国連「ビジネスと人権」に関する作業部会(以下、作業部会)が5月28日に国連のウェブサイトに公表した訪日調査の報告書には、女性、LGBTQI+の人びと、障害者、先住民族(アイヌ)、被差別部落出身者を含むマイノリティ(在日コリアンなど)、子どもと高齢者について人権侵害にさらされやすいグループ(At-risk groups)として焦点を当てています。同時に作業部会は、ここに列挙された集団は網羅的ではなく、セックスワーカーに対する搾取や野宿者への差別の事例などについても情報の提供を受けていると述べています。今回の記事ではフォーカスされたグループのうち、女性、LGBTQI+の人びと、障害者について報告書がとりあげたビジネスと人権にかかわる課題について紹介します。
報告書の概要は下記のリンクから。
「国連ビジネスと人権作業部会、日本への訪問調査の報告書を公表(5/28)-多岐にわたる勧告」
https://www.hurights.or.jp/archives/newsinbrief-ja/section4/2024/05/528.html
作業部会は、2023年における日本のジェンダーギャップ指数が125位(146カ国中)であるということにも触れながらジェンダーによる賃金格差の根強さに懸念を示しています。
フルタイムで働く女性の平均賃金が男性の75.7パーセントであることや、女性がしばしば補助的な業務をあてられ、さらに有期雇用、あるいはパートタイムの仕事に制限されており、昇進の機会や福利厚生の面で不利に置かれているとの認識を示しています。
また非正規雇用については、その68.2パーセントを女性が占めており、かつ、賃金は非正規雇用の男性と比較して80.4パーセント[1]であることに言及しながら、日本政府が大企業に対して賃金のジェンダー格差を公開することを必須としたことについては肯定的に評価しています[2]。
さらに作業部会は、差別の実態の指標としてマイノリティ女性の労働市場への参加に着目し、女性全体の年間平均給与が約300万円に対して、同じ仕事内容を同等の生産性をもって行っても、部落女性は約200万円、アイヌ女性では150万円を下回り、在日コリアン女性は在日コリアン男性および日本人女性と比べて雇用のチャンスが少ないという報告を取り上げています。
女性役員の割合が依然として15.5パーセントと低いことに対しても作業部会は懸念を示し、女性の従業員が昇進を拒まれたり、セクハラの不安を抱えているという報告は、組織のトップレベルや意思決定に関わる層におけるジェンダー多様性を促進することの必要性を浮き彫りにしていると述べています。
その他、男性の育休取得率の少なさと女性が妊娠によって職を失う経験に面していることに注意を促しています。
LGBTQI+の人びとに対する差別事例について、作業部会は特にトランスジェンダーの人びとが求職活動において企業から法律上の名前や性別移行前の写真を求められた事例を取り上げています。
また、LGBTQI+の人びとに対する、特にオンラインにおけるヘイトスピーチの問題についても言及し、2023年6月に成立し施行されたLGBT理解増進法は、差別を禁止する条項がなく、また差別について明確な定義がないと、その不備を指摘しています。
一方で、トランスジェンダーのトイレ使用についての最高裁判決[3]や、同性パートナーシップ宣誓を導入する自治体の増加など評価できる前進についても触れています。東京都や札幌市が事業者に対して同性パートナーシップ宣誓の活用を促進する事例の他、企業のLGBTに関する取組について複数の指標に基づいて評価しLGBTフレンドリー企業として登録する「札幌市LGBTフレンドリー指標制度[4]」などをLGBTに関する企業での取組を推進する施策の好事例として挙げています。
障害者が労働市場および職場で抱える困難について、作業部会は職場で差別にあったり低い賃金しか得られない事例があるとして懸念を示しています。
また作業部会は、企業の法定雇用率を満たすために障害者を対象とした就労場所を提供するビジネス慣行[5]について、障害のある従業員同士が固められ、他の従業員から隔離されることでさらなる職場の不平等を生み出す事例があると述べています。
障害者雇用促進法が達成を義務付ける法定雇用率については、この制度の対象から外れる障害者や難病患者がいることを指摘し、障害者への雇用機会を促進するためには、法定雇用率算定にあたって対象の基準を拡大することが不可欠であるとの認識を示しています[6]。
さらに、より重点的な支援を必要とする障害者に対して、現行の支援制度は通勤や勤務中の支援が十分に行き届かないという課題があることを認識し、通勤や勤務中の支援のための制度が複雑で利用しにくく、障害のある労働者がますます疎外されると述べています。
