴史的、社会的、文化的、ならびに他の要素について再検討する。
6. 人種差別等と闘うための、より行動重視の国家的、地域的、国際的措置のための具体的な勧告をする。
7. 国連が、被害者に対する人種差別等と闘うための活動に対する資金およびその他の必要な資源を確保するための具体的な勧告を作成する。
(反差別国際運動 [IMADR] ホームページより)
この世界会議では、1995年の北京女性会議のプロセスと同じように、宣言と行動計画が採択されます。それにより国連加盟国政府に対しては宣言と行動計 画に対する道義的な責任が負わされ、各国の「約束」はその後、定期的にモニタリングされることとなります。したがって、この世界会議はその前後のプロセス が重要といえます。
この会議の正式名は「人種主義、人種差別、外国人排斥、および関連する不寛容に反対する世界会 議」(World Conference Agaist Racism, Racial Discrimination, Xenophobia and Related Intolerance)となっています。この世界会議および、会議に至るプロセスにおいては、人種主義、人種差別の定義や概念が限定されることなく、幅 広くとらえられることとなります。植民地主義や奴隷制の問題だけではなく、先住民族、移住、ジェンダー、カースト、難民、宗教などに見られる、人種、皮膚 の色、世系(門地)、文化、言語、民族、種族などに基づく様々な形態の「人種主義、人種差別、外国人排斥、および関連する不寛容」を問題の対象としていま す。さらに複数の要因が重なった「複合差別」にも注意が向けられています。
インド政府はカーストの問題を「人種主義の会議」の議題に含めることに反対しています。これには、 同様に世系(門地)に基づく差別として、日本の部落差別も関連しており、NGO(非政府組織)はカースト差別や部落差別が世界会議の議題や宣言、行動計画 に含まれるよう強く要求しています。
世界会議の議題は、テーマ1 - 人種主義、人種差別、関連する不寛容の根源、原因、形態、現代的表象
テーマ2 - 人種主義、人種差別、関連する不寛容の被害者
テーマ3 - 国内、地域、国際レベルにおける人種主義、人種差別、関連する不寛容の根絶をめざした予防、教育、保護の方策
テーマ4 - 国内、地域、国際レベルにおける効果的救済、償還義務、賠償、[補償]、その他の方策のための規定
テーマ5 - 人種主義、人種差別、外国人排斥と闘ううえでの国際協力や国連その他の国際的メカニズムの発展向上を含めた、完全で効果的な平等を実現するための戦略
と設定されています。なお、テーマ4の「補償」が括弧にくくられているのは、旧植民地支配国の政府の抵抗により保留となっているためであり、これも大きな争点の一つとなっています。
世界会議は基本的には国連の政府間会議であるため、参加者は国連加盟国の政府代表が中心となりま す。この世界会議は、人種差別撤廃条約の締約国ではなく、国連加盟国全部が参加対象となっています。これに加えて、世界地域(アジア、アフリカ、ヨーロッ パ、アメリカ)での準備会議に関わる地域機関や国内人権委員会、国連総会に常時オブザーバーとして招かれている機関、国連の専門機関、国連の人権機構内の 組織、NGOなどが参加対象となります。
ここ最近の国連会議の傾向としてNGOの参加が奨励されています。NGOの協力が不可欠だという国 連の認識があります。NGOは、手続きを踏めば傍聴が可能となります。NGOの資格によっては文書提出や発言の機会もあります。この世界会議の事務局長で ある国連人権高等弁務官のメアリー・ロビンソンの意向と努力もあり、できるだけ多くのNGOの参加と影響をこの世界会議にもたらすこと、差別の被害者の声 を会議に届けることが奨励されています。また、NGOのフォーラムが世界会議に並行して行われます。国連はNGOに対して世界会議および関連する地域会議 などへの参加資金援助もかなり行っています。NGOフォーラムやその他のNGOによる会議も世界会議にむけたプロセスにおいて重要な要素となります。政府 間会議の宣言や行動計画の内容に影響を及ぼす活動のほか、様々な形でのロビーイング(圧力や影響を与える活動)がNGOによって展開されています。
