国連人権理事会では、「ビジネスと人権に関する指導原則」の普及と促進を進めるため、ビジネスと人権に関する作業部会を設置するなどしてきました。この作業部会による取り組みを進めていく決議を採択する一方、第26回国連理事会では、ビジネスと人権に関する法的拘束力ある文書を起草するための政府間作業部会を設置する決議が採択されました。ちなみに、この法的拘束力ある文書の対象は「多国籍企業およびその他の企業」となっていますが、国内企業は対象ではなく、「事業内容が越境性を持つ企業」に限定しています。この法的拘束力ある文書という内容は、企業が法的義務を負わないことを前提とした指導原則とは対照的です。
この決議採択に至った背景には、エクアドルのリーダーシップと条約化を望む市民社会団体の結束がありました。決議はエクアドルと南アフリカの共同提案であり、ボリビア、キューバ、ベネズエラの支持を得て国連人権理事会に提出されました。共同提案ではありますが、この動きをけん引してきたのはエクアドルです。エクアドルは第24回国連人権理事会において法的拘束力ある文書の起草を訴えるステイトメントを、アフリカグループ、アラブグループ、パキスタン、スリランカ、キルギスタン、キューバ、ベネズエラ、ペルーの支持を得る形で、発表しました。そのなかで、指導原則を国連人権理事会が「ビジネスと人権」に取り組む第一歩として歓迎する一方、法的拘束力ある文書がないままでは「さらなる成果のない『第一歩』」であり「部分的な解答」でしかないと訴えました。その後の第25回国連人権理事会では、エクアドル、南アフリカ両国の国連代表部が共催で、この課題を考えるワークショップを開催しました。このようなエクアドルの動きとともに、市民社会の組織化も行われました。というのも、NGOのなかには、指導原則の普及と促進を支持する声がある一方、企業による人権侵害が続く現状に指導原則の「現場」での効果を疑問視する声も上がってきていました。第26回国連人権理事会開催前には、500を越える国内・国際人権NGOが団結し、法的拘束力ある文書を求めるステイトメントを発表するなど、決議の採択を強くサポートしました。
この決議の受け止め方は様々です。「歴史的な決議が採択された」と肯定的に受け止める立場がある一方、強い懸念を示す立場もあります。IOE(国際使用者連盟)は、指導原則という「全会一致のコンセンサスを破るもの」であり「非常に遺憾」であるというステイトメントを発表しました。また、指導原則を起草した前国連事務総長特別代表ジョン・ラギーは、指導原則によってこれまでにもたらされた進展を踏まえると「実際にも想像上でも、条約がさらなる前進をもたらすような代替物になりえることはない」としています。一方、法的拘束力ある文書の作成を望む側からも、例えばアムネスティ・インターナショナルのように、多国籍企業に限定するのではなく、あらゆる企業を対象とすべき、とする声も上がっています。
菅原絵美(大阪経済法科大学法学部助教)
出所:
第26回国連人権理事会決議26/9 (OHCHR)
http://ap.ohchr.org/documents/dpage_e.aspx?si=A/HRC/26/L.22/Rev.1
第24回国連人権理事会でのエクアドル政府のステイトメント
http://business-humanrights.org/sites/default/files/media/documents/statement-unhrc-legally-binding.pdf
IOE(国際使用者連盟), “Consensus on business and human rights is broken with the adaption of the Ecuador initiative” (26 June 2014)
http://www.ioe-emp.org/index.php?id=1238
John Ruggie, “The past as prologue? A moment of truth for UN business and human rights treaty” (08 July 2014), http://www.ihrb.org/commentary/board/past-as-prologue.html
Amnesty International, “Public statement (Index: IOR 40/005/2014)” (4 July 2014),
https://www.amnesty.org/en/documents/ior40/005/2014/en/
参考:
「国連人権理事会、障害者の権利に関する特別報告者、企業と人権に関する法的文書を起草する作業部会を新設」 ヒューライツ大阪ニューズインブリーフ(2014年7月)
https://www.hurights.or.jp/archives/newsinbrief-ja/section1/2014/07/post-51.html
(2014年09月24日 掲載)