ヒューライツ大阪は
国際人権情報の
交流ハブをめざします
第9回国連ビジネスと人権フォーラム(2020年11月16−18日)開かれる
国連「ビジネスと人権フォーラム」は、2012年から毎年、スイスのジュネーブで開かれてきました。「ビジネスと人権フォーラム」は人権理事会のビジネスと人権作業部会が開く催しで、2020年は9回目になります。2011年に人権理事会で承認された「ビジネスと人権に関する指導原則」(「指導原則」)の実施を進め、広く浸透させるために、現状の分析と傾向、進展と課題、今後とるべき方策などを議論する場です。企業やその連合体、コンサルタントグループを含む民間セクター、政府、国際機関、市民社会組織、労働組合、学会などの関係者が世界各地からこのフォーラムに集まります。フォーラムは、「指導原則」の実施が世界でどのように進んでいるか、企業や政府がどう取り組んでいるか、人権侵害の発生と被害者の救済は有効にされているかなど、現状をつぶさ に知ることができる格好の機会となっています。
今回は、新型コロナウィルス(COVID−19)感染が世界的に拡大している状況(パンデミック)下、オンラインで開かれました。作業部会議長によると、世界140カ国から約4,000人の参加登録があり、その40パーセントが民間部門から、市民社会組織からの参加者は12パーセントでした。
オンラインでのフォーラムは、前回までに比べて会議の数は極めて少なく、開会と閉会を含めて28会議でした。そのうち英語、フランス語、スペイン語の同時通訳がついたのが15あまり、そのほかは通訳なしの英語による会議でした。
今回のフォーラムの主要テーマは、「ビジネス関連の人権侵害の防止:人と地球のための持続可能な未来への鍵」でしたが、特に、パンデミックが人権と経済に関して様々な影響を多岐の分野に深刻な影を落としている現状が語られました。パンデミック前にあった困難な実態が一層ひどくなっている事例も世界各地から伝えられました。特に、社会的に脆弱な立場に置かれている人々、移住者、インフォーマルセクターで働く人、非正規雇用の人は、コロナウィルス感染のリスクばかりでなく、経済的、社会的にもさらに不安定な生活を強いられていることが報告されました。
パンデミック後の復興に関しては、「指導原則」に基づいて公正で、公平、多様性を受け入れたより良い社会を構築(build back better)するように、政府とビジネスセクターの実質的なコミットメント、「人」を中心に持続可能性を備えた対応を求める議論が多くありました。「指導原則」の「国の人権保護義務、企業の人権尊重責任、人権侵害救済へのアクセス」という枠組は、国連の「持続可能な開発のための2030年アジェンダ」(持続可能な開発目標:SDGs)、OECD多国籍企業行動指針、その他のガイダンス(責任ある企業行動のためのデューディリジェンスや責任ある企業行動と気候変動に関するもの)、そしてILO多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言(多国籍企業宣言)などとも相まって、企業の行動にまつわる人権侵害の防止のために不可欠な原則となっており、その企業による実行を求める声が聞かれました。
2011年6月に国連人権理事会で「指導原則」が全会一致で賛同を得てから2021年で10周年を迎えます。「指導原則」の認知が次第に広がり、人権デューディリジェンスを取り入れる企業が増えているものの、世界的には、いまだに多くの企業の理解も人権デューディリジェンスもない現状が報告されました。「指導原則」に対する政府と企業のコミットメントとそれを現実のものとする取り組みが課題であるとされました。この10年間に達成してきた成果と共に残された課題をふりかえり、次の10年に向けたビジョンと行程表を策定する(UNGPs10+プロジェクト)ために今回のフォーラムでの議論とマルチ・ステークホルダー対話は有用とされました。
今回のフォーラムで議論された主な論点を以下に述べます。
-
移住労働者の状況:コロナウィルスのパンデミックが増幅した窮状と脆弱性。
-
人権侵害の防止と救済を取り入れた国際投資合意、「指導原則」9に沿って人権尊重に沿った投資や環境保護をも目指すESG投資を求める議論。
-
ベンチマークや指標を使ってこれまでの成果を検証。世界の200社についての検証結果で「指導原則」の実施状況をデータで表す実証報告。
-
大規模開発、資源採掘のための土地収奪などビジネス関連活動による先住民の権利侵害を防止することが、責任ある企業活動と持続可能な開発の要である。先住民の権利のために働く人権擁護活動家に対する脅迫や攻撃が続く現状。
-
企業全般、特にハイテク、IT分野の企業に関連する人権侵害を防止する国の人権保護義務(「指導原則」第1の柱、原則1)。政府は法令、規則、裁定、政策、行政指導など、強制力を持つものと持たないものを使い分け(スマート・ミックス)、人権侵害を防止する義務を負うとされた。
-
