2016年5月にEC(欧州委員会)が発表した『EU(欧州連合)のジェンダー平等と反差別法における交差的差別』は、欧州のジェンダー平等と反差別に関心をもつ法律専門家たちのために、サンドラ・フレッドマン(Sandra Fredman)が作成した報告書です。サンドラ・フレッドマンは、オックスフォード大学法学部の教授であり、反差別法、人権法、労働法、女性と法などについて研究しています。この文書は、近年注目されている交差的差別をテーマとしており、その中でも特にジェンダーに焦点を当てています。
今回、報告書の第3章の「文脈における交差性 (4)家事労働者」を抜粋し、翻訳しました[訳注1]。
家事労働者
家事労働者の状況についての調査が進んでいる。家事労働においては、交差的差別の要素が入り組んでおり、この報告書において、交差的差別の立体的・重層的な側面が見てとれる。ILO(国際労働機関)が示しているように、先進国での家事労働者の需要の伸びは、発展途上国から先進国への多数の女性の移動の主要な理由となっている。これは、受け入れ国で適切なワーク・ライフ政策がとられているかに対する関心が薄いことを表している。家事労働者の需要は、大家族の減少に伴い大きくなっている。人口の高齢化は、高齢者介護にサポートが必要であり、共働きの両親は子どもの世話と家事にサポートを必要としていることを意味する。民営化によって公共サービスが削減され、家事労働者の需要が拡大するが、それと同時に、賃金や雇用期間、労働条件を雇用者に有利なものにしようとする傾向が強まっている。ゆえに、家事労働者の賃金は常に、雇用者のそれより低い。
家事労働は複雑な力関係の層を作り出している。国や企業が、保育や、安定して融通のきく労働条件を保障しない限り、子どもをもつ家庭は、子どもの世話のために家事労働者、すなわち低賃金の女性たちに頼らなければならないことが増える。EC(欧州委員会)の2015年報告書が述べているように、「全EU加盟国で、女性は今なお有償労働と無償労働の両方をこなしている。2015年には、働く女性の3/4が家事、2/3が子育てを担っている」。それゆえ、有償家事労働者の存在は、無償の育児・介護労働から女性を解放するだろう。
逆に、有償家事労働を請け負うことで、多くの女性とその家族には唯一の生存の道が開かれるかもしれない。特に彼女たちは、貧困または差別ゆえに教育の機会を奪われているため、唯一持っているのは、家庭で否応なく身につける家事スキルのみである。それゆえ、無償家事労働からの女性の解放は、有償の家事労働者が必然的に低賃金で家事をしてくれるかどうかにかかっている。一方で、他の女性たち(家事労働者)の生存は、他人の家で行う有償家事労働に就くことができるかどうかにかかっているのである。
それゆえ、家事労働は、実質的平等概念である4つの軸(①不利益に対する救済、②スティグマやステレオタイプ、及び偏見や暴力への対処、③意見表明と参加の促進、④構造的問題への対処)[訳注2]のすべてに関して、交差的差別の現実を示している。家事労働者は、明らかな社会的・経済的不利益に直面するのと同様、ジェンダーと人種の相乗効果が原因で、深刻なスティグマやステレオタイプに直面している。それゆえ、オックスフォード大学のアンダーソン(Anderson) は、家事労働が女性の仕事であり続ける一方、有償か無償かに関わらず、「女性雇用者は、自分自身と下働きをする女性とを区別しなければならない」と主張している。女性雇用者にとっては、「家事労働を通して再生産されるのは、ジェンダーのみならず、人種・宗教などのアイデンティティである」。ジェンダー平等・社会統合・健康・長期ケアに関する専門家グループ(Expert group on gender equality, social inclusion, health and long-term care)(EGGSl)の専門家たちの多くが、「移民が介護の仕事に就く傾向は今なお続いているが、このことは、介護労働において、新たな人種差別を生み出すだろう。移民女性に対するステレオタイプ(例えば、低賃金でも受け入れ、文句も言わずに働く)は実際に、家事労働セクターの低賃金かつ低スキルの悪循環を助長することになる。確かに、家事労働者が雇用者によって深刻な人種差別を受けることは珍しくなく、雇用者や介護サービス利用者との関係で、家事労働者が最も脆弱な立場に立たされることもある。移民の介護労働者についてイギリスで行われた研究によれば、当時介護を利用していた高齢者は、人種や肌の色、国籍についてはっきりと口にし、介護労働者に対して実際に差別的発言を浴びせていた。家事労働者による意見表明と参加という点に関しては、家事労働者を労働組合に組織化することは困難である。それは、彼らが雇用期間と労働状況に関して、または幅広い社会的・政治的条件の決定に際してほとんど発言権がなく、積極的に参加することができないためである。家事労働者特有のニーズに対する配慮がほとんどされておらず、さらに、上述したような深い構造的問題が定着し、変化を妨げている。
「グローバル・ケア・チェーン」[訳注3]は複数の国にまたがっているので、上述したような問題は、国境を越える移住家事労働者の場合はさらに複雑である。カリフォルニア大学のファッジ(Fudge)は以下のように指摘している。「先進国で働くために開発途上国を離れる女性の多くは、一時的な移住労働者であり、受け入れ国での永住権も、労働市場において制限なく転職する権利も享受することはない」。こういったグローバル・ケア・チェーンが生まれ、その維持のために重要なのは、国境を越えて家事労働者を募集し、雇用先を見つけ出す民間の斡旋業者である。斡旋業者による移住家事労働者への悪慣行が蔓延しているが、そういった業者の規制は非常に困難であることがわかっている。これは、法的地位が不安定な家事労働者に関してさらに悪化する。例えば、移住家事労働者のビザがたった一人の雇用主に左右される場合、家事労働者への虐待が深刻化するのである。
(翻訳:稻田亜梨沙・ヒューライツ大阪インターン)
<出典>
Sandra Fredman(2016), “Intersectional discrimination in EU gender equality and non-discrimination law”
http://www.equineteurope.org/Intersectional-discrimination-in-EU-gender-equality-and-non-discrimination-law
[訳注]
1.サンドラ・フレッドマン(Sandra Fredman)、「EUのジェンダー平等と反差別法における交差的差別」(2016年)、
第3章 文脈における交差性(4)家事労働者 より抜粋。
なお、第3章の構成は以下の通りである。
(1)不利な状況にある民族的マイノリティにおけるジェンダー
(2)ロマ、シンティ、移動者集団における交差性
(3)交差性を経験する場としての年齢
(4)家事労働者
(5)性的指向と性自認
(6)障害
2.実質的平等の概念の4つの軸(本報告書の序文で紹介されているものです。)
(i)不利益に対する救済の必要性
(ii)スティグマ、ステレオタイプ、偏見や暴力に対処する必要性
(iii)意見表明と参加を促進する必要性
(iv)構造的問題に対処する必要性
3.グローバル・ケア・チェーンとは、途上国の農村女性が自分の家族を残して途上国の都市の家族に対してケアを提供し、途上国の都市の女性が自分の家族を残して国境を越え、先進国の家庭でケアを提供している姿を言い表したものである。
小川玲子「東アジアのグローバル化するケアワーク:日韓の移民と高齢者ケア」『相関社会科学24号』(2015年)、3-23頁
http://www.kiss.c.u-tokyo.ac.jp/docs/kss/vol24/vol2401ogawa.pdf
(2018年03月29日 掲載)