経済産業省が2022年3月から策定してきた「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)」へのパブリックコメントの受付が8月8日から始まり、ヒューライツ大阪は8月25日に提出しました。以下はその全文です。
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「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)」に対する意見
一般財団法人アジア・太平洋人権情報センター
1 透明性と包摂性を確保した策定プロセス
すべて
透明性と包摂性を保障したプロセスを通じてガイドラインを策定してください。
企業活動による人権への負の影響はあらゆるステークホルダーに及ぶ可能性があり、ガイドラインの内容は国内外を問わず広範な影響を及ぼします。ステークホルダーのなかでも、特に負の影響を受ける当事者である権利保持者(ライツ・ホルダー)の視点が重要であることは、国連ビジネスと人権に関する指導原則(以下「指導原則」)でも指摘されています。今回のプロセスは、負の影響を受ける当事者の視点が十分に反映された策定プロセスであったとは認識できません。今後は、透明性と包摂性を保障したプロセスを通じてガイドラインを策定してください。
また、本ガイドラインは、日本政府が2020年11月に策定したビジネスと人権に関する行動計画(以下、NAP)の実施の一環と位置付けられていますが、NAPにおいては策定プロセスと同様に実施においても、政府以外のステークホルダーとの関係において透明性と包摂性が求められています。したがって、本ガイドライン案の策定プロセスの、NAPプロセス、とくに「ビジネスと人権に関する行動計画推進円卓会議」及び「ビジネスと人権に関する行動計画推進作業部会」との連携、情報共有などが十分なものであったかどうかも検証される必要があります。
2 人権に関する記述の不十分性
1.2:「企業による人権尊重の取組は、企業活動における人権への負の影響の防止・軽減・救済を通じて、持続可能な経済・社会の実現に寄与する。」
人権について、また企業になぜ人権尊重が求められているのかについて、ガイドライン利用者の理解を確かなものにするために、最低限、①ガイドライン策定の背景となる企業活動による人権への負の影響、②現代社会において人権尊重が重要である理由、③人権への負の影響の防止・軽減・救済が、どのように「持続可能な経済・社会の実現に寄与する」のかを、国際人権基準を踏まえて「具体的かつわかりやすく」(1.1)説明してください。
「人権尊重の意義」の記述は冒頭のこの一文だけであり、それに続けて多くの紙幅を割いている「人権尊重責任を果たし続ける結果」としての「経営リスクの抑制」及び「企業経営の視点からのプラスの影響」に関する記述と比べてあまりに不十分です。
日本企業において人権尊重責任を果たすための前提となる「人権」の理解は十分であるとは言えない現状があります。人権デュー・ディリジェンスの実施などそれ以降のすべての記述のベースを確かなものにし、国際スタンダードに則った人権理解に基づく人権尊重責任を保証するために、「人権尊重の意義」を丁寧に記述する必要があります。
本ガイドラインは経営一般の指南書ではありません。指導原則では、経営リスクは人権リスクと峻別すべきとの文脈で触れられ、「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」(以下「OECDガイダンス)」では、経営リスクを記述対象としないことを説明するとともに、企業経営へのプラスの影響についてはあくまで付加的要素として記述されています。本ガイドライン案でも「そもそも人権尊重の取組は、その結果として経営リスクを低減させ得るものではあるが、その目的は、人権への負の影響を防止・軽減・救済することにあるからである」(Q&Aの8)といった記述が見られますが、冒頭のこの部分で人権尊重の本来の意義を明確に説明しておく必要があります。
経営リスク及び企業経営へのプラスの影響の言及が必要なら、脚注に記述する、あるいは最低限、本来の「人権尊重の意義」をもっと丁寧に記述することでバランスをとらないと、日本政府の国際的評価を貶めることにもなります。ひいては日本企業の評価にも悪影響を及ぼすことになります。
(根拠となる出典)
