グローバルシティズンシップ教育(Global Citizenship Education; 以下、GCED)の構想は、近年、国連によってアジア・太平洋地域における学校に推奨されている。GCEDプログラムは、国際理解教育(以下、EIU)や「持続可能な開発のための教育(以下、ESD)」等、既存の国連の教育プログラムを基にして作られた新しいプログラムである。これらの全ての国連の教育プログラムは、国連の主要な関心事である「人権」と大きく関連している。
ユネスコのプログラム
ユネスコでは、GCEDを2014-2021年の期間において戦略的に行う事業の一つして取り入れた。戦略的に行われる事業は、国連加盟国が2030年を達成期限とする「持続可能な開発目標(SDGs)」のアジェンダの内の教育に関する項目に基づいている。注1
全ての学習者には持続的な開発を促すために必要とされる知識およびスキルを習得することが期待される。中でも特に、持続可能な開発とライフスタイルのための教育、人権、ジェンダーの平等、平和と非暴力の文化の推進や、国際社会におけるシティズンシップ、文化の多様性の享受、持続的開発に向けた文化への貢献についての知識およびスキルが得られるように期待されている。
ユネスコは、GCEDに関する事業を、「人権と平和教育の長期にわたる経験」と関連付けている。このユネスコの長年にわたる活動は、ユネスコ憲章、世界人権宣言、人権条約、国際協力及び国際平和のための教育並びに人権及び基本的自由についての教育に関する勧告(1974年採択)、人権教育のための世界プログラム(2005から継続)に基づいて実施されてきているものである。注2
「仁川(インチョン)教育宣言2030」は、最も最近作られた国際コンセンサスであり、160以上の国々から1,600人が参加して採決された。参加者には、120人以上の大臣、代表団長及び団員、機関長及び多国間・二国間組織の主要関係者、市民社会の代表者、教員、青年及び民間関係者も含まれた。参加者たちは、教育の権利や関連する他の人権を規定する多くの国や地域における人権の法・制度に反映されたビジョンと政治的意思を再確認した。注3
また、仁川宣言は、新たなビジョンを推進している。その新たなビジョンでは、「教育における人間中心のビジョンと人権と尊厳、社会的正義、包括性(インクルージョン)、保護、文化、言語及び人種の多様性に基づく開発がもたらされており、責任(responsibility)と説明責任(accountability)が共有」されている。注4このビジョンは、「教育へのアクセスと参加、学習成果におけるあらゆる形態の排除と疎外、格差と不平等」の問題を解決しようとする教育を支持している。さらにこの宣言は、「2015年以降の持続可能な開発のアジェンダを達成するための人権教育と人権研修の重要性」を強調している。
仁川宣言は、2015年5月19日から22日に仁川で開催された世界教育フォーラムにて採択された。フォーラムは、ユネスコが中心となり、いくつかの国連機関(ユニセフ、世界銀行、UNFPA、UNDP、UNWomen、UNHCR)の協力により開催された。
GCED会議
アジア太平洋国際理解教育センター(The Asia-Pacific Centre of Education for International Understanding、以下APCEIU)は、ユネスコの支援を受けて、2016年10月24~25日ソウルで、グローバルシティズンシップ教育(以下、GCED)に関する国際会議を開催した。
会議には、アジア、アフリカ、そして中南米とヨーロッパから約200人の教育者が参加した。民間の教育機関、市民団体、研究者、民間セクター、市民社会組織、青年団体、教育省、国際機関、GCED専門機関から、GCEDの分野における専門家や実践家、そして一般の人が参加した。全体会議と同時並行で複数のワークショップが行われた。
この会議は、主に以下の3点を目的とした:
1. 主要なステークホルダー(政策決定者、研究者、若者、NGO、国連機関など)間で、GCEDの実践、教育学やアイデア、見識を共有し、パートナーシップとネットワークを強化するための議論の場を提供すること
2. 市民の意識を高め、GCEDを推進するための強力な支持を構築すること
3. SDGsの文脈において、国家、地域、および国際的なレベルでGCEDを発展させること
全体会議では、持続可能かつ平和的な社会に向けたGCEDに関する基調講演が行われ、パネルディスカッションが開かれた。パネルディスカッションでは、「グローバルシティズンになるとはどういう意味か」、「GCEDトーク: 共生について学ぶ」、「今後の方向性: 持続可能な連帯を構築する」のテーマが扱われた。
同時に行われたワークショップのテーマには以下の項目が含まれた:
1. GCEDの主体
•GCEDへの革新的な教員養成アプローチ
•全学校におけるGCEDへのアプローチ
