国連人権理事会が設置しているビジネスと人権に関する作業部会(以下、作業部会)が、日本における「国連ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、指導原則)の実施状況および課題について調査するため7月24日から初めて日本を訪問し、最終日の8月4日、ダミロラ・オラウィ議長とピチャモン・イェオファントン氏が都内で記者会見を開き、結果概要と見解をまとめた声明を発表しました。
来日中、作業部会は、東京、大阪、愛知、北海道、福島などを訪問し、政府および自治体関係者、企業、市民社会組織、業界団体、労働組合、労働者、学者、弁護士、国際機関など数多くのステークホルダーと面談・協議しました。ヒューライツ大阪も7月29日に大阪で市民社会組織を対象に行われた合同面談の開催を支援し、参加しました。
今回の調査をめぐり、マスメディアは「ジャニーズ性加害問題」を大きく取りあげましたが、声明は、「指導原則」に基づき、人権を保護する国家の義務、人権を尊重する企業の責任、救済へのアクセスの観点から多岐にわたる分野と課題に関して聞き取り、国内人権機関の設立を始めとする数多くの提言を発出しています。正式な報告書は2024年6月の人権理事会に提出される予定です。
以下、声明の概要を紹介します。
『日本への調査ミッションの終了声明』(2023年8月4日、ビジネスと人権に関する国連作業部会)
人権を保護する国家の義務
作業部会は、日本政府が2020年に「ビジネスと人権に関する国内行動計画(NAP)」、2022年に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定していることを歓迎する。しかし、東京以外の地方では、「指導原則」やNAPに対する認識が一般的に低いと認識している。政府は「指導原則」とNAPに関する研修や啓発を積極的に行うべきである。
したがって、NAPの中間見直しは、政府がすべてのステークホルダーと十分に関わる機会を確保し実施すべきである。改定後のNAPは、ビジネスと人権政策のギャップ分析(あるべき状態と現状とを比較)を踏まえ、優先課題を特定し、すべての関連団体の明確な責任、期間、成功例などをモニター・評価するための主要なパフォーマンス指標を含む、実施方法を明確にすべきである。
人権を尊重する企業の責任
企業からは、従業員に継続的な人権教育を行う取り組みや、通報ホットラインを含む業務レベルの苦情処理メカニズムの開発など、前向きな実践の進展に関する報告を受けた。同時に、技能実習生など移民労働者の扱い、過重労働による過労死、バリューチェーン上における人権リスクの監視能力など、様々な問題に関して相当なギャップが残っていることを作業部会は認識した。
作業部会は3つの基本的な問題点を指摘する。第一に、異なったタイプの企業で、指導原則の理解と実施に大きなギャップが存在する。大企業、特に多国籍企業は、人権デュー・ディリジェンスのプロセスをはじめ、指導原則のもとで企業に求められていることについてかなり高度に理解している一方、日本の企業の99.7%を占める中小企業との間には認識の相違が存在する。
第二に、企業関係者は、政府が指導原則に基づく義務をより積極的に果たす必要性があると述べた。企業からは、バリューチェーンの規制を通じた人権デュー・ディリジェンスの強化や責任ある撤退の実施方法に至るまで、緊急課題に関する政府からのより実践的な指導の必要性が表明された。作業部会が面会したほとんどの企業は、人権デュー・ディリジェンスの義務化が望ましいと指摘した。それにより、企業間の「競争条件の公平化」を支援し、政府の政策や基準間の整合性を高めることができる。強固な人権デュー・ディリジェンスの要件がなければ、中小企業にとって指導原則を採用する動機付けがほとんどないだろうという。また、金融部門については、人権デュー・ディリジェンスの実践を進めるための法的根拠が必要であり、そのために政府が行動を起こす必要があるとの意見が出された。