2.1.2.1:「具体的には、企業は、例えば、強制労働や児童労働に服さない自由、結社の自由、団体交渉権、雇用及び職業における差別を受けない自由、居住移転の自由、人種、障害の有無、宗教、社会的出身、ジェンダーによる差別を受けない自由等への影響について検討する必要がある。」
「具体的には、企業は、例えば、生命・自由・身体の安全に対する権利、奴隷または苦役からの自由、非人道的な扱いと刑罰からの自由、プライバシーの保護を受ける権利、移動と居住の自由に対する権利、自由で望ましい条件で労働する権利、休息と余暇に対する権利、健康・福祉・十分な生活水準に対する権利、教育を受ける権利など、国際人権章典に示された権利と自由への影響について検討するとともに、結社の自由及び団体交渉権、強制労働、児童労働、雇用及び職業における差別、安全で健康的な労働環境に関する、ILO中核的労働基準の5分野10条約に示された原則上の基本的な権利への影響について検討する必要がある。」と修正し、「人権」の例示を拡充するとともに、「権利」(right)の視点を欠落させない表現にしてください。また、人権に関する諸条約、環境に対する権利、子どもの権利とビジネス原則など、関連する重要な内容についても記述してください。
指導原則の原則12解説では「企業は、国際的に認められた人権全般に実際上影響を与える可能性があるので、その尊重責任はそのような権利すべてに適用される」としており、企業が考慮しなければならない人権の範囲は広く、また「権利(right)」の視点が不可欠です。
後半部分の例示において、「権利」ではなく「自由」のみを表現した記述は誤解を招きます。「居住移転の自由」は世界人権宣言の条文では「自由に居住、移転する権利」です。また「人種、障害の有無、宗教、社会的出身、ジェンダーによる差別を受けない自由」は、世界人権宣言第2条の視点から言えば、「人種、障害の有無、宗教、社会的出身、ジェンダー」の違いによる差別なく「この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる」(第2条第1項)のであって、「権利」(right)の視点は不可欠です。
さらに、国際人権章典とILO中核的労働基準だけでなく、指導原則 原則12解説が指摘するように、人権諸条約やその他の国連文書にも言及する必要があります。加えて、環境デュー・ディリジェンスの重要性も増してきている中、環境に対する権利や環境と人権との関連性についても説明するべきです。この点、脚注で「クリーンで健康的で持続可能な環境に対する人権」の国連総会決議に触れるだけでは不十分です。
この重要な部分で丁寧な記述をしておかないと、後述のように、企業は人権デュー・ディリジェンスの「第一歩」(4.1)を踏み出すことができません。
(根拠となる出典)
2.1.2.1:「人権の保護が弱い国・地域におけるサプライヤー等においては、日本国内のサプライヤー等と比して、人権への負の影響の深刻度が高いと言われる強制労働や児童労働等には特に留意が必要であり、優先的な対応をすることも考えられる。」
「日本国内のサプライヤー等と比して、人権への負の影響の深刻度が高いと言われる」ことの根拠を示した記述にしてください。また、「人権の保護が弱い国・地域」と「日本国内」を単純に対置していると読める表現を改めてください。
人権への負の影響の深刻度は、当該企業の事業活動と、負の影響を及ぼす、または及ぼす可能性のある人権との関係性から個別具体的に評価されるべきもので、一般論で結論づけることは人権デュー・ディリジェンスの趣旨に反します。「デュー・ディリジェンスは動的である」とするOECDガイダンスとも矛盾します。
また、「人権の保護が弱い国・地域」と日本国内を図式的に対置し、後者は前者よりも人権保護が強いと読める記述になっていますが、一般論で人権の保護の強弱を結論づけることは妥当性を欠きます。例えば、本ガイドラインでも複数の例示がなされている技能実習生に関わる強制労働よりも、「人権の保護が弱い国・地域」における強制労働は「特に留意が必要であり、優先的な対応をすることも考えられる」と短絡的に理解されてしまう懸念があります。
(根拠となる出典)
4.1.1(b):「負の影響の発生過程の特定/自社のビジネスの各工程において、人権への負の影響がどのように発生するかを具体的に特定していく。」
4.1.1(b)の項目名を「負の影響の発生過程の特定と評価」に修正し、本文の上記部分に続けて、次の記述を加えてください。「誰が負の影響を受けるかを特定し、国際的に認められた何の人権がどのように負の影響を受けている、または受ける可能性があるのかを評価する。」