•変革を起こす人として若者を参加させること
2. GCEDへのテーマ別アプローチ
•平和の文化を築くこと
•文化的多様性の尊重
•暴力的過激主義の予防(PVE)
•持続可能な開発(人権)
3.学習プロセスと評価
•カリキュラムへのGCEDの統合
•GCEDの教育および学習の教材・資料
•GCEDの学習成果の評価
•GCEDに沿った変容を促す教育学
持続可能な開発(人権)に関するワークショップは、会議の2日目(10月25日)に開催された。このセッションでは、社会的開発目標(Social Development Goals)の教育的要素(目標4.7)の利用の重要性と、人々が経済的、社会的、文化的、政治的発展に参加し発展の権利を実現する重要性が強調された。持続可能な開発は、グローバルシティズンシップと関連して、市民の積極的な役割を必要とし、国連の宣言で規定された人権の実現に基づくべきである。
国レベルでのGCEDの実施
2016年12月、APCEIUとブータンの教育省は、ティンプーでワークショップを共同開催し、「地域の教育専門家の能力強化のため、SDGの4.7項目に沿って、GCED、EIU、そしてESDの主要概念と教育学に関する参加者の知識を向上させる」ことを主目的とした。注5
こうした国レベルの活動では、GCEDに関連する概念と実践に焦点を当てた議論が行われた。また、各国の個別の状況との関連で、国際的な問題と基準について検討する機会が設けられた。
ワークショップには、以下の主要トピックが扱われた:
1.人権教育の観点から見た地域における問題と国際問題の批判的分析と普遍的価値観に基づくGCED、EIUとESDの結びつき、
2. GCED、EIU、ESDのための教育的原則の探求 - 民主的な対話とコミュニケーションに関する演習、観察、討論、
3.参加者の学校および地域社会におけるGCED、EIU、ESDのための活動の設計と開発。
4.ブータンでのGCED、EIU、ESDの効果的な実施戦略に関するアイデアを共有することで、今後の方向を議論する。
ブータン東部における後期の中等教育のGCEDプログラムを通じて、GCEDを学校教育でいかに応用できるかが示された。注6Dungtseセントラル・スクールは、遠隔地の前期の中等教育修了者や小学校卒業生がさらに学ぶための学校として機能している。
2013年、Dungtse セントラル・スクールは、「国民総幸福量(Gross National Happiness: GNH)カリキュラムを通じたGCEDの受け入れ(学校全体におけるGCEDのアプローチ)」プログラムを開始した。プログラムにおける多様性の構成要素では、異なる地域や民族の属性に基づいた学生のアクティビティを通じて、それぞれの地域の異なる民族の文化や伝統を重要視している。
この国内ワークショップは、市民を教育する上で最前線にいる教育者たちがGCEDを高く評価してカリキュラムに取り入れる良い例の一つだと考えられる。このようなワークショップは、概念的・実践的レベルの両方で教育者間の対話を可能にさせる機会にもなるであろう。
人権とGCED
GCEDにおいて人権要素を強調する必要がある。人権は国連の大きな柱の1つを構成しているため、教育機関の教育イニシアチブの必須要素でなければならない。
ユネスコやAPCEIUを含む関連機関に対して指針を示し得る多くの国連宣言は、GCEDの文脈における人権の教育と学習を支持している。
ティンプーのワークショップは、開発、環境、人権、平和など様々な考えに対応するGCEDを含む国連の教育イニシアチブが、学校のカリキュラムと異なるものでありながらも、共通のつながりを明確にすることができることを示す機会になった。これらの教育イニシアチブ、とりわけGCEDを追求する際の人権の決定的な役割が議論された。
脚注
1. 持続可能な開発4、持続可能な開発についての知識プラットフォームhttps://sustainabledevelopment.un.org/sdg4(英文)
2. ユネスコ、グローバルシティズンシップ教育http://en.unesco.org/gced/approach(英文)
3. 仁川教育宣言2030 www.unesco.org/new/fileadmin/MULTIMEDIA/HQ/ED/ED/pdf/FFA_Complet_Web-ENG.pdf(英文)
4. 文部科学省「【仮訳】仁川(インチョン)宣言」http://www.mext.go.jp/unesco/002/006/001/shiryo/attach/1360521.htm
5. 概念の説明、ブータンにおけるグローバルシティズンシップ教育の実施に関する国内ワークショップ、APCEIU、2016年11月
6. Yeshi Dorji、Dungtseセントラル・スクールの英国学科長が学校プログラムを発表。国内ワークショップを組織した教育部の主要メンバーの一人。