国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、指導原則)の普及・促進・実施を担う国連ビジネスと人権作業部会が2023年6月に「気候変動と指導原則についての情報ノート」を発表しました。この文書は、気候変動に関する政策やその決定プロセス、実施において人権が考慮されるよう、国や企業が指導原則に沿って取るべき行動を明示しています。以下は企業の責任に関わる部分の概要です。
気候変動は気象、生態系、生物多様性に大きな影響を与え、それに伴う異常気象や災害等によって生命、食料、健康、水に対する権利といったあらゆる人権に直接的、間接的に影響を及ぼします。また、気候変動によって社会的、経済的格差が拡大され、すでに脆弱な立場に置かれている女性、子ども、先住民族、障害者、貧困層などの人々に影響を与えることが指摘されています。
こうした影響がある中で、気候変動に対処しパリ協定で求められる世界の平均気温の上昇を1.5℃未満に抑えるために行動することが国や企業の義務であるとする国内法、地域法、協定、誓約、裁判所の判決等が増えています。国連は2021年に気候変動と人権に関する特別報告者を任命し、2022年には国連総会で「清潔で健康的かつ持続可能な環境に対する権利」を人権と認める決議を採択しています。
●気候変動と指導原則
指導原則は、気候変動について明確に言及していないものの、原則12で最低限遵守すべき国際人権基準としている自由権規約および社会権規約は、環境・気候変動に関する国際条約等と整合すると解釈されています。同様に原則12が最低限遵守すべきとしている国際労働機関(ILO)の「労働における基本的原則及び権利に関する宣言」では、2022年6月に中核的労働基準に「安全で健康的な労働環境」が加わり、気温・湿度等や自然災害による労働者の健康や安全への影響を考慮することが求められています。原則12の「解説」にあるとおり、企業は国際基準の進展にあわせて追加的な基準を考慮する必要があります。
指導原則ができてから10年が経過し、気候変動に関する法的、科学的、政治的な進展が見られる中で、気候変動による人権への影響に対して国と企業が義務と責任を負っていることは明らかであり、気候変動による人権への影響に対処するための国と企業の指針となるのが指導原則である、とこの文書では述べています。
また、気候変動による人権に対する影響への対処とは、企業の経営リスクではなく、ライツホルダー(権利保持者)の人権リスクに対応することであるという考え方を、気候変動に関するあらゆる目標、政策、プログラム、行動の中心に据えるべきだと指摘しています。気候変動に関連して企業の事業活動が人権に及ぼす影響の深刻さは、原則14が示すとおり、その影響の規模(心身への影響等の重大性)、範囲(影響を受ける個人の人数やグループ・コミュニティ等の大きさ)、是正困難度(影響を受ける前の状態に回復する可能性)によって判断すべきであるとしています。
●企業の責任
気候変動と関連する影響に責任を持つ
この文書では、気候変動と関連する実際のまたは潜在的な人権への負の影響に対する責任を果たすため、企業は以下のような措置をとるべきであるとしています。
責任を持って行動する
持続可能ではない消費をあおること、環境配慮を装った製品・サービスを提供するグリーンウォッシュを行うこと、この分野における政治や規制の動きの中で不当な影響力を行使することを避け、企業は責任ある行動をとるべきであるとこの文書は指摘しています。そのために以下のような行動が期待されます。
責任ある金融と投資
この文書では、金融機関や投資家は化石燃料事業への融資から手を引くべきであり、個人・機関投資家は気候変動が人権と環境に与える影響を考慮した意思決定を行うべきであると指摘しています。また、企業は関連するステークホルダーに対して科学的知見に基づいた透明性のあるコミュニケーションを行うべきであり、気候変動に関連する人権への被害に対応していることを示す情報を開示し、ステークホルダーとの有意義な協議を進めるべきであるとされています。
協働する
企業は、気候変動に関連する人権と環境への影響を軽減するために他企業と連携し、カーボン・オフセットを利用することなく、脱炭素経済への公正な移行を達成するために行動すべきであるとしています。そのために、業界ごとの取り組み事例をまとめる、中小企業を含めた企業の能力開発を行う、気候変動に関する積極的な提言活動のための業界による連合体を設立する、といった企業の協働に対する期待がこの文書で示されています。
<出典>
<参考>
(2023年09月08日 掲載)