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シネマと人権4:高層ビルに囲まれた路地で作られた歌 「ガリーボーイ」(Gully Boy)評

 15年前にインドのムンバイに行ったことがある。カラフルで、エネルギーに溢れた街だった。
 ムンバイは市域の人口が1200万人を超える大都会だが、ここにアジア最大規模と言われるスラム、ダラビがある。2平方キロ余りの土地に数十万人が暮らしているといわれる。
 ダラビは、林立する高層ビルの隙間にトタン屋根がびっしりとひしめき合っていて、全景を見ると、歴然とした格差の実態がわかる。スラムの一部は観光の場所になっていて、自撮り棒を持った観光客が訪れる。主人公のムラドという青年は、ここで家の中を見学する観光客に写真を撮られ、祖母は観光客に500ルピー(約700円)を要求する。
 ムラドの父親は雇われ運転手で、息子にはもっといい暮らしをさせたいと、無理をして大学に通わせている。しかし、出身階層がものをいうインドでは、息子のムラドは、将来に希望は持てず、悪い友達と車泥棒をするなど、中途半端な生活を送っている。
 彼には恋人がいる。彼女は裕福な階級で、医学生である。両親が二人の結婚を認めるのは難しそうだ。彼女は親にボーイフレンドがいることを隠して交際している。

自己表現としてのラップ
 ムラドはある日、学校でラップを歌う青年を見て刺激され、自分の思いをラップの歌詞として書く。インドの若者の間では、ラップはすごい人気で、数千万回も視聴されるラップ映像もあるという。ムラドが自分の書いた詩を読んでもらおうと青年に届けたところ、「他人の言葉はいやだ」と言われる。
 そして「自分の言葉で語れ。お前の中にある真理、炎のエネルギーを吐き出せ、真実を吐き出せ」と激励され、ムラドの中でラップを自ら歌おうという意欲が芽生える。
 階層が違う女性を愛する彼は、差別への怒りを歌にする。金持ちと貧乏人の暮らしが、対照的に歌われる。

誰か教えて 格差という無力
この世の物語 誰が糸を引く
右には高層ビル 左には飢えた赤子
金は必要 虚勢を張る
君の車は俺の家並み
米粒すらない俺 金に困らない君
やるせないこの無力 声を上げろ
近くて遠い距離 埋められない距離
金の上に眠る者 ゴミの上に眠る俺
2つの世界 明と暗

路地裏で暮らす境遇を歌う
 「声をあげよう」と歌うムラドのラップは友達の共感を呼び、ユーチューブにアップされて視聴者を集める。しかし、父親の夢は、息子がいい会社に入って裕福になることなので、ラップをやるのは大反対。ついに家族が割れる状態になってしまう。
 それでもムラドは友人に励まされて、ラップのコンクールに出場することにする。その芸名は「ガリーボーイ」だ。ガリーボーイとは、スラムの路地裏の少年を指す。彼はガリーボーイとして自分の境遇を歌う。

路地裏が俺の庭
警官が来たら大騒動
路地裏は究極の贅沢
路地の狭小住宅 家は狭いが心は広い
大声で叫べば仲間が駆けつける
屋台の稼ぎ 正直者のうめき
ボロ長屋が路地裏スタイル
電線にトタン板の屋根
これがボンベイ(ムンバイ) 究極の雑踏

彼はラップのコンクールで優勝する。この映画はインドのラップ界で大きな人気を持つラッパーの実話をもとにして作られた。
 映画を作ったゾーヤ・アクタル監督は、「この作品の核になっているのは、階級差別に対する闘いです。社会の一員として私たちは抑圧をなくし、人が自分を表現できる能力を磨き、自分に自信を持って、夢を追いかけることができる世界にしていかなければいけないとおもいます」と述べている。
 若者たちは自らの境遇を、自嘲気味に、あるいは誇張して、リズムに乗せて表現する。怒り、悲しみ、喜びをぶちまけるように歌うラップは、観客の強い共感を呼ぶことだろう。
                       小山帥人(ジャーナリスト)

ガリーボーイ:メインs.JPG
『ガリーボーイ』
インド/2時間34分/
主演:ランヴィール・シン
出演:アーリア-・バット、シッダーント・チャトゥルヴェーディー、カルキ・ケクラン
監督:ゾーヤー・アクタル
公開:10月18日(金) シネ・リーブル梅田、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹ほかにて公開
配給:ツイン

(2019年10月02日 掲載)