最後に、タイムリーで、ニーズにあわせた能力強化をしていく必要性が、経済界のメンバーから作業部会に伝えられた。
救済へのアクセス
国家基盤型の司法メカニズム
作業部会は、司法へのアクセスや効果的な救済に関して懸念される顕著な分野を特定した。重大な問題のひとつは、指導原則や、LGBTQI+の人たちに関することなど、企業活動における広範な人権問題に関する裁判官の意識の低さである。これに対処するため、指導原則に関する研修を含む、裁判官と弁護士に対する人権研修の義務化を強く推奨する。
国家基盤型の非司法的苦情処理メカニズム
国内人権機関(NHRI)は、ビジネスに関連した人権侵害の事例における救済プロセスを強化する上で、また、ビジネス関係者、監査人、裁判官、国選弁護人のためのビジネスと人権に関する研修を促進する上で、重要な役割を果たしている。多くのステークホルダーが指摘しているように、作業部会は、企業による人権尊重と説明責任を促進するための政府の取り組みにおいて主要なギャップを生み出している国内人権機関の不在を深く憂慮している。
作業部会は、政府に対し、国内人権機関の地位に関する原則(パリ原則)に沿って、強固で独立した国内人権機関を設立するよう求める。国内人権機関は、ビジネスに関連した人権侵害に対処する明確な任務と、民事救済の提供、意識啓発、ビジネスと人権に関する能力構築、人権擁護者の保護を含む十分な資源と権限を備えるべきである。国内人権機関はまた、他国の国内人権機関や経済協力開発機構(OECD)のナショナル・コンタクト・ポイント(NCP)との緊密な連携を発展させるべきである。
非国家基盤型の苦情処理メカニズム
作業部会は、効果的な非国家基盤型の苦情処理メカニズムの重要性を強調する。作業部会が話を聞いた大企業のほとんどは、運用可能な苦情処理メカニズムを有していたが、一部の関係者は、職場の不正行為を報告することによる報復(職を失うなど)を恐れていた。公益通報者保護法は、内部告発のための制度確立を企業に義務付けており、これは正しい方向への前向きな一歩である。
<ステークホルダー・グループおよび関心課題・領域>
作業部会は、さまざまなステークホルダーから、さまざまなセクターにおけるビジネス関連の人権懸念について、その深刻度や社会的認知度について報告を受けた。多様性と包摂、差別とハラスメント(ヘイトスピーチを含む)、労働関連の虐待、先住民族の権利、バリューチェーンの規制、そして健康への権利、清潔で健康的かつ持続可能な環境への権利、気候変動への影響である。
特に、女性、LGBTQI+、障害者、部落コミュニティ、先住民族や少数民族、技能実習生や移民労働者、労働者や労働組合、そして子どもや青少年との関係で課題が明らかになった。
リスクに直面するステークホルダー・グループ
女性
フルタイム女性労働者の賃金が男性労働者の賃金の75.7%に過ぎないという日本の男女賃金格差の根強さに懸念を抱いている。2023年の日本のジェンダーギャップ指数が146カ国中125位と低いことを考慮すると、政府と企業が協力してこの格差を縮小することが不可欠である。性別や性的指向にかかわりなく、すべての労働者の賃金と機会の均等への包括的な取り組みを確保することが不可欠である。
さらに、2018年の「政治分野における男女共同参画の推進に関する法律」の採択と第5次男女共同参画基本計画の承認に留意しつつも、経営管理職における女性の割合の低さ(雇用者に占める女性の割合はわずか15.5%)は依然として懸念される傾向であり、政府と民間部門による一層の留意が求められている。
国連作業部会と市民社会組織との合同面談(7月29日・大阪、写真提供:WWN)
LGBTQI+
今回の訪問を通じて、LGBTQI+の人々に対する差別の事例を何度も知らされた。トランスジェンダーが求職の際に本名や性別移行前の写真を示すよう求められるなど、職場における懸念すべき慣行は、LGBTQI+の権利を効果的に保護するための包括的な差別禁止法の必要性をさらに浮き彫りにしている。
