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アセアンの「ビジネスと人権」に関するダイアログに参加して(6/10-6/11)

 2019年6月10-11日、バンコクにおいて、アセアン政府間人権委員会主催でビジネスと人権に関するダイアログが開かれました。二日間にわたって8つのパネルが用意され、アセアン地域内で各国政府や企業などがビジネスと人権に関してどのような取り組みをしているのかなどに関して、多数の発表が行われました。
 
アセアン域内で縮小する市民社会スペースと悪化する人権状況
内容の濃い2日間でしたが、あえて一つ指摘をするとすれば、市民社会の声をもっと聞きたかった、ということかと思います。各国政府関係者の発表が多くありましたが、それらは当然のことながら美辞麗句を並べた建前論がほとんどで、中には人権保障を規定した自国憲法の条項まで持ち出す発表者もいたほどでした。労働者や先住民の権利を保障するような法律の情報は豊富でしたが、それらが現場において本当にどの程度実施されているのか、実際の人権状況はどのようになっているのかに関する情報は、ほとんど含まれていませんでした。研究者や国内人権機関、国際機関関係者の発表はそれらを補完するものでしたが、やはりアセアンで人権や環境の分野で活発に活動しているNGOや労組の代表者が少なかった(というより、ほとんどいなかった)のは残念でした。
そもそもアセアンは加盟国間では「内政不干渉」の鉄則が貫かれているため他の加盟国を批判しないというカルチャーが強く、人権に関しては歴史的に及び腰という面があります。最近でも、例えばミャンマー政府によるロヒンギャ族のジェノサイド(大量殺害)に関してもアセアンの消極姿勢は眼に余るばかりです。私のバンコク滞在中も、ロヒンギャ問題に関するアセアンの「緊急事態対応チーム」の報告書の報道がありましたが、ミャンマー政府が犯した人道に対する犯罪に関する言及はほとんど皆無で、完全に難民に対する人道援助の問題としてしか捉えなかったようです。
アセアン政府間人権委員会が作られたのも2007年(実際に活動を開始したのは2010年)と、国連や他の地域機構と比較して人権促進の取り組みは極めて遅く、何よりも「政府間」という名前の示す通りそれは独立した機関でなく加盟国政府の代表から構成されているものなので、その効果を疑問視する向きも多いというのが実態です。
肝心の「人権の現場」ですが、アセアンの多くの国では、かなり状況が悪化していると言えます。少数民族に対する弾圧が続くミャンマーはいうまでもなく、フィリピンやタイ、カンボジアなどでも特に市民社会に対する公式及び非公式な制限が増え、人権面での懸念を非常にあげにくい状況になっているというのが現状です。人権活動家が殺害されることも増え、危機的な状況とさえ言える面もあります。
 
「ソフトな人権」として注目が集まる「ビジネスと人権」
そのようなアセアンの中で、堂々と語ることができる「人権」はもはや「ビジネスと人権」のみになりつつある、とさえ指摘できます。経済発展を円滑に進めるための措置として見なされ、企業の宣伝材料にさえなりうると見られる「ソフトな人権」としてビジネスと人権の一部にのみ注目が集まり、「共同体を大切にするアジア的価値観」に合致する「人権」と悪用される危険性も、決して否定できません。実際今回のダイアログの副題も「ベストプラクティス(好事例)の共有」であり、問題を糾弾することより、少しでも肯定的な面に着眼することに重きが置かれていたように思われます。模倣すべき良い事例を検討するのは無論無価値ではないのですが、ポジティブな点ばかりを強調して問題点に目をつむるようでは、本末転倒であるのは言うまでもありません。そのような主張に対抗するためにも市民社会が声をさらに大にして、人権面での問題を指摘する必要があるように思います。
 
日本における課題
私が参加したのは「アセアン域外の取組」のパネルにおいて、日本政府や日本企業の事例を発表したためです。日本では特に2020年のオリンピック/パラリンピックきっかけとなり、この数年間でようやく国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」を意識して本格的に取り組む(少なくとも、取り組んでいるように見せかける)ようになった企業が増えています。指導原則に沿った人権方針を発表したり、また、国際基準が必要とする人権デューディリジェンス(事業において人権に負の影響が与えられないよう、国際人権基準に基づいて調査すること)を開始する企業がかなり増えています。良い傾向ではあるのですが、それはまだ一部のリーディングカンパニーであり、それらを除く多数の企業ではまだまだ手つかずのようです。例えば2018年の12月に国際人権団体のヒューマンライツナウが発表した日本のアパレル業界の調査では、回答さえしない企業が3分の2にも上り、市民社会の懸念に向き合わなければならないという基本さえ理解していない企業がまだ多いことが伺われます。
結局は企業の自主的な努力に期待するのには限界があり、政府による法整備などリーダーシップが必要であることは指導原則でも規定しています。そういう意味でも日本政府が今手掛けている、ビジネスと人権に関する国別行動計画は極めて重要です。企業に対する日本政府の今までの取り組みは努力目標によるものが多く、強制的な執行力を伴わない措置が多かったため、結局、実行力に乏しいものが目立ちました。ビジネスにおいても人権尊重が国際的なルールになっている以上、政府による強いリーダーシップが求められるところです。
 
髙橋宗瑠(大阪女学院大学教授、前Business & Human Rights Resource Centre日本代表)
 
<参考>
https://aichr.org/news/2019-aichr-interregional-dialogue-sharing-good-practices-on-business-and-human-rights-10-11-june-2019-bangkok-thailand/
2019 AICHR Interregional Dialogue: Sharing Good Practices on Business and Human Rights, 10-11 June 2019, Bangkok, Thailand(英文)
https://www.hurights.or.jp/archives/newsinbrief-ja/section3/2013/07/asean-1.html
アセアン(ASEAN)で広がる「ビジネスと人権に関する指導原則」(菅原絵美) 20137
https://www.hurights.or.jp/archives/newsletter/sectiion3/2014/07/post-249.html

アセアン政府間人権委員会の可能性と課題-アジアにおける人権の普遍性の強化か、人権の「地域化」か(三輪敦子)20147

(2019年07月01日 掲載)