人権侵害防止と環境保護のために人権デューディリジェンスを行う企業の責任。特に、パンデミック後を見据えて、働く人と地域共同体の人権と環境を守るための行動と対策が重要。
-
人権尊重はSDGsと深く関わり、多くの企業が経営方針に取り入れてきたが、その理想と現状のギャップを埋めるためには、人権尊重を企業活動全般で根付かせ、デューディリジェンスの実行を推進することが必要。
-
フォーマルな経済に組み込まれている企業ばかりでなく、零細企業、家族経営企業、家事労働などで働く人々の労働環境の改善と人権保護のために「指導原則」に沿った政府の効果的な取り組みが求められた。
-
多国籍企業を含めて、企業が責任を果たすようにする有効な方策としての、訴訟、非司法的制度への訴え、社会的キャンペーンとともに、企業の責任を国内法で義務化する傾向はこれからも進むことが語られた。
-
公平で安全な非国家・非司法的苦情申し立て制度づくりと運用。精神的、物理的、経済的、社会的な報復や不利益を怖れることなく救済を求めることができる制度への効果的なアクセスが欠かせない。
-
ヨーロッパ諸国などで進む人権デューディリジェンスの法制化とそれを支持する企業グループと市民社会組織の主張。その対象は、ヨーロッパ以外の国の企業におよぶ。
-
ビジネスと人権の分野でヒューマン・ライツ・ディフェンダー(人権活動家)が果たす役割と直面する過酷な状況、特にパンデミックの危機的状況下での働き。さらに危機後の復興計画策定で果たす役割が議論された。
-
ビジネス関係10団体が企業に対して「指導原則」の理解と実行を求め続けている現状とUNGPs10+への貢献。グローバル・コンパクトの6つのローカル・ネットワーク(ブラジル、トルコ、スペイン、ポーランド、コロンビア、インドネシア)から「指導原則」の浸透状況と今後への期待が語られた。
-
「ビジネスと人権」の中で腐敗根絶が重要な位置を占めることは作業部会のレポート(A/HRC/44/43)で述べられている。腐敗によって起こる人権侵害に対する責任の追及と救済の事例、成果と課題が議論された。
-
企業が人種主義と外国人嫌悪(ゼノフォビア)に立ち向かうために「指導原則」が果たす役割が事例を含めて語られた。
-
気候変動危機に対処するために、パンデミック後を視野に入れて政府と民間セクターが取るべき行動が議論された。国の人権保護義務、企業の人権保護責任が気候変動を阻止し、環境保護を進める社会づくりと深くつながっているとされる。
-
性暴力、セクシュアル・ハラスメントそしてジェンダーに基づく暴力は企業内外でしばしば起こる人権侵害であり、被害者は弱い立場に置かれた人々であることが多い。これに関連するILO 190号条約(暴力及びハラスメント条約)は2021年6月に発効する。ジェンダーの視点を人権デューディリジェンスに取り入れ、国、企業、関係団体、労働組合、女性団体などが根元的な解決策に向けて取り組む必要があるとされた。
-
国内人権機関が「ビジネスと人権」に関連して人権侵害防止にために果たす監視の役割が議論された。
-
紛争影響下にある地域では最も深刻な形の人権侵害がしばしば起こってきた。平和と安全を維持し、人権侵害を防止し、被害者を救済するためには、国、国際機関、関係する企業が連携する必要がある。作業部会はこの課題を取り上げて2020年10月、国連総会にレポート(A/75/212)を提出した。
-
2014年6月の人権理事会によって設けられた、多国籍及びその他の企業に関する公開政府間作業部会第6会期における条約第2案検討結果が報告された。企業の人権尊重を条約で義務化する(法的拘束力をもつ)ためのプロセス、特に、法的責任の明確化、管轄の規定、刑事、行政、民事にわたる侵害と賠償の特定、被害者救済などについて議論が進展したことに言及。これまで条約の対象を多国籍企業に限定していたものが企業全般に広げられたと説明された。条約第3案は作業部会第7会期(2021年)に出される。
-
世界的規模および地域規模の労働組合の連合体によれば、「指導原則」浸透の現状は、企業のコミットメントが依然として少数にとどまること、人権としての労働権が世界各地で尊重されていないこと、パンデミック下でこの状況がより深刻になっていることなどが語られた。UNGPs10+課題として、企業の人権尊重責任、特に人権デューディリジェンスを企業の自主的実行に委ねずに法律で義務化すること、さらに効果的な苦情処理と被害者の救済の制度を含めた国際基準を条約で定めることがあげられた。
日本政府は、外務副大臣のメッセージで、日本政府が2020年10月、「ビジネスと人権」に関する行動計画を策定及び公表したこと、行動計画の実施を通じて、責任ある企業行動の促進を図り、人権保護・促進を目指していくことを述べました。また企業活動における人権の尊重は、企業の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に対する貢献の中心であるべきとしました。
(白石理・ヒューライツ大阪会長)