07年2月26日、国際司法裁判所(ICJ)は、セルビアがボスニアにおいて集団殺害(ジェノサイド)を行ったことは否定しましたが、集団 殺害を防止する責任、集団殺害の容疑者を旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所(ICTY)に引き渡す責任を果たしていないと判断しました。
ボスニア・ヘルツェゴビナは新ユーゴスラビア(セルビア・モンテネグロ)(当時)がジェノサイド条約に反して集団殺害を行ったことなどを訴え、損害賠償を 求めていましたが、国家の集団殺害の責任を問う初めての判決となりました。ジェノサイド条約の9条は、締約国間の紛争解決について、当事国のいずれかの請求によって ICJに付託することを規定しています。旧ユーゴスラビアは同条約の締約国でしたが、92年、新ユーゴスラビアは、旧ユーゴスラビアの国際条約を引き継ぐ 旨の宣言を行っていました。その後、モンテネグロが離脱し、セルビアが当事件の当事者になっています。
セルビアは、ジェノサイド条約が集団殺害を行う個人を訴追・処罰するよう求めるもので、国家の集団殺害の責任は問わないと主張しましたが、ICJは条約の 趣旨から1条の、集団殺害が「国際法上の犯罪であることを確認し、防止し、処罰する」義務には国家による集団殺害も含み、個人の処罰や引き渡しの条項も、 国家の責任を否定するものではないと述べました。ICJは、ICTYの判例を引用し、集団殺害が、特定の集団を、全部または一部破壊するという特別な意図 を持って行われる行為とし、限定された地域での集団の全部または一部破壊もそれに含まれると定義しました。
判決は、95年7月、国連安全地帯に指定されたスレブレニッツァがボスニア内セルビア勢力に占領され、ムスリム系ボスニア人男性が7,000人殺害された ことについて、スレブレニッツァのムスリム系住民の破壊を意図する集団殺害であったと述べました。サラエボの砲撃や包囲、収容所での虐待などについては、 集団殺害にはあたらないと判断しました。
しかし、集団殺害と認められたスレブレニッツァの虐殺について、実際に虐殺を行ったボスニアのセルビア民兵組織に対して、新ユーゴスラビアが財政も含め、 援助を行っていたとしてもその組織が新ユーゴスラビアの国家機関とはいえず、また同じく虐殺に関わった、セルビア人民兵組織も、国家機関としての法的地位 を有さないとしました。 また、新ユーゴスラビアがこれらの組織の行為について支配を及ぼしていたかについて、ICJは、当時の国連の記録、オランダや米 国の記録などから、新ユーゴスラビアがスレブレニッツァの攻撃について知っていたとみることができるが、実効的な支配を及ぼしておらず、指示や指揮をして いなかったとして、セルビアの責任はないと判断しました。
一方、新ユーゴスラビアはボスニア内セルビア人に影響力をもち、さらに攻撃が起こることを知っており、当時の状況から集団殺害の重大な危険があったことを 認識し得たにもかかわらず、何ら防止措置をとらなかった責任があると述べました。また、集団殺害を行った者を処罰する義務について、スレブレニッツァはセ ルビアの領域内ではないため、自ら処罰しなければならない義務はないが、国際刑事裁判所が設置された以上、その管轄権を受諾した国にはジェノサイド条約の 6条によりこれと協力する義務が生じるとして、ICTYにより集団殺害で起訴されているムラディッチ将軍が国内に滞在している時に逮捕し、ICTYに引き 渡していないとして、その義務に違反していると判断しました。
それらの違反について、判決は、セルビアに対して、ジェノサイド条約の遵守を確保する実効的な措置をとり、ジェノサイドその他の条約上あげられる行為につ いてICTY に起訴されている者を引き渡すよう求めています。
スレブレニッツァの集団殺害について、ICTYはすでに、Krstic 事件とBlagojevic事件でセルビア人民兵に有罪判決を言い渡しています。また、スレブレニッツァを含め、ボス ニアでの集団殺害などについて、新ユーゴスラビアのミロシェビッチ元大統領も起訴されていましたが、公判中に死亡したため、裁判は中止になりました。
参照:
・国連2月26日付プレスリリース "UN World Court acquits Serbia of genocide in Bosnia; finds it guilty of inaction"(英語)
・ボ スニア・ヘルツェゴビナ対セルビア・モンテネグロ判決(英語)
・旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所
Krstic事件判決(英語)
Blagojevic事件判決(英語)
(2007年03月05日 掲載)