4.1冒頭の「人権DDの第一歩は、企業が関与している、又は、関与し得る人権への負の影響を特定し、評価することである」の「具体的なプロセス」として、人権への負の影響を「国際的に認められた人権」に基づいてどのように特定、評価すればいいのかを丁寧に記述してください。
この一文とその後の「4.1.1具体的なプロセス」で記述されている(a)~(d)の内容だけでは、企業は指導原則に基づいて適切に「第一歩」を踏み出すことができません。具体的には指導原則 原則18解説の記述を、「誰が影響を受けるかを特定し、関連する人権基準及び問題を整理し」に焦点をあてながら、つまり「誰の」「何の」人権に影響を与えうるのか、に焦点をあてながら、わかりやく丁寧に記述することが必要です。上記2.1.2.1「人権の範囲」における不十分な記述とともに、ここでの記述が改善されないと、企業は国際スタンダードに基づいて人権デュー・ディリジェンスを実施することができません。
(根拠となる出典)
3 ステークホルダーに関する記述の不十分性
2.1.2.3:「「ステークホルダー」とは、企業の活動により影響を受ける又はその可能性のある利害関係者(個人又は集団)を指す。ステークホルダーの例としては、例えば、取引先、自社・グループ会社及び取引先の従業員、労働組合・労働者代表、消費者のほか、市民団体等のNGO、業界団体、人権擁護者、周辺住民、投資家・株主、国や地方自治体等が考えられる。」
「「ステークホルダー」とは、企業の活動により影響を受ける又はその可能性のある利害関係者(個人又は集団)を指す。こうしたステークホルダーの例としては、例えば、取引先、自社・グループ会社及び取引先の従業員、労働組合・労働者代表、消費者、人権擁護者、周辺住民等が考えられる。これ以外に、意味のある対話にとって重要となる関連ステークホルダーとして、市民団体等のNGO、業界団体、投資家・株主、国や地方自治体等が考えられる。」という記述に修正してください。
企業は、「その具体的な事業活動に関連して、影響を受け又は受け得る利害関係者(ステークホルダー)を特定する必要がある」とこの部分に続けて記述されていますが、特定するためには、ステークホルダーの正確な理解が欠かせません。OECDガイダンスも指摘するように、「影響を受けるまたはその可能性のあるステークホルダー」と「意味のあるエンゲージメントにとって重要となる関連ステークホルダー」とは区別して捉える必要があります。
以降、全体にわたって頻出するステークホルダーに関する記述を正確に理解するためには、総論部分であるこの部分でステークホルダーを厳密に定義する必要があります。とりわけ機関投資家については、企業として人権に影響を及ぼす側面を重視する必要があり、ガイドライン利用者に混乱を与えないためにも厳密に記述してください。
(根拠となる出典)
4.1.2.2:「人権への負の影響の評価に当たっては、脆弱な立場に置かれ得る個人、すなわち、社会的に弱い立場に置かれ又は排除されるリスクが高くなり得る集団や民族に属する個人への潜在的な負の影響に特別な注意を払うことが望ましい。」
4.1.2.2のこの一文は「2.2人権尊重の取組にあたっての考え方」の中に、大項目の1つ「社会的脆弱層への特別な注意と女性と男性での異なるリスクへの留意が重要である」として記述してください。その上で、この4.1.2.2としても記述してください。また、「望ましい」を「べきである」に修正してください。
この4.1.2.2の部分と同様の表現は、たしかに4.1.2「負の影響の特定・評価プロセス」に関連する指導原則の原則18解説で言及されていますが、同様の内容は指導原則の他の部分(企業に関わる国家の人権保護義務に関する原則3解説、国際的に認められた人権に関する原則12解説、人権デュー・ディリジェンスの実効性の追跡評価に関する原則20解説、国家基盤型の司法的グリーバンス・メカニズムに関する原則26解説、国家基盤型の非司法的グリーバンス・メカニズムに関する原則27解説)でも言及されています。
そもそもこの内容は、指導原則冒頭の一般原則(General principles)で述べられているものです。一般原則は、指導原則のすべての内容にわたって通底させるべき原則であり、したがって、4.1.2.2でのこの内容は「2.2人権尊重の取組にあたっての考え方」の中に、「女性と男性での異なるリスクへの留意」も含めて、基本的な項目として記述すべきです。
また、指導原則 原則18解説ではshould pay special attentionとされており、「望ましい」という記述をshouldに整合した表現に修正してください。
