タイ政府は7月19日、2004年1月から南部3県に発令した戒厳令を撤回し、政府に大幅な権限を付与する緊急勅令を発しました。勅令に対して、メディ ア、市民を含む各方面から批判が出されていますが、20日、タイの国家人権委員会が勅令の撤回を求める書簡を首相に出しました。
マレーシアとの国境に近いタイ南部にはイスラム系の住民が多く、70年代には分離独立運動の過激化がみられましたが、90年頃には沈静化していました。し かし、2004年初頭からテロ事件が続き、治安当局の対応が強硬化するなか、多くの死傷者がでています。05年7月19日、自由権規約委員会でのタイの報告に、04年1月から05年6月にかけて、当局、民間、襲撃容疑者も含めて817名が亡くなり、1,234名が負傷したことが報告されています。
警察施設や空港が爆破されたり、学校の教員や僧侶などが殺害されるなど襲撃が続く一方、政府当局に拘束された容疑者がトラックで移送される途中で78名が 窒息死するなど当局側の対応にも懸念がでています。この事件については人権委員会が報告をまとめています。この報告には、被害者の救済や再発防止、南部に おける政府の政策のうち特に文化的、宗教的違いを認め、配慮した見直しなどの提言が含まれています。
この度の勅令は当局に、暴力を扇動する人の逮捕、拘束、捜査令状の発行、人、文書の召喚などの権限を付与しています。その他に外国人の退去、武器に利用される恐れのある物品の販売禁止等の権限も認められることになります。
南部問題の平和的解決のために05年3月に、アナン元首相を委員長とする国家和解委員会(National Reconciliation Committee)が設立され、治安回復のための政策提案をまとめる作業を行っていますが、その委員会も勅令に対して懸念を表明しており(7月16日付ネーション紙)、委員会の存続の意味がないとして辞任を表明する委員もでています。また政府の強硬措置に対して、市民団体など各方面からも批判が出されています。
批判をうけて、政府は勅令を当初4県に対して発令する予定であったところ、3県に限定し、夜間外出禁止、集会禁止、報道の制限、文書の検閲、電話の盗聴など特に批判の多かった条項について執行しないことを表明しました。
タイ国家人権委員会は緊急勅令について、集会禁止や報道の検閲など、今回政府が執行しないと決めている措置についても政府はいつでも一方的に決定を撤回す ることができ、憲法に掲げられる基本的な権利や人権条約の下で保障される権利を侵害するとしています。また、行政府に多大な権力を集中し、民主主義制度を 損なうとして、この勅令の撤回を求めました。
参照:
05年7月21日付ネーション紙 (英語)
05年7月21日付バンコク・ポスト紙 (英語)
05年7月21日付バンコク週報 (日本語)
自由権規約委員会84会期 (英語)
タイ国家人権委員会「タクバイ事件報告」 (英語)
参考:
アジア経済研究所『2005アジア動向年報』2005年
(2005年07月04日 掲載)