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COVID-19と人権パートナーシップ-「持続可能な開発に関する国連ハイレベル政治フォーラム」のサイドイベントから考える
堀内 葵(国際協力NGOセンター アドボカシー・コーディネーター)
初めてのオンライン開催
「持続可能な開発に関するハイレベル政治フォーラム」は、2013年より毎年7月に国連本部で開催される国際会議であり、英語の頭文字をとって「HLPF」と呼ばれている。持続可能な開発に関わる国連加盟国の取り組みについてフォローアップおよびレビューを行うことが目的だ。各国政府は、2015年に採択された「2030アジェンダ」、いわゆる「持続可能な開発目標(SDGs)」の進捗状況を報告し、関連するテーマについて討議を行う。日本政府は2017年のHLPFにて「自発的国別レビュー」(VNR)と呼ばれる報告書を発表し、自治体や民間企業の取り組みも含めたプレゼンテーションを行った。2020年の会議は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界中で猛威を振るう中、7月7日から16日にかけて初めてオンラインで開催された。
従来、国連のほぼすべての会議はインターネットを通じて中継されており、録画も視聴できる(注1)。そのため、国連本部のあるニューヨークに行かずとも、会議場で話されている内容を把握することはできる。複数の会議が同時に開催されているため、見逃した会議を後から追いかけることができるのも重宝する。最近は字幕や手話も導入されており、情報保障に役立つ。しかし、それでもわざわざニューヨークまで経費をかけて渡航し、入場パスを取得し、席を確保して会議に臨む市民社会が多いのは、その場で話されている内容が出席者にどのように受け止められているのかを観察したり、「メジャーグループ」と呼ばれる社会のセクターごとの集まりを通じた質問や意見発表の場に参加したりするためである。各国の政府代表部との意見交換や、様々なテーマを扱うサイドイベントへの参加や開催、世界中から集まる市民社会や国際機関、財団、研究者、民間企業などとの交流という目的もある。
しかし、COVID-19の世界的流行(パンデミック)により、HLPFのみならず、事前に開催される地域会合も延期され、オンラインでの開催となった。アジア太平洋地域では、3月にタイで開催が予定されていた「第7回持続可能な開発に関するアジア太平洋フォーラム」(APFSD)が、5月に延期され、オンラインでの開催に切り替わった。アフリカ地域での同様の会合は2月に対面で開催されたものの、欧州地域は元の日程のまま3月にオンライン開催、ラテンアメリカ・カリブ海地域は3月から5月に延期、アラブ地域は4月開催の代替日程がまだ確定していない。
COVID-19 への国連機関の対応
世界的な混乱状況を考慮し、HLPF自体も幾度かの段階を経て、オンライン開催に移行し、最終日に採択される閣僚宣言ではCOVID-19に関する内容が大幅に追加された。もともと、2020年のHLPFの全体テーマは、「加速する行動と変化の道筋:行動の10年を実現し、持続可能な開発を達成する」という、2019年9月の「SDGサミット」で採択された政治宣言を受けたものであり、SDGsの達成まで残り10年であることを意識する内容であった。HLPFの準備期間と並行してCOVID-19のパンデミックが進んだため、国連事務総長がメッセージを出し、世界保健機関(WHO)をはじめ、様々な国連機関が対策に取り組んでいる。
なかでも、4月に発表された国連報告書「COVID-19と人権:私たち誰もが同じ状況にいる」(注2)では、こうした危機的状況でこそ、すべての人の人権が守られる必要があり、人権こそが、持続可能な開発と永続的な平和を達成するための道標になる、と述べられている。その後も、5月には国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が、社会的、文化的、市民的、政治的権利を含む人権がパンデミックへの対応と回復に必要不可欠である、という趣旨のもと、医療へのアクセスや緊急事態への対応、住居、障害者、高齢者、情報と参加など、様々な分野の人権に関する「COVID-19ガイダンス」を発表している(注3)。
サイドイベントの企画の背景:COVID-19パンデミックにおける国内外の対応