〔補足〕
指導原則の一般原則及び原則18解説では、女性と男性での異なるリスクを考慮すべきであるとしています。しかし、ガイドライン案ではこの要素が欠落しており、ジェンダーに関してはその後の脆弱性に関するパラグラフで「人権及び多国籍企業並びにその他の企業の問題に関する作業部会のレポート」を「参考になる」として挙げているだけです。
ジェンダーの視点の重要性については、指導原則のみならず、国連ビジネスと人権に関するワーキンググループの「ビジネスと人権に関する国別行動計画の指針」でも、「政府の対応の基本原則」として「ジェンダー特有の影響からの実効的な保護の確保」が求められており、NAPの実施プロセスの一環に位置づけられている本ガイドラインでも欠かすことのできない視点です。
(根拠となる出典)
4 全体にわたる問題
英語仮訳版のすべての内容
本ガイドライン案の英語仮訳版(Guidelines on Respect for Human Rights in Responsible Supply Chains)のすべての部分について、指導原則等の国際スタンダードでの表現と整合しているか改めて点検し、整合していなければ整合するように修正してください。
例えば上記⑦で指摘した指導原則 原則18解説でのshould pay special attentionの部分は、本ガイドライン案の英語仮訳版ではit is desirable to pay special attentionと表現されています。日本語のガイドライン案から英語に翻訳したためと思われますが、指導原則ではこうした細部の表現は重要であり、整合させないと国際スタンダードに即した内容となりません。日本語版ともに英語仮訳版についても、指導原則との整合性を確保してください。
5 その他の部分の問題
1.2:「既に、多くの日本企業は、ESG・SDGsを意識した取組を行うとともに」
ESGとSDGsへの言及は具体的かつ日本企業の実情を踏まえた記述にしてください。「意識した」という表現も、例えばSDGsについて、「マッピング」に留まっているのか「経営への統合」まで進んでいるのかなど、具体的かつ厳密な表現にしてください。
ESGとSDGsについて、ガイドライン案では脚注に簡単に定義的な内容が記されているだけです。しかし、ESGとSDGsは日本企業に大きな影響を与えており、したがってそれらの中で人権はどう位置づけられるのかという記述が必要です。加えて、ESGは脚注にも触れられているようにESG投資の視点からのアプローチであり、本質的に人権への影響よりも企業への影響を重視するものです。またESGはウォッシュ(見せかけ)ではないかとの疑念についても議論されている状況があります。指導原則と国際人権基準に基づいているはずの「人権尊重のためのガイドライン」として、それらにも言及し考え方を明確にしてください。
ウォッシュについてはSDGsでも同様の状況がみられます。また、SDGsについては、人権尊重に言及した「持続可能な開発のための2030アジェンダ」のパラグラフ19、及び指導原則に言及した同パラグラフ67に言及してください。
(根拠となる出典)
1.3:「日本で事業活動を行う全ての企業(個人事業主を含む。以下同じ。)は、国際スタンダードに基づく本ガイドラインに則り、自社・グループ会社、サプライヤー等(国内外のサプライチェーン上の企業及びその他のビジネス上の関係先をいう。以下同じ。)における人権尊重の取組に最大限努めるべきである。...(中略)...また、「その他のビジネス上の関係先」は、サプライチェーン上の企業以外の企業であって、自社の事業・製品・サービスと関連する他企業を指す。具体的には、例えば、企業の投融資先や合弁企業の共同出資者、設備の保守点検や警備サービスを提供する事業者等が挙げられる。」
国及び地方公共団体が出資している法人は本ガイドラインの対象であり、かつ指導原則が求める人権尊重責任を有することを明記してください。
指導原則 原則4は、「国家が所有または支配している企業」等に対して「必要な場合には人権デュー・ディリジェンスを求めることを含め、保護のための追加的処置をとる」ことを、国家の人権保護義務として求めています。逆に言えば指導原則は、こうした「国家が所有または支配している企業」が人権尊重責任を有することを前提としています。