世界会議にむけたこれまでのプロセスを振り返ると、まず、2000年5月、国連人権委員会が中心と なって第一回準備会議が行われ、組織体制、暫定的な議題、議事進行規則などの原案が作られました。また、国連が主催する専門家セミナーが四つの世界地域で 実施されました。専門家セミナーには、NGOも参加して、地域で特に懸念される問題を討議し、人種主義やその現状について話し合い、情報を共有し、「最良 の行動」を共有することを目的としています。アジア・太平洋地域の専門家セミナーは、「特に女性と子どもに関しての移住と人身売買」をテーマとして 2000年9月にバンコクで行われました。
NGO では並行して世界会議に向けた組織づくりと運動づくりが進められています。各地域にコーディネートをする調整委員会ができ、様々なNGOの協力、ネット ワーク、連帯を押し進めることを目指しています。アジア・太平洋地域の調整委員会は2000年9月にスリランカ・コロンボで会議を行い、反差別国際運動 (IMADR)アジア委員会のニマルカ・フェルナンドさんを事務局長とする初期のチームが形成されています。
また、各地域の準備会議とNGOによるフォーラムもすべての地域で行われました。アジア・太平洋地 域では、2001年の2月19~21日に政府間のアジア地域準備会議が、その直前の17日~18日にはNGOフォーラムが、イランのテヘランで開催されま した。アジア地域準備会議では、この会議の(つまりアジア地域の)宣言と行動計画が採択されました。NGOはこの政府間会議に影響を与えるべく、NGO フォーラムにおいて、テーマ別ワークショップを、「ジェンダーと人種主義」、「移住と人身売買」、「カースト」、「国内マイノリティ [民族/宗教マイノリティ]」、「先住民族」、「グローバル化と人種主義」の6つのテーマで行い、文書や決議文を作成して、直後に行われた政府間会議で発 表しました。
すべての地域での準備会議、専門家セミナーの結果は、NGOの文書も含めて、3月初旬にスイス・ ジュネーブでのセッション間会議でまとめて検討されました。また、5月21日から6月1日にかけては同じくジュネーブで第二回世界会議準備会議が開催さ れ、宣言や行動計画の原案の作成を含めた世界会議の実施にむけた最終的な詰めが行われました。しかし、世界会議の宣言および行動計画の最終案をまとめるま でには至らず、急遽、第三回準備会合の開催が決定され、7月の下旬から行われました。
8月下旬からの世界会議およびNGOフォーラムには12,000人の参加が見込まれています。政府関係者とNGOはほぼ同じぐらいの参加人数と予想されています。
各国のNGOの動きにばらつきがあるのは否めません。アジア地域においては現段階に至ってもまだ国 内委員会や運動がほとんど見られない国が多くある様です。「人種主義」そしてその被害者はすべての国、地域に存在しているはずであり、より多くの国、地 域、分野の政府、当事者、NGOの参加が促進されるべきです。
日本においては、政府の積極的な推進はなく、世界会議の開催が決定した当初から反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)が中心となって運動づくりや宣伝が進められてきました。同団体の提起しているこの世界会議の日本における意義を引用すると、
1、「日本民族」以外の、アイヌ民族、沖縄/琉球出身者、在日朝鮮・韓国人、移住者・移住労働者などへの差別と排外主義、日本特有の部落差別に、反差別の連合によって対抗するよい機会となる。2、人種主義を「植民地主義と奴隷制」という歴史的文脈の中でとらえる世界会議は、日本が非西欧諸国として唯一、周辺諸国を植民地化・侵略し、「従軍慰安婦」性奴隷制を国家として推進したことを改めて反省する良い機会となる。
3、国際的人身売買への加担、日本企業進出地域における人種差別を反省する機会となる。
2001年1月には、関連団体が結集して、世界会議にむけた国内実行委員会が組織されています。「ダーバン2001」と名付けられた同実行委員会は、
2)世界会議に積極的に取り組むこと、
3)財源づくりに協力して取り組むこと、
4)世界会議後のフォローアップ活動の中で、共通の獲得目標(反差別法制定、国内人権機関設置、国連・個人通報制度実現)を掲げて取り組むこと、
を活動目標に掲げています。
日本からは、「ダーバン2001」の参画団体、部落解放同盟、世界人権宣言大阪連絡会議の参画団体など合わせて70~80人が、ダーバンでのNGOフォーラムや世界会議に参加する見込みです。
(終)