そして、厚生労働省が公表している2022年度における障害者虐待と認められたケースが人数にして4,138人[7]と過去最多を記録したことに触れ、この中には職場における虐待も含まれていることを言及しています。障害者が直面する差別的慣行として乳幼児を連れての旅行を拒否されることや、障害者に対して部屋を貸したがらない家主の意向を汲んで不動産会社が拒絶する事例をあげている他、特に障害のある女性はしばしばより深刻な差別に直面することから障害とジェンダーの交差性を考慮することの重要性を指摘しています。
作業部会の報告からは、女性、LGBTQI+の人びと、障害者に対するビジネスと人権に関して様々な差別的慣行および差別を禁止するための有効な法制度の欠如により、救済につながらない課題を浮き彫りにしています。作業部会による勧告には、ILO(国際労働機関)の中核的労働基準の1つであり、雇用と職業の差別禁止を定める111号条約(日本は未批准)の批准や、包括的差別禁止法の制定が含まれますが、これらは「人権を保護する国家の義務」として当然に求められる国際水準であることが示されています。
*ヒューライツ大阪は、引き続き報告書に取り上げられた課題のうち、着目したテーマについて詳しく紹介していきます。
〈出典〉
A/HRC/56/55/Add.1: Visit to Japan - Report of the Working Group on the issue of human rights and transnational corporations and other business enterprises
[1] データについては「令和4年賃金構造基本統計調査の概況(厚生労働省)」を参照
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2022/dl/13.pdf
[2] 常時雇用する労働者数が301人以上の事業主は、2022年(令和4年)7月8日から男女の賃金の差異が情報公表の必須項目となった。
[3] トランスジェンダー経産省職員 "女性トイレ使用制限"違法 最高裁 (NHK) https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230711/k10014125111000.html
[4] 札幌市LGBTフレンドリー指標制度については下記リンクを参照
https://www.city.sapporo.jp/shimin/danjo/lgbt/sihyo.html
[5] 障害者雇用促進法は、障害者の雇用の促進及び安定を図ることを目的として、事業主が障害者の雇用に特別の配慮をした子会社を設立し、一定の要件を満たす場合には、特例としてその子会社に雇用されている労働者を親会社に雇用されているものとみなして、実雇用率を算定できることとしている(特例子会社制度)。
[6] 日本政府は作業部会の報告書(ドラフト版)に対して政府コメントを公表している。その中で、差別の禁止、合理的配慮の提供の義務づけ、そして公共職業安定所(ハローワーク)における障害者に特化した支援を提供することによって法定雇用の対象から外れる障害者の雇用も促進しているとコメント。
なお、障害者雇用促進法における差別の禁止と、同法および障害者差別解消法で定められ2024年4月1日からは事業者にも義務付けられた合理的配慮の提供について違反が認められる場合、厚労大臣は必要があると認めるときは、事業主に対して助言、指導、または勧告を行うことができると規定されているが、罰則規定はない。この点につき、厚生労働省によると雇用の分野における差別の禁止と合理的配慮の提供に関して2020年度に寄せられた相談件数は246件であったのに対し、公共職業安定所が行った助言件数は 54 件、指導件数は 0 件、都道府県労働局職業安定部が行った勧告件数は0 件であった( https://www.mhlw.go.jp/content/11704000/000797564.pdf )。
法定雇用率については、これを下回った場合は不足している人数につき1カ月50,000円の障害者雇用納付金の支払いが義務付けられ、また関連する報告義務についての違反に対しても罰則規定がある。
[7] 「令和4年度都道府県・市区町村における障害者虐待事例への対応状況等(調査結果)」によると、虐待と認定されたケースについて養護者による被虐待者数は2,130人、障害者福祉施設従事者等による被虐待者数は1,352人、使用者による被虐待者数は656人。
https://www.mhlw.go.jp/content/12203000/001181409.pdf
(2024年06月07日 掲載)