国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は2019年7月、インターネット、ソーシャルメディア、AI(人口知能)などデジタル技術の分野におけるビジネスと人権に関する指導原則の実施のためのガイダンス作成に向けて、次のようなプロジェクト案を公表しました。
デジタル技術の発展は、市民活動や人権擁護、医療、運輸・物流など幅広い分野においてプラスの影響をもたらしてきましたが、一方、近年、プライバシーの侵害、民族間対立の悪化、ヘイトスピーチの拡散、国家による監視の強化、女性やLGBTIへのネット上の暴力、「アルゴリズムによる差別」など、負の側面の問題も指摘されています。6月から7月に開催された国連人権理事会の第41会期には、意見及び表現の自由の権利の促進と保護に関する特別報告者が、「監視と人権」に関して、民間企業が提供するデジタル技術などを利用した、ジャーナリストや人権活動家の通信傍受が人権侵害につながり得ることなどが報告されました。
国連人権高等弁務官事務所の「テクノロジーにおけるビジネスと人権(B-Tech)プロジェクト」は、4つの重点分野をあげ、大学、市民社会組織や専門家などと協力して研究を行い、マルチ・ステークホルダーで、あるいはステークホルダーごとの協議を行い、デジタル技術の開発、応用、販売、および使用における責任ある企業行動に関して、デジタル技術の可能性を阻害せずに人権を保護するための提言をまとめるとしています。
4つの重点分野は、次の通りです。
(1) ビジネスモデルにおける人権リスクに対する取り組み
大量の個人情報を収集すること、特定の脆弱な人びとにリスクを及ぼすことにつながり得るような新しい技術を政府に売り込むこと、人事やマーケティングの判断に差別につながり得るハイパー・パーソナライゼーション(注)を提供すること、個人の行動や選択を同意なく情報として使うこと、―こうしたビジネスモデルについて、人権にどのようなリスクを及ぼすかを評価し、対処することが求められます。ここでは、ビジネスモデルの根底にある技術の開発と販売がどの程度人権リスクを引き起こしているのか、ビジネスモデルや競争戦略における人権デュー・ディリジェンスとはどのようなものか、などを検討します。
(2) 人権デュー・ディリジェンスとエンドユーザ―
ビジネスと人権に関する指導原則では、企業は自らの事業活動が人権に及ぼす負の影響を特定し、防止・軽減し、それに対処するデュー・ディリジェンスを実施することが求められますが、その際、自社やサプライチェーンだけでなく、製品やサービスまで範囲を広げることが必要です。このことはデジタル技術と非常に関連しており、国や企業による違法な監視・通信傍受、本人の意図とは関係なくバイアスがかけられたデータによる使用者や市民への差別、ヘイトスピーチなど、製品やサービスの使用に伴う人権侵害が多く起こり得ます。そのため、企業がどのように外部の専門家やステークホルダーと関わり、エンドユーザ―への人権侵害を防止、軽減するためにどのように影響力を使うことができるか、国家による人権侵害を引き起こすような使用を企業がどのように防止、軽減できるか、などを検討します。
(3) 説明責任と救済
ビジネスと人権に関する指導原則の三つ目の柱である救済について、デジタル技術に関連しては、人の判断ではなく、機械やアルゴリズムによって人権侵害がおこること、人権に対する負の影響が何百万人にも及び、関連する企業も一つではなく数十にも及ぶこと、などの課題があります。国や地域によって規制が異なることも課題となり得ます。
(4) 「手法の上手な組み合わせ」:デジタル技術に関連する人権問題に対する規制と政策
ビジネスと人権に関する指導原則は、企業における人権の尊重を促すための、国内的または国際的な、義務的または自主的な手法を「上手に組み合わせる」ことを求めていますが、デジタル技術に関連したこの組み合わせがどのようなものかを検討します。
国連人権高等弁務官事務所は、このプロジェクトについて、これら重点分野が妥当か、他に含めるべき点があるかどうかなどについて、意見を求めています(9月2日締め切り)。
(構成:岡田仁子)
<注>
「ハイパー・パーソナライゼーション」は、個人の購買履歴などの膨大な関連データを組み合わせて、嗜好や興味・関心などに最適化させた商品情報を届けるマーケティング手法をいう。
<参照>
(2019年08月26日 掲載)