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シネマと人権 10:「ガガーリン」‐宇宙飛行士の名前がついた団地の変遷

小山 帥人(こやま おさひと)

ジャーナリスト・ヒューライツ大阪理事

 

 ガガーリンという言葉は懐かしく響く。初めて宇宙を飛んだソ連(現ロシア)の飛行士、ガガーリンの名前と、その言葉「地球は青かった」を聞いたのは、60年ばかり前、まだわたしが10代の時だった。なにしろ宇宙から初めて地球を見た人だ。1962年に日本に来た時は、すごい人気で、大阪や京都でもパレードを行い、人々が歓迎した記憶がある。

 その名前をつけた低家賃の公共団地「ガガーリン」がフランスのパリ郊外にある。1961年に建てられ、完成したときに、ガガーリンが敷地に自ら植樹し、団地の人々が紙吹雪を撒くニュース映像が出てくる。

 赤煉瓦を交えた格調ある大きなアパートだが、建物は時がたつと傷む。移民が多く住むこの団地は、行政がメンテナンスをきちんと行わなかったこともあり、電気設備の故障や給排水管の漏れ、さらにアスベストの使用などで取り壊しが決まる。

 いろんな国から来た人がこのガガーリンに住み、屋上でのダンス会などを楽しんできた。不都合が多い団地でも、住民には懐かしく、濃密な関係が築かれてきたことが描かれる。

 

解体される団地に籠城する少年

 解体されることに決まったガガーリン団地では、人々は他に住居を探して出ていかざるをえない。団地に一人で住む少年ユーリもまた、別のところに住む母親が迎えに来る予定だった。しかし母親には恋人がいて、ユーリを迎えに来ない。ユーリは、巨大な団地にただ一人で残ってしまうが、当局はそれを知らず、建物を封鎖する。住民が去った団地で、ユーリは部屋の壁を壊し、野菜や花を栽培し、居住空間を宇宙船のように改造していく。この秘密を知っているのは、団地の男友達と、近くに住むロマ民族のキャンプの少女だけだ。携帯電話を持たないロマの少女とユーリは遠く離れながらも光のモールス信号で言葉を交わす。

 ロマの少女の家を訪ねたユーリは、少女の家が破壊されるのを目撃する。住民の抗議を無視して、重機がロマの簡易住居を無慈悲に破壊していく。フランスのニュースで時折見かけた光景だ。

 

若者の夢と連帯

 ついにユーリが籠るガガーリン団地が爆破される日が来る。かつての住民が集まり、見守る中で、秒読みが始まる。ロマの少女はユーリが団地に残っていると叫び、封鎖された団地に突入しようとし、少年の存在を知った元住民も加わっていく。

 夢に満ちていた団地の変転という歴史の過程で、映像は宇宙服を着て宇宙に飛び出して行く少年の空想を描く。団地の爆破という厳しい現実は、一瞬、宇宙飛行のファンタジーに転化する。

 スラム化した郊外団地の現実を描くフランス映画はいくつかあるが、人々の連帯と若者の夢に焦点を当てたこの映画は特別な光を放っている。

 


団地で語り合うユーリ(右端)と友人たち.jpegのサムネイル画像

団地で語り合うユーリ(右端)と友人たち

©2020 Haut et Court - France 3 CINÉMA

 

GAGARINE/ガガーリン』

2020年/フランス/1時間38分/監督・脚本:ファニー・リアタール&ジェレミー・トルイユ/ 配給:ツイン

公式サイト: http://gagarine-japan.com

 

<公開>

2月25日より、大阪・なんばパークスシネマなどで公開

(2022年01月06日 掲載)