HLPFのサイドイベントは5月に募集が始まり、採択件数は200を超えている。日本でも3月以降、オンラインでのイベント開催が増加しており、運営や参加について一定の経験値が蓄積されてきたことが幸いし、これまでのHLPFやその他の国際会議で開催実績のある日韓の市民社会によるSDGsに関するサイドイベントが開催されることになった。
その際に重視したのは、COVID-19への対応に求められる人権と国際協力の視点である。日本では2月末の休校要請、3月の外出自粛要請、4月の緊急事態宣言などの影響で、子どもたちの教育を受ける権利や暴力から守られる権利が侵害されたり、感染のリスクがありながらも仕事を継続せざるを得ない「必要不可欠な労働者」(エッセンシャル・ワーカー)と呼ばれる医療従事者や食料品販売、水道・ガス・電気・流通・インターネットなどのインフラ業、警察・消防・清掃などに携わる人々や、経済的補償の対象から外される職業従事者が抱える問題が浮き彫りになった。
同時に、検疫の強化や渡航制限、国境の閉鎖、そして活動国でのロックダウンにより、国際的な支援を行うNGOの活動が展開しづらくなり、公的資金である政府開発援助(ODA)を活用した国際協力NGOによる活動も一時的に休止する事態に発展した。COVID-19は当初、中国および近隣諸国である日本や韓国、東南アジアでの感染確認が相次ぎ、その後、欧州や北米などの先進国に広がり、次いで中東やラテンアメリカ、アフリカへと拡大していった。その広がり方は「グローバル化」の時代を象徴するかのようである。経済的先進国は、自国での対応を継続しつつ、国際的な支援を展開した。4月24日にはWHOのもとで、COVID-19の診断、治療、ワクチンの新しいツールの開発・生産・公平なアクセスを加速化させるためのプラットフォームである「COVID-19関連製品へのアクセス促進枠組み」が発足した。5月4日に欧州連合(EU)が主催した「新型コロナウイルス・グローバル対応サミット」において、日本政府は、「公平なアクセスが重要であること、医療体制の脆弱な途上国に対し保健システム強化のための支援を拡充していることを強調し、日本としてこれらの分野において応分の貢献を行うこと」を表明し、ワクチンの開発を共同で進める国際機関である「感染症対策イノベーション連合」(CEPI)やワクチンの途上国への供給を促進する「GAVIワクチンアライアンス」(GAVI)などへ合計7.6億ユーロ(約910億円)の拠出を確約した。
また、5月17日から22日まで開催されたWHOの「世界保健総会」において、「COVID-19技術アクセス・プール」(C-TAP)が設立された。これは、COVID-19に関わる医薬品の知的財産権を国際的に共同で管理し、「国際公共財」として平等なアクセスに向けた活用を促進していくための「特許プール」である。一方、アフリカ日本協議会のブログによれば、これらの医薬品を自国で囲い込もうとする流れや、知的財産権の厳格運用により企業利益を確保しようとする流れがあり、「国際公共財か、各国の利害か、という対立が表面化している(注4)。
韓国と日本の市民社会組織が共催したサイドイベント
こうした世界的な流れのなかで開催されたHLPFに際し、韓国海外援助団体協議会(KCOC)、および日本の「SDGs市民社会ネットワーク」をはじめとする韓国と日本の市民社会組織が7月14日に共催したサイドイベント「コロナ文脈においてSDG16・17の実施を加速させるために政府と市民社会の連携をどのように強化すべきか?」では、両国の政府と市民社会が COVID-19にどのように対応したかを踏まえ、SDGsの目標16(平和と公正をすべての人に)と目標17(パートナーシップで目標を達成しよう)の実施に関連したCOVID-19 への対応から得られる重要な教訓を提供し、すべての人びとへの教育、ジェンダー平等、民主的ガバナンスの促進といったSDGsに関する既存の課題を認識することを目的とした。
SDGsのターゲット 16.3(法の支配)、ターゲット16.6(実効的な制度)、ターゲット16.7(意思決定)、ターゲット16.10(情報へのアクセス)に照らして両国政府の対応を検討したとき、際立った違いとして挙げられるのは透明性と説明責任の有無である。韓国の国連代表部次席公使からは、「T.R.U.S.T.」という略称に集約される5つの原則について紹介があった。すなわち、T=Transparency(透明性)、R=Rapid Response(迅速な対応)、U=United Action(団結した行動)、S=Science(科学)、T=Together in Global Solidarity(地球規模の連帯を共に)の頭文字を、英語で「信頼」を意味する単語(trust)に重ね合わせているのである。韓国疾病管理本部(KCDC)および保健福祉部次官による1日2回の記者発表の実施や、COVID-19の感染者数や検査実施数、行政からの通達やガイドラインなどが一つのウェブサイトで閲覧できるシステムの構築、日本でも注目された「ドライブスルー方式」でのPCR検査体制、科学的根拠に基づく感染対策、各国からの協力要請に応える国際連帯の姿勢など、積極的に情報公開をし、根拠に基づく対策を実施している韓国社会の取り組みが報告された。
