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国連特別報告者、親権争いにおける暴力から女性と子どもを守るための緊急改革の必要性を訴える 6/23

 「女性および少女に対する暴力、その原因と結果に関する特別報告者」、リーム・アルサレム氏は、世界中の家庭裁判所の制度に深く浸透しているジェンダー・バイアスが、女性と子どもを計り知れない苦しみと暴力の状況に陥れていることに懸念を示した。

 国連人権理事会に提出した報告書においても、アルサレム氏は「特に母親や子どもが、強制的な支配、身体的または性的虐待を含む家庭内暴力(DV)を受けたという信ぴょう性のある申し立てさえも、家庭裁判所が親権裁判においてDVと虐待の履歴を考慮しない傾向があることは容認できない」と述べ、子どもの親権、面会交流、接触の取り決めや決定においては、女性に対する親密なパートナーからの暴力の履歴はしばしば無視され、親権者または親権の共有に関する規定のほうが優先されているようだという見解を示した。これは、父親による身体的・性的虐待があったと裁判官が認定したケースを含め、虐待的な父親への監視がない環境での面会交流や親権・監護権を認めることを意味する。

「片親疎外」(Parental Alienation)とジェンダー・バイアス、暴力の過小評価

 アルサレム氏は特に、「片親疎外」(「片親引き離し」とも呼ばれる)(Parental Alienation)というエセ科学に基づく概念を批判している。それがジェンダー・バイアスを伴って母親に対して不利に使われることで、女性および子どもに対する暴力が過小に評価され、女性及び子どもを危害に晒し続けるという深刻な問題になっているのだ。

 「片親疎外」[1]1980年代にアメリカの精神科医であるリチャード・ガードナーが提唱した。アルサレム氏の報告書によると、ガードナーは、離婚をめぐって両親が激しく対立するケースで子どもが父親による性的虐待を訴えるのは、母親が子どもに対してそう思わせるように仕向けた「片親疎外症候群」であるとし、子どもを「脱洗脳」するために母親との関係を完全に断つことを推奨している。ガードナーの理論では子どもが父親との関係を拒絶すればするほど、それが「片親疎外症候群」を示す根拠とされる。そのため、実際にDVや虐待が存在する可能性が高いケースにおいてでさえ、申立ての信ぴょう性に疑念を抱かせ、矮小化する戦術として「片親疎外」が主張されかねない。こうした点を含め、ガードナーの理論は性的虐待に関する主張に問題があり、かつ、実証的根拠が欠落しているとして批判されるようになり、2020年に世界保健機関(WHO)は「片親疎外」を国際疾病分類から削除した。しかし、アルサレム氏によると、「片親疎外」は世界規模で依然として支持を得ており、家庭裁判所でDVや性的虐待の申立てを退けるために広く使われているという。

 2018年にカナダで実施された実証分析では、「片親疎外」が主張された親権をめぐる357件の裁判のうち、41.5パーセントにおいて、DVまたは子どもへの虐待が主張されており、そのうち加害が疑われている側が「片親疎外」を主張した割合は76.8パーセントにのぼった。またブラジルの研究においても、女性の66パーセントが「片親疎外」を告発されるのに対して、男性は17パーセントであるなど、「片親疎外」をめぐる問題のジェンダー非対称性が明らかにされている。アメリカでは「片親疎外」の訴えによって親権を失うリスクが、母親は父親の2倍近く高いというデータもある(44パーセント対28パーセント)。また、ニュージーランドでは55パーセントから62パーセントの母親が「片親疎外」を訴えられ、それが父親から子どもへの虐待という正当な訴えから法廷の注意をそらすことにつながっているとする調査がある。

 また、移民女性のようなマイノリティ女性は、司法へのアクセスが不十分であることや自身に対するネガティブなステレオタイプが存在することに加え、「片親疎外」理論が用いられることによってさらなる困難に直面することを強調し、日本についても移民の母親が言語的な障壁および不安定な在留資格によって特に不利益を被っているとしている。[2]

 アルサレム氏は「子どもの意見を十分に考慮することなく、疎外されていると主張する親に有利な親権決定がなされた場合、子どもの回復力が損なわれる可能性がある。また、子どもは永続的な危害にさらされ続けるかもしれない」と述べ、子どもの最善の利益に焦点を当てた、子どもに配慮したアプローチが子どもの監護プロセスで用いられていないことを指摘する。

親権争いにおける暴力から女性と子どもを守るために

 親権争いにおける暴力から女性と子どもを守るために、アルサレム氏は国家やその他の利害関係者に対して19の勧告を示している。その中には、「片親疎外」のような確証も根拠もない女性差別的な枠組みや概念の使用をやめることが含まれているほか、国境を越えて子どもが連れ去られた場合に、子どもの迅速な返還を実現することを目的として定められた「国際的な子どもの奪取についての民事上の側面に関する条約」(ハーグ条約)を改正し、子の親権争いの文脈で虐待的状況から逃れてきた女性や子どもに安全に対処できるようにすることも挙げられている。これは、ハーグ条約にはDVについての言及がなく、虐待を受けた母親の保護について規定がないこと、その帰結として同条約においては母親が子を奪取したと訴えられる割合が全体の4分の3にのぼる実情を反映している。

 また、司法へのアクセスを改善すること、家庭内虐待の蔓延およびそのようなケースの特徴についてジェンダー、人種、性、宗教、障害および性的指向を含む細分化したデータの収集なども勧告された。

 「親権と面会交流の取り決めを確立する際には、暴力からの女性と子どもの保護、被害者中心のアプローチ、子どもの最善の利益が他のすべての基準よりも優先されなければならない」とアルサレム氏は訴えた。

[1] ほんの数ヶ月前まではどちらの親のことも好きだった子どもが、両親の別居をきっかけに、別居親に対してだけ強い拒否反応を示す状態。

(仙台家庭問題相談センターウェブサイトより: http://www.tdir.jp/visitation/pas.html

[2]アルサレム氏の報告書では、日本について「DVの事実が認識されている場合ですら、子どものために我慢しないのはわがままであると母親が非難の対象になる」ことも言及されている。

<出典>

Urgent reforms needed to protect women and children from violence in custody battles: UN expert

https://www.ohchr.org/en/press-releases/2023/06/urgent-reforms-needed-protect-women-and-children-violence-custody-battles-un

<参考>

Gender bias in custody battles places women and children at risk

https://www.ohchr.org/en/stories/2023/06/gender-bias-custody-battles-places-women-and-children-risk

A/HRC/53/36: Custody, violence against women and violence against children - Report of the Special Rapporteur on violence against women and girls, its causes and consequences, Reem Alsalem

https://www.ohchr.org/en/documents/thematic-reports/ahrc5336-custody-violence-against-women-and-violence-against-children

「片親疎外」ないしそれに類似するエセ概念の濫用により、DVや虐待が無視されていることを指摘した国連の特別報告者のレポート
(共同親権の問題について正しく知ってもらいたい弁護士の会HPより)
https://note.com/kyodo_shinpai/n/nb878c8a3d30b

(2023年07月13日 掲載)