例えば国が2分の1以上を出資している法人として、株式会社日本政策金融公庫、株式会社国際協力銀行、成田国際空港株式会社、東日本高速道路株式会社、株式会社日本貿易保険などがあり、これ以外にも数多くの法人が事業活動を行っています。それぞれの事業活動がステークホルダーに及ぼす影響は大きく、また、国等が出資していない、いわゆる民間企業の「ビジネス上の関係先」となっている場合も少なくありません。これらの法人も本ガイドラインの対象であって人権尊重責任を有することを明記してください。一律に扱うことが困難だとすると、線引きを明確にしてください。それにより、国が指導原則 原則4が求める人権保護義務を果たす前提が明確になります。
(根拠となる出典)
2.2.1:「経営陣によるコミットメントが極めて重要である/したがって、企業トップを含む経営陣が、人権尊重の取組を実施していくことについて約束するとともに」
「コミットメント(約束)」あるいは「コミット(約束)する」という表現に統一してください。
「約束」という言葉が「コミットメント」の訳語として特別の意味を持っていると受け止める人は多いとは言えず、むしろ「約束」といえば、日常的な軽い意味に受け取る場合も少なくないと考えられます。本ガイドラインの利用者は多様で幅広いことが想定されるため、誤解のない表現が大切です。
2.2.2:「負の影響を正確に特定するには、後記 2.2.3 のステークホルダーとの対話や後記 5.1 の 苦情処理メカニズムが有用である。」
ネガティブなイメージで受け取られることが懸念される「苦情処理メカニズム」を、「グリーバンス(苦情処理)メカニズム」という表記に統一してください(初出のこの部分以降も同様)。
翻訳語としての「苦情処理」は、①「苦情」は、苦情を受ける側にとっては「クレーム」や「不平」「不満」、場合によっては「文句」に近いイメージで受け取られる場合も少なくないと考えられ、②本来「対応」という趣旨であるはずの「処理」も、一般にネガティブな意味合いに受け取られる場合も少なくないと考えられる、という難点があります。一方、グリーバンス・メカニズムは「企業から受ける負の影響について、懸念を提起し、また、救済を求める」(5.1)ためのものであり、その「懸念」は(少なくとも提起する本人にとっては)正当で根拠のある、不当な人権侵害に対する懸念の表明です。こうした本来の趣旨を正確に伝えるため、「グリーバンス(苦情処理)メカニズム」という表現に修正して統一してください。
〔補足〕
「約束」という言葉が「コミットメント」の訳語として特別の意味を持っていると受け止める人は多いとは言えず、むしろ「約束」といえば、日常的な軽い意味に受け取る場合も少なくないと考えられます。本ガイドラインの利用者は多様で幅広いことが想定されるため、誤解のない表現が大切です。
(根拠となる出典)
3.:「「事業方針及び手続」には、例えば、行動指針や調達指針が含まれる。」(脚注31)
3.2:「人権方針は策定・公表することで終わりではない。企業全体に人権方針を定着させ、その活動の中で人権方針を具体的に実践していくことが求められる。このためには、人権方針を社内に周知し、行動指針や調達指針等に人権方針の内容を反映することなどが重要である。」
脚注での説明として、例えば「業務上のプロセスや手順」など、「手続」(procedure)に該当する内容も記述してください。3.2でも、「行動指針や調達指針、業務上のプロセスや手順」と追記してください。
人権方針は、策定するだけでなく、経営層から一人ひとりの従業員まで、企業のあらゆる層に浸透させ、社内の理解と協力を得ることが重要で、それが実効的な人権デュー・ディリジェンスと救済につながります。そうした意味で、指導原則の原則16の(e)における「事業方針及び手続のなかに反映されている」は極めて重要ですが、その際、行動指針や調達指針などの「事業方針」に反映させるだけでなく、より一人ひとりの業務に近い日々の仕事の「プロセスや手順」に反映させることが不可欠です。
4.1.2.2:「先住民族」
ガイドライン全体で「先住民族」という表現に統一してください。
この4.1.2.2(脚注含む)での「先住民族」以外に、「先住民」が2.1.2.3、4.1.2.3で出てきますが、統一されていません。
(根拠となる出典)
4.1.3.1:「蓋然性が認められない、抽象的な可能性にとどまる潜在的な負の影響については、そもそも防止・軽減すべき負の影響として検討しないことも許容されると考えられる。」(脚注57)
「抽象的な可能性にとどまる潜在的な負の影響」について具体的に記述してください。
