2011年に国連人権理事会が全会一致で採択した国連「ビジネスと人権に関する指導原則」の策定から10年を迎え、ビジネスと人権のこれからの10年の方向性を示す「UNGPs 10+ ビジネスと人権の次の10年のためのロードマップ」が発表されました。
人権理事会のビジネスと人権ワーキンググループが第10回国連ビジネスと人権フォーラム(2021年11月29日~12月1日)で発表したロードマップは、これまでの10年の実績評価に基づいて作成されました。これまでの10年では、指導原則がすべてのステークホルダーの共通の枠組みとして一定の役割を果たしたものの、指導原則で求められていることの実行、方針と実践の一貫性に課題が残るとされています。
これからの10年は、「誰一人取り残さない」ことを掲げ、人権をその根底に置くSDGsの達成を目指す10年となり、コロナ禍や気候危機といったグローバルな課題に直面し、脆弱な立場に置かれている人びとの人権への影響を予防・軽減すること、救済へのアクセスを担保することが求められています。ロードマップでは、グローバルな課題の対応への「羅針盤」として指導原則を活用することを含む8つの行動分野が示され、各行動分野には達成すべき目標が示されています。8つの行動分野は、①戦略的な方向性、②保護・尊重・救済、③横断的な重要点の3つのテーマに分けられています。
指導原則に沿った取り組みの主体となる国や企業が、多国間や業界で連携し、ライツホルダー(権利保持者)との対話を進めながら、国際機関や市民社会組織、労働組合、弁護士、アカデミア等のさまざまなステークホルダーと協働し、指導原則に書かれたことを実行することが期待されています。
●戦略的な方向性
指導原則と人権デュー・ディリジェンス、ステークホルダーエンゲージメント、人権への負の影響の是正の考え方を、コロナ禍からの「よりよい復興(building back better)」を含め、格差への対応、気候変動対策における社会的・経済的影響に考慮した公正な移行と持続可能な未来の実現のための中核的な要素として、国や企業、その他のステークホルダーにとって、責任あるビジネスのための実践的な標準ツールとする。
法律や制度といった社会・経済システムに組み込まれた差別・格差等の構造的な課題は国や企業が個々に解決できるものではなく、各国の連携、企業の連携、ライツホルダーや企業、政府、労働組合、市民社会、国際機関等のマルチステークホルダーの連携が不可欠である。
テクノロジーがSDGsの達成に貢献すると同時に、テクノロジーを利用した製品・サービスの使用は、オンラインでのヘイトスピーチやフェイクニュースの拡散、市民監視、民主化プロセスの弱体化など、人権と民主主義を危機にさらす可能性がある。企業と国は、テクノロジーの急速な変化と社会がそれを受け止める能力のギャップに対応していく必要がある。
グローバルな課題への対応という企業の役割を強化していくためには、指導原則に対する共通の理解が不可欠である。指導原則と指導原則の考え方をすでに統合した基準(OECD多国籍企業ガイドライン等)の整合性を保持し、さらなる基準策定においても一貫性と整合性を確保する。
●保護・尊重・救済
国は企業の事業創出・継続に関する会社法等の法律や政策を責任ある企業行動をさらに促進するものに強化すべきである。国の投資政策や事業経営、公的サービスの外注においては、人権保護の義務が適用される。多国間での開発や金融、投資、貿易において、企業の人権尊重を積極的に推進すべきである。
指導原則では、各国または国際的な取り組み、義務化または自主的な取り組みの「スマートミックス(適切な組み合せ)」を国に求めている。義務化を効果的なものとし、すべての市場で機能する規制の選択肢を設けつつ、人権を尊重する責任あるビジネスを育成するための施策のスマートミックスを進めることが重要である。
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公的な保護なしに労働法の枠外で労働者が働くインフォーマルセクターへの指導原則の適用、各国法と国際人権基準のギャップへの対応、汚職や犯罪行為、紛争地域や独裁政権・占領地などとのつながりといった課題がある中で、先進企業だけでなく、指導原則をビジネス界全体で取り込み、人権尊重のコミットメントから事業プロセスの見直しや実践につなげていくことが必要である。