日本政府の対応はどうだったのか。他国と比べて圧倒的に少ない検査数、実効性の疑われる全国一斉の休校要請と準備なき実施、時期が遅すぎたという専門家の指摘もある非常事態宣言の発令、科学的根拠に乏しい布マスクの全世帯配布、少なすぎる休業補償と不透明な公共調達の実態、世帯単位での受け取りが原則でDV被害者や別居世帯などへの配慮に欠けた特別定額給付金、発言者名を記載した議事録が作成されない政府専門家会議、記者からの質問要請に応えようとしない首相会見、感染拡大対策として1社1名に限定された官房長官記者会見など、ここ4カ月ほどの間に発生した「事件」は枚挙にいとまがない。
6月頃までは、厚生労働省のウェブサイト上において感染確認数報告が画像で行われており、テキストベースではなかったこと、詳細についてもCSVやエクセルなどでのデータではなくPDFファイルが掲載されていたことは衝撃的であった。「Society 5.0」(注5)はどこへ行ったのか。
これらの対策について、日本政府も採択に加わったSDGsに照らし合わせた冷静な分析と評価が必要とされることは言うまでもないであろう。一方、先述した通り、日本政府はWHOへの支援やワクチン開発・供給への資金拠出を含む多国間援助には積極的であり、SDGsのターゲット17.2(ODA)、ターゲット17.17(実効的なパートナーシップ)という観点からは評価できる部分も少なくない。
サイドイベントで示された課題
サイドイベントでは、難民、障害者、女性、若者といった、COVID-19の影響を大きく受けた社会集団が抱える困難についても報告があった。レバノンに住むシリア難民たちは韓国のNGOによる支援で子どもたちへの教育機会を確保し、生計を立てることができていたが、COVID-19の影響で仕事がなくなってしまった人もいる。韓国政府による記者会見では導入されている手話が、COVID-19相談ホットラインや検査場では導入されておらず、障害者への情報保障が課題となっている。日本では、特にひとり親世帯が仕事とケアワークの両立に苦慮していること、ドメスティック・バイオレンスや望まない妊娠の増加などが報告された。若者の間では教育機会の格差が生まれ、不安定雇用が広がり、医療系の大学院生などが無給でCOVID-19対応に当たっているという。
社会全体に広がる恐怖と不安に向かい合い、「誰も取り残さない」医療体制や社会システムを維持し、すべての人にとって人権を確保するためには、政府の持つ情報や統計の公開と政策決定プロセスの透明性確保が不可欠である。今回のサイドイベントでは、日韓政府によるスピーチが行われ、そこでも国際協力の重要性や市民社会とのパートナーシップが強調されていた。SDGsの目標17が目指す「パートナーシップ」には、単に国際機関への資金拠出だけでなく、ODAや科学技術、貿易、能力強化などの「実施手段」も含まれている。市民社会と政府がパンデミックへの対処とSDGsの達成に向けてどのように効果なパートナーシップを構築していくことができるのか、本サイドイベントだけで終わらせるのではなく、継続的な議論が必要である。その意味を込めて、サイドイベントの終盤で筆者は、「すでに制度が整っているNGOと政府の定期協議会の場を通じて、SDGs実現のためのパートナーシップについて議論し、また、グローバルなプラットフォームを活用して他国の市民社会を含めた対話の促進が必要である」と呼びかけた。
本イベントの録画および発表資料は、後日、主催団体の一つである「韓国海外援助団体協議会(KCOC)」のウェブサイトに掲載される予定である(注6)。
注2:COVID-19 and Human Rights: We are all in this together (April 2020)
注3:COVID-19 GUIDANCE (13 May 2020)
注5:狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続く、日本政府が提唱する5番目の社会像。科学技術により情報共有を進めることで、人間中心の社会を目指す言葉として、2016年の第5期科学技術基本計画で提唱された。