「抽象的な可能性にとどまる潜在的な負の影響」という記述は抽象的でわかりにくいため、例を挙げて具体的に説明してください。
4.1.3.2:「③救済困難度」
4.1.3.2:「OECD ガイダンスでは「是正不能性」と表記されている」(脚注58)
説明が十分でなく読者を混乱させる可能性が高いため、脚注58を削除してください。加えて、「是正」の概念またはプロセスを欠落させたガイドライン本文の記述全体を再検討してください。
「救済困難度」に関連する表現として、指導原則 原則24では「是正可能性」(remediability)、OECDガイダンスでは「是正不能性」(Irremediable character)が使われています。ちなみに、本ガイドライン案の英語版ではirremediabilityが使われています。
「1.はじめに」の脚注1で「閲覧できる」と紹介されている国際連合広報センターの指導原則日本語訳では、指導原則 原則22でのremediationを「是正」と訳しています。本ガイドライン案の本文で「是正」の概念またはプロセスに言及しないのであれば、脚注58のように説明なしに「是正」に言及すると読者に混乱を与えます。
本ガイドライン案では「是正」(remediation)の概念またはプロセスが欠落しているために、4.1.3.2では「是正」(remediation)と「救済」(remedy)が同義のものとなっています。しかし指導原則 原則22及び24は、「是正」(remediation)と「救済」(remedy)を同義とみなすと適切に解釈できない内容となっており、本ガイドライン案の本文全体の関連記述を再検討する必要があります。
(根拠となる出典)
4.2.1.1:「例:調達活動における具体的な業務手順(例:サプライヤーの生産設備や生産能力に基づく発注計画をサプライヤーと協議しながら立案すること、事前に合意した数量・納期で発注しサプライヤーの同意なしに数量や納期の変更をしないこと)を調達方針に明記し、調達関連部門の従業員に対して定期的にトレーニングを実施する。」
本ガイドラインに基づいた取り組みの実効性を高めるため、「中小企業が置かれた取引上の立場」を考慮した記述を追加してください。
大企業と中小企業との間では力関係が非対称であることにより、サプライヤーが中小企業である場合には、「合意」や「同意」自体が中小企業にとっては不本意なものである場合も少なくないため、実効性の確保には、こうした「中小企業が置かれた取引上の立場」を考慮することが不可欠です。
〔補足〕
「中小企業が置かれた取引上の立場」(NAP:分野別行動計画「人権を尊重する企業の責任を促すための政府による取組」「イ. 中小企業における「ビジネスと人権」への取組に対する支援」「既存の制度・これまでの取組」)に関連する記述が本ガイドライン案では見られません。2.1.2.2でも「負の影響の助長」(contribute)の例として「過去の取引実績から考えると実現不可能なリードタイム(発注から納品までに必要な時間)であることを知りながら、そのリードタイムを設定してサプライヤーに対して納品を依頼した結果、そのサプライヤーの従業員が極度の長時間労働を強いられる場合」が挙げられていますが、背景にある「中小企業が置かれた取引上の立場」を考慮することなしには日本企業の現実の中で実効性が乏しくなります。
(根拠となる出典)
4.2.3:「構造的問題とは、企業による制御可能な範囲を超える社会問題等により広範に見られる問題でありながら、企業の事業又はサプライチェーン内部における負の影響のリスクを増大させているものをいう。例えば、児童労働のリスクを増大させる就学難及び高い貧困率、マイノリティー集団に対する差別等がある。/企業は、社会レベルの構造的問題の解決に責任を負うわけではないが、企業による問題への取組が、人権への負の影響を防止・軽減する上で有効な場合もあり、可能な限り、企業においても取組を進めることが期待される。」
「構造的な問題」とはどのような問題であり、具体的にどのような課題があるのかを、より丁寧に説明してください。
「構造的な問題」への対処は、企業の人権尊重責任の範囲と単純に線引きできるものではありません。例えば「マイノリティー集団に対する差別」は「社会レベルの構造的な問題」であるとともに、それが企業の事業活動のレベルで生じた際には企業の人権尊重責任の範囲となります。また、示されている技能実習生に関する事例も、そのすべてが「構造的な問題」で企業は「責任を負うわけではない」のではなく、問題のレベルによっては企業の人権尊重責任の範囲となります。「社会レベルの」という表現では利用者の十分な理解は困難だと考えます。
