「すべての人が、適切な健康増進、予防、治療、機能回復に関するサービスを、支払い可能な費用で受けられる」ことを目指すユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)。SDGsにも明記された、世界保健機関(WHO)の掲げる大きな目標のひとつです。その実現に欠かせないアプローチのひとつがプライマリー・ヘルスケアの考え方。プライマリー・ヘルスケアは、個人やコミュニティレベルの参画、政策レベルの取り組みも含め、社会全体で、すべての人が基本的人権として公平に健康を享受できる社会を目指す、21世紀のヘルスケアの形です。
2022年7月19日、そのプライマリー・ヘルスケアに性と生殖に関する健康(SRH)を保証するためのサービスをするために、WHOは新たな2つの支援ツールを発表しました。特に、国同士が成功事例を対等な関係性の中で学び合う、ラーニング・シェアリング・ポータル(LSP)にはUHCの中で「性と生殖に関する健康と権利」(SRHR)がどのように取り組まれてきたのかを理解するのに必要な資料が過不足なく集められており魅力的です。取り上げられているのは中低所得国ですが、例えばパキスタンのユース団体が性に関わる情報を発信するアプリを制作し、30万人の若者に使用され、政府とも連携して活動を拡大するに至った事例などは、日本でもSRHR分野でユース主体の団体が増えつつある今こそ、活かせる経験だと感じます。以下、WHOのプレスリリースをもとに報告します。
UHCと健康に関連する持続可能な開発目標(SDGs)を達成するための保健システムは、プライマリー・ヘルスケアの強固な基盤に大きく依存している。実際、産前・産後ケア、避妊、中絶ケアなど、SRHサービスの大半はプライマリー・ヘルスケアを通じて提供することが可能だ。しかし、生殖年齢にあるほぼ全ての人々(約43億人)が、生涯を通じて、必須とされるSRHケアの中の少なくとも1つは受けることができない現状がある。
UHC実現のために、SRHをプライマリー・ヘルスケアに統合するには、政治的コミットメントと明確で一貫した戦略の両方が必要である。この実用的なツールは、意思決定者、プログラムマネージャー、サービス提供者、市民社会、研究者、そして保健システム全体の助けとなることを目的としている。
①ハンドブック
最初のツールは、ハンドブック「プライマリーヘルスケアアプローチによるUHCにおけるSRHへの普遍的アクセスを達成するための重要な考慮事項(Critical considerations for achieving universal access to sexual and reproductive health in the context of universal health coverage through a primary health care approach)」である。 このハンドブックは、包括的なSRHサービスを医療保険制度に含めるためのガイダンス、SRHサービスを統合的に提供するための計画と実施、すべての必須SRHサービスへの普遍的アクセスを確保するためのプロセスや施策などを網羅している。
また、この著作では、多くの国のSRHサービスが国のプライマリー・ヘルスケア戦略に統合された革新的な事例を紹介している。これらの例からは、SRHサービスに影響を与える経済的、社会的、文化的背景を考慮した各国の様々なアプローチとほぼ全ての状況に適用できる教訓や戦術が理解できる。
具体的には、アイルランドにおける安全な中絶のためのサービスの利用可能性と準備態勢を強化するための重要なアクション、ギニアにおける施設分娩時の女性への虐待に取り組むための政策行動喚起の際に科学的根拠が果たした役割、タイにおけるHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンを医療保険制度に組み込むための医療技術評価の方法等が挙げられる。
WHOのSRH研究部長であり、国連ヒューマンリプロダクション特別研究プログラムのパスカル・アロティ教授は、「SRHは、生涯を通じて健康と福祉に不可欠であり、そのため、すべての人が平等にアクセスできるよう、プライマリーヘルスケアに組み込まれ統合されなければならない」「SRHなくして、UHCの達成はないのです」と語る。
②ラーニング・シェアリング・ポータル
ラーニング・シェアリング・ポータルは、UHCに関連する改革にSRHを統合するための第2のツールである。
スウェーデン国際開発協力庁(SIDA)のシニア・リサーチ・アドバイザーで国連ヒューマンリプロダクション特別研究プログラムの運営委員長であるテレサ・スープ(Teresa Soop)は「ポータルは強力なツールであり、ピア同士の学びを通じて各国が互いに成功事例を知ることができる」と、語った。
このポータルには、女性や青少年などの支援が届きにくい人々の性と生殖に関する健康のニーズに各国政府が「どのように」対応できるかについて、世界各地から寄せられた国レベルの実践事例が掲載されている。 ポータルの立ち上げは、WHOが国連人口基金(UNFPA)と連携して、SRHとUHCの明確な関連性を示すストーリーや調査研究を公募しコンテンツを開発するという、数年にわたる共同作業を反映したものだ。
カザフスタンにおける政策や法律の変更、マラウイにおけるドナーの優先事項の調整、インドにおけるコミュニティ・ヘルスワーカーによるサービス普及率の向上、ソマリアにおける宗教指導者のトレーニング、メキシコ、ネパール、パキスタンといった国々における政府、非政府組織(NGO)、民間セクター間のパートナーシップに関するストーリーが掲載されている。
最も取り残された人々の声に耳を傾け、それに応えることが必要不可欠であり、参加と発言を可能にするメカニズムは、すべての国が努力すべきことである。プライマリー・ヘルスケアシステムの強化を通じてSRHサービスへの普遍的アクセスを達成しようとする全ての人々は、これらのツールに記されている経験や教訓から恩恵を受けることができるのである。
(福田 和子)
(参考)
WHOプレスリリース: https://www.who.int/news/item/19-07-2022-universal-access-to-sexual-and-reproductive-health
"Critical considerations for achieving universal access to sexual and reproductive health in the context of universal health coverage through a primary health care approach"
https://www.who.int/publications/i/item/9789240052659
Learning by Sharing Portal(LSP):https://learn-uhc.srhr.org/
(2022年08月29日 掲載)