企業のDNAとして人権の尊重に継続的に取り組み、浸透させていくためには、ガバナンスや組織の枠組み、事業モデルの中核に人権デュー・ディリジェンスを統合しつつ、企業文化を変えていく必要がある。
指導原則の効果的な実践のためには、国が政策の一貫性を強化するように、企業が事業慣行の一貫性を強化することが重要である。指導原則に沿った人権デュー・ディリジェンスを全業務および全取引関係に広く適用できれば、より強固な一貫性の実現につながる。
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救済へのアクセスは、国家基盤型の司法的メカニズム・非司法的苦情処理メカニズム、非国家基盤型の苦情処理メカニズムが相互補完する救済のエコシステム(生態系)によって可能となり、ライツホルダーにとって最大限の成果につながる。
●横断的な重要点
有意義なステークホルダーエンゲージメントとは、影響を受ける個人やコミュニティ、国や企業の動きをモニタリングする労働組合、人権・環境活動家、市民社会組織等をパートナーとして受け入れることである。指導原則が求めている人に対するリスク、特に脆弱な立場に置かれるライツホルダーを重視することが、ステークホルダーを中心とする資本主義や持続可能な発展、誰一人取り残さない公正な移行につながっていく。
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投資家および金融セクターは、投資活動とつながる人権リスクを知り、どのようにリスクに対応しているかを明らかにすることが期待される。ESGの潮流は企業の人権尊重を加速するきっかけとなる。指導原則はESGのすべてに関わる一方で、「S」の中核であることの共通理解が必要である。
ビジネス界で事業慣行を形成している、企業内弁護士や企業向けアドバイザリーサービス提供者(会計事務所、監査法人、社会的監査・認証事業者・経営コンサルタント・PR会社等)に対して影響力を行使することが重要である。アドバイザリーサービスに顕著な人権リスクや人権への影響、人権デュー・ディリジェンスに関する助言を含めることで、指導原則の実践につなげることができる。他に、経済団体やアカデミア(ビジネススクール・法科大学院等)も、ビジネスリーダーの意識変革に大きな役割を担うだろう。
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ピアレビューシステム(相互評価制度)をうまく活用し、法律や政策の展開、人権を統合した事業経営等、国の指導原則の実行をより体系的に追跡することで、指導原則の効果的な実行と説明責任の促進につなげていく。国連人権理事会が加盟国の人権状況を確認する普遍的定期審査(UPR:Universal Periodic Review)や国連ビジネスと人権フォーラムの活用が考えられる。
企業が方針やプロセスを通じて自社の責任をどれだけ果たしたのか、人権への負の影響の防止や対応がどれだけ効果的に行われたのかを評価し、進捗を確認することが必要である。そうすれば、企業は自社のリソースをもっとも必要とされるところ、または効果的なところに割り当てることができ、投資家・市民社会組織・行政機関が企業の実効性を特定し評価することができるようになる。
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ビジネスと人権に関するアジェンダや指導原則を国連システム全体に戦略的に組み込むことで、グローバルおよび各国レベルの既存の体制やプロブラム、活動と指導原則との統合につなげることが重要である。また、特に持続可能な発展や公正な移行の実現において、政策の一貫性や基準の収斂を促進したり、さまざまなイニシアティブとのシナジーを創出したりする国連システムの役割を強化する上でも指導原則の統合が重要である。
指導原則の理解・実践の加速・拡大には、能力開発のための投資が必要であり、そのためには、さまざまな機関による協調的で一貫したアプローチが求められる。
指導原則を広く包括的に取り込むためには、グローバルなアプローチだけでなく、地域ごとのプラットフォームがそれを補完することが必要である。地域における理解・実践を拡大し、すべての地域で人権尊重を高める競争を加速していくことが重要である。
(構成:土井陽子)
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(2022年01月15日 掲載)