女性差別撤廃委員会(以下、委員会)が2024年10月29日に発表した第9回日本政府報告書審査の総括所見について、マイノリティ女性が経験する交差性・複合差別に関して出された勧告を掘り下げて紹介します。
総括所見の概要についてはこちらを参照ください。
委員会は、日本の法律に「公的および私的領域における女性に対する直接および間接の差別の両方を網羅する、女性に対する差別の包括的および明示的な定義が存在せず、その結果として法的解釈と執行が一致していないことに留意」し(総括所見パラグラフ11、以下、パラグラフ番号のみ記す)、女性差別撤廃条約第1条(差別の定義)および第2条(締約国が負う義務)、一般勧告第28号(2010年)、そしてSDGsのターゲット5.1(あらゆる場所における全ての女性及び少女に対するあらゆる形態の差別を撤廃する)に沿って、「公的および私的領域における直接および間接の差別、ならびに交差的形態の差別を網羅する、女性に対する差別の包括的定義を国の法律に組み込むよう勧告」しています(12)。
一般勧告第28号とは、条約第2条の範囲及び目的を明確にし、締約国に対し条約を実質的に導入する方法を提供することを目的に出されたものです。一般勧告第28号のパラグラフ10では、締約国が撤廃の義務を負う女性差別について、作為・不作為、国によるものか個人によるものかを問わないとしています。また、「女性全般ならびにとりわけ特定の立場の弱いグループに属する女性に関する統計データベースの作成ならびに彼女たちに対するあらゆる形態の差別の分析を継続的に実施及び改良する国際的な義務がある」としています。さらにパラグラフ18においても、交差性・複合差別について「性別やジェンダーに基づく女性差別は、人種、民族、宗教や信仰、健康状態、身分、年齢、階層、カースト制及び性的指向や性同一性など女性に影響を与える他の要素と密接に関係して」おり、交差性・複合差別の影響を「法的に認識ならびに禁止」すること、そして交差性・複合差別を防止するため、必要に応じて「暫定特別措置を含め、政策や計画を採用ならびに推進しなければならない」と締約国の義務を明示しています。
このように交差性・複合差別は、条約第2条に示された締約国が負う義務の範囲を理解するための基本概念として位置付けられており、それを前提として以下の各テーマについて、マイノリティ女性の人権に関する懸念と勧告が出されています。
アイヌ女性、部落女性、在日コリアン女性などのマイノリティ女性に対する「ジェンダーステレオタイプが執拗に残っていること」に懸念を示し(25d)、国の「あらゆる部門において効果的に対処されることを確保するために、国内政策を策定し、包括的で持続可能な措置を実施すること」を勧告しています(26d)。
「ジェンダーにもとづく暴力の被害者のための支援サービスへのアクセスが、農山漁村や民族的マイノリティ女性、移民女性、障害女性、LBTI女性など交差性差別に直面する女性たちにとって特に困難で」あることに対して懸念を示し(27c)、「農山漁村部の女性、障害のある女性および移民女性を含む、あらゆる多様な女性のニーズに合った十分にアクセス可能な支援サービスやシェルターを、農山漁村部を含めて、女性に対するジェンダーに基づく暴力のサバイバーに提供し、十分に資金を提供するとともに」、移民女性について「在留資格にかかわらず被害者を確実に保護すること」を勧告しています(28c)。
そして、沖縄に駐留する米軍基地の関係者による女性に対する性暴力についても懸念をもって留意し(27d)、「沖縄の女性と少女に対する性暴力および紛争に関連したその他の形態のジェンダーに基づく暴力を防止し、捜査し、訴追し、加害者を適切に処罰し、サバイバーに十分な被害回復を提供するための適切な措置をとること」を勧告しています(28d)。
障害のある女性やアイヌ女性、部落女性、在日コリアン女性などのマイノリティ女性が、「自分たちの生活に影響を与える意思決定システムに十分に代表されていないこと」に懸念を示し(35e)、「マイノリティ女性の、自らの生活に影響を与える意思決定システムにおける代表性を促進するために暫定的特別措置を含む具体的措置をとること」を勧告しています(36e)。