〔補足〕
国連ビジネスと人権ワーキンググループが2021年に公表した「UNGPs10+ ビジネスと人権の次の10年のためのロードマップ」では、「構造的な問題」について、「コレクティブアクションは、ビジネス関連の人権に対する多くの影響の根底にある構造的な課題を解決するために欠かせない要素です。このような構造的な課題は、個別の国家や企業が独力で解決できる範囲を超えているからです」と述べ、その上で、「幅広い構造的な課題は、ビジネスに関連する最も深刻な人権に影響をもたらし、最も脆弱で周縁化された人々に不当に大きな影響を与えています」として、気候変動、不平等の拡大、ジェンダーや人種に関する差別と侵害、児童労働や強制労働のリスク、コロナ危機、紛争、新技術などを取り上げて、それらに対処すべきことを述べています。
「企業は、社会レベルの構造的問題の解決に責任を負うわけではないが、企業による問題への取組が、人権への負の影響を防止・軽減する上で有効な場合もあり、可能な限り、企業においても取組を進めることが期待される」との部分は、より丁寧に記述しないと読者の混乱と誤解を招きます。
5.:「企業は、自社が人権への負の影響を引き起こし、又は、助長していることを認識した場合、救済を実施し、又は、救済の実施に協力すべきである。他方で、自社の事業・製品・サービスが負の影響と直接関連しているにすぎない場合は、その企業には救済を実施する責任はない。ただし、こうした場合であっても、前記 4.2.1.2 のとおり、企業は、負の影響を引き起こし又は助長した他企業に働きかけることにより、その負の影響を防止・軽減するよう努めるべきであることに留意が必要である。」
「その企業には救済を実施する責任はない」を「その企業には負の影響を是正することまで求められていない」(「是正」を使わないのであれば「その企業には負の影響を防止・軽減することまで求められていない」)に修正し、「その負の影響を防止・軽減するよう努めるべきであることに留意が必要である」を「その負の影響を防止・軽減するよう努める責任があることに留意が必要である」に修正してください。
企業に人権尊重責任を果たすことを求める指導原則において、したがって本ガイドラインにおいて、「責任」という言葉は企業がどう行動すべきかの判断を左右する重要な意味をもつため、丁寧な記載が必要です。指導原則 原則22解説は「人権を尊重する責任は、企業がそのような負の影響を是正するという役割を担うことはあっても、当該企業自体に是正の途を備えるよう求めるわけではない」として企業の人権尊重責任について言及しており、「その企業には救済を実施する責任はない」との表現は誤解を招く可能性があります。
また指導原則 原則19は、負の影響が事業、製品またはサービスに直接関連している場合、「状況はより複雑である」とし、さまざまな要素を勘案しながら「適切な措置」を講ずべきとしていますが、「解釈の手引き」では「影響そのものについては責任を負わない」とする一方で「影響力を行使する責任がある」としています。いずれにしても「救済を実施する責任はない」という表現では不適切です。
なお、⑯で指摘したように、「救済」を「是正」と同義とみなしているため議論が不明確になり、利用者が混乱することが懸念されます。
(根拠となる出典)
5.2:「前記5.1のとおり、企業は、自ら苦情処理メカニズムを設置するか、又はこれに参加するべきであるが、同時に、国家も救済の仕組みを設けている。具体的には、例えば、司法的手続としては裁判所による裁判が、非司法手続としては、厚生労働省の個別労働紛争解決制度や OECD多国籍企業行動指針に基づき外務省・ 厚生労働省・経済産業省の三者で構成する連絡窓口(National Contact Point)、法務局における人権相談及び調査救済手続、外国人技能実習機構における母国語相談等が存在する。」
5.2「国家による救済の仕組み」について、制度の説明を拡充し、丁寧な記述にしてください。
国家による救済の仕組みは極めて重要であり、国家の人権保護義務の重要な要素です。国家による救済につなげるための「国家基盤型の司法的及び非司法的苦情処理メカニズムは、救済のためのより広範な制度の基礎」(指導原則 原則25解説)でもあります。同時に、指導原則の原則25解説は、企業の事業レベルのグリーンバンス・メカニズムとの協働も求めています。その協働のための情報をこのガイドラインに記載してください。十分に救済の機能を果たしているか定かでない制度がいくつか列挙されている現在の記述内容では、企業はそうした協働を具体的に行うことが困難です。