先住民族の女性、部落女性、障害のある女性、移住女性、LBTI女性などが経験する職場での差別やハラスメントに懸念を示し(39e)、「職場における差別、ジェンダー・バイアスおよびハラスメントにつながる有害なジェンダー規範および社会規範に対処すること」を勧告しています(40g)。
上記のテーマの他、総括所見には「不利な立場にある女性のグループ」というテーマが独立して設けられています。そこでは、アイヌ女性、部落女性、在日コリアン女性、障害のある女性、LBTQI+女性、そして移民女性が直面している「教育、雇用および健康へのアクセスを制限する、継続する交差的形態の差別」に懸念を示し(47)、マイノリティ女性に対する「交差的形態の差別を撤廃する努力を強化し、雇用、健康および公的生活への参加への平等なアクセスを確保するよう勧告」しています(48)。
その中でも特に、外国人技能実習制度において移民女性が「低賃金、劣悪な労働環境におかれ妊娠・出産に関する差別に直面し得ること」(47a)、事業者に対しても「合理的配慮」の提供を義務付けることなどを内容とする改正障害者差別解消法(2024年4月1日施行)が「交差的形態の差別に対処していないこと」(47b)、「障害のある女性が直面する産前・出産・産後ケアサービスに対する制度的障壁」について懸念をもって留意し(47c)、それぞれ、「外国人技能実習制度の下での移民女性の労働環境の十分なモニタリングを確保するための適切な仕組みを設置し、妊娠による本国送還や外国にいる家族からの分離などの差別的慣行から女性移民労働者を保護すること」(48a)、障害者差別解消法について「交差的形態の差別を明示的に取り上げ、禁止し、十分な罰則を規定するよう改正すること」(48b)、「知的障害を含む障害のある女性を、性と生殖に関する健康サービスへのアクセスにおける差別から保護し、ケアを拒否した医療機関に説明責任を負わせること」を勧告しています(48c)。
マイノリティ女性に関する勧告も含めて今回の第9回日本政府報告書審査を通じて出された勧告の多くが、第7・8回日本政府報告書審査(2016年)で出された勧告と重なっており、この8年を通じて交差性・複合差別への国の取組について期待される進展がとぼしかったことを示しています。
また、第7・8回日本政府報告書審査の総括所見では、取り組みの状況を2年以内に報告することを求めるフォローアップ項目として①マイノリティ女性に対する性差別的スピーチや宣伝を禁止して処罰する法律の制定、②独立した専門機関を介してマイノリティ女性への差別的なジェンダーの固定概念や偏見を撤廃するために取った措置の効果を定期的にモニターすることが含まれていましたが、いずれも実現には至っていません。
今回の総括所見に対して日本政府は、2024年12月に「第9回日本定期報告に関する最終見解(*総括所見のこと)に対する日本の意見」をCEDAWに提出していますが、その内容は、委員会が「皇室典範について取り上げることは適当ではない」と皇室典範に関する総括所見の記述に反論するものに限定されています。
〈参照〉
⼥性差別撤廃委員会(CEDAW)第89会期 第9次日本報告審議総括所見(2024年10月30日 先行未編集版) 日本女性差別撤廃条約 NGO ネットワーク(JNNC)訳
https://www.jnnc.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%A0%B1%E5%91%8A%E9%96%A2%E9%80%A3/
一般勧告第 28 号 女子差別撤廃条約第 2 条に基づく締約国の主要義務(外務省 仮訳)
https://www.gender.go.jp/international/int_kaigi/int_teppai/pdf/kankoku28.pdf
第9回日本定期報告に関する最終見解に対する日本の意見(仮訳)
https://www.gender.go.jp/international/int_kaigi/int_teppai/pdf/report_241220_j.pdf
(2025年01月10日 掲載)