国家による救済においては、本来であれば「国内人権機関が特に重要な役割を果たす」(指導原則 原則27解説)とされますが、国内外からの再三にわたる要請にもかかわらず、今なお国内人権機関が設置されていない現状では、有効に機能しているそれ以外の救済の仕組みを最大限情報提供するよう、「5.2国家による救済の仕組み」の記述内容を抜本的に拡充させる必要があります。
(根拠となる出典)
Q&A No.15:「国家による救済の仕組みは、人権への負の影響を受けたステークホルダーのための救済へのアクセスを確保する手段の一つではあるが、国家による救済の仕組みが全てのケースにおいて常に有効というわけでもない。したがって、企業は、国家による救済の仕組みが存在する場合であっても、負の影響を受けたステークホルダーが苦情処理メカニズムを利用できるようにすることが求められる。負の影響を受けたステークホルダーにとって、アクセス可能な救済の仕組みの選択肢があることが重要である。」
前段部分を「国家による救済の仕組みは、人権への負の影響を受けたステークホルダーのための救済へのアクセスを確保する極めて重要で基礎的な手段だが、事業レベルのグリーバンス・メカニズムが早期の活用及び解決を提供できる場合もある」という表現に修正してください。
国家による救済の仕組みは極めて重要であり、国家の人権保護義務の重要な要素です。国家による救済につなげるための「国家基盤型の司法的及び非司法的苦情処理メカニズムは、救済のためのより広範な制度の基礎」(指導原則 原則25解説)でもあります。その位置づけと役割を薄めるかのような記述は誤解を招きます。有効に機能し、被害者がアクセスしやすいものとなるよう国家は尽力する義務があります。
(根拠となる出典)
Q&A No.14:「なお、国連指導原則に則り、国際的に認められた人権について申立を受けることができる制度とすべきである。」
「国際的に認められた人権について申立を受ける」とは具体的にどういうことか、分かりやすく記述してください。
グリーバンス・メカニズムの実効性の要件の一つである「権利適合性」とも符合しており、間違った記載ではないものの、利用者にとっては理解が容易ではない記述であるという懸念があります。ガイドライン案全体にわたって、「人権」及び「国際的に認められた人権」についての丁寧な説明がなされていないことがその理由だと考えられます。上記②③④⑤の意見でも述べたように、Q&Aの前提となる他の部分でその点を丁寧に説明した上でQ&A No.14での説明を加えることにより、有効なグリーバンス・メカニズムの構築に結びつける必要があります。
(根拠となる出典)
「企業は、国際的に認められた人権全般に実際上影響を与える可能性があるので、その尊重責任はそのような権利すべてに適用される。特に、人権の中には、他のものに比べ、特定の産業や状況のなかでより大きいリスクにさらされる可能性のあるものがあり、そのために特に注意が向けられる対象となる。しかしながら、状況は変化することがあり、あらゆる人権が定期的なレビューの対象とされるべきである。
国際的に認められた主要な人権の権威あるリストは、国際人権章典(世界人権宣言、及びこれを条約化した主要文書である市民的及び政治的権利に関する国際規約ならびに経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約)とともに、労働における基本的原則及び権利に関する宣言に挙げられたILO中核8条約上の基本権に関する原則にある。これらは、企業の人権に対する影響を他の社会的アクターが評価する際の基準である。企業が人権を尊重する責任は、関連する法域において国内法の規定により主に定義されている法的責任や執行の問題とは区別される。
状況に応じて、企業は追加的な基準を考える必要があるかもしれない。例えば、企業は、特別な配慮を必要とする特定の集団や民族に属する個人の人権に負の影響を与える可能性がある場合、彼らの人権を尊重すべきである。この関係で、国際連合文書は先住民族、女性、民族的または種族的、宗教的、言語的少数者、子ども、障害者、及び移住労働者とその家族の権利を一層明確にしている。さらに、武力紛争状況では、企業は国際人道法の基準を尊重すべきである。」(指導原則 原則12解説)
以上
■4.1.2.2「先住民族」
(2022年08月24日 掲載)