ポジティブな取り組みのひとつに、札幌市LGBTフレンドリー指標制度がある。この制度の認知度はまだ低いものの、インクルージョンの拡大に向けた重要な一歩であり、他の都市が、LGBTQI+を支援し、その権利を尊重する企業の取り組みを奨励するために、同様の措置を採用することを奨励する。
障害者
日本における差し迫った課題の 1 つは、障害者の労働市場や職場への参加である。 障害者雇用促進法は、障害者の法定雇用率などを定めている。 民間部門の法定割り当ては 2.3%、国家機関の場合は 2.6%。全国統計によると、国における障害者の実際の雇用率はそれぞれ 2.25%と2.85%。人口に占める障害者の合計割合が7% であることを考えると、さらなる改善の余地があることを示している。 作業部会はまた、職場での差別や低賃金に直面し、支援制度にも適切にアクセスできないといった障害者の経験に懸念をもって耳を傾けた。
国連障害者権利委員会による勧告をフォローアップすることを政府に奨励する。すべての人に平等な機会を確保し、「誰一人取り残さない」ためには、政府と企業が性別、人種、性的指向と障害との交差性を認識し対応することが重要である。日本政府はまた、障害者の社会への完全な包摂と参加を促進するために、NAPなどの公式文書への障害者のアクセシビリティを確保する必要がある。
先住民族
アイヌ民族を先住民族として認めることは、アイヌ文化と遺産の保護と活性化を目的とした2019年の「アイヌ施策推進法」の可決と併せて、アイヌ民族の権利の承認に向けた前向きな動きを示すものである。しかし、アイヌ人口の国勢調査が存在しないことにより、アイヌ民族に対する差別が可視化されていない。アイヌ民族は依然として教育や職場での差別に直面しており、差別なく権利と機会均等を確保するための措置が必要である。
アイヌ民族の権利を守るためには、「先住民族の権利に関する国連宣言」が述べているように、政府と企業によるFPIC(自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意)の確保が不可欠である。作業部会は政府に対し、土地や天然資源を含むアイヌの集団的権利を認めるよう求める。
被差別部落
作業部会は、同和とも呼ばれる被差別部落の人々をめぐる人権問題について知見を得た。 政府は2016年に部落差別解消推進法を施行したが、作業部会はヘイトスピーチ(特にオンラインや出版業界)や就職差別の存在を認識した。差別に対する訴訟で勝訴した例もあるが、作業部会は長期におよぶ裁判が救済へのアクセスを困難にしていることに警告を発する。
好事例として、従業員への研修プログラムなどによって差別をなくす取り組みを行う企業の団体や、意識啓発および差別に反対する取り組みを行う地方自治体がある。公正採用選考人権啓発推進員制度に示されるように、雇用主が、同和問題などの人権問題について正しい理解と認識のもとに、公正な採用選考を行うことが求められる。
労働組合
作業部会は、外国人技術実習生を支援する労働組合の肯定的な実践があることを知った。 しかし、組合結成の困難さ、またさまざまな分野にわたるストライキの組織化を含む集会の自由への障壁、および組合員に対する逮捕や訴追が行われている事例を懸念している。
テーマ別課題
健康、気候変動、自然環境
作業部会は、多くの利害関係者の間で、健康に対する権利や清潔で健康的で持続可能な環境に対する権利を含む人権に対する企業活動の影響との関連性についての認識がまだ弱いことに気づいた。 また、政府と企業がゼロカーボン経済への移行を確実にするために十分な努力をしていないことも懸念している。
作業部会は、福島第一原発事故の影響を受けた複数の関係者グループと面談した。東京電力が人権方針、人権デュー・ディリジェンスの手順、および苦情処理メカニズムを確立したことを知った一方で、影響を受けた関係者が、除染作業や発電所の廃炉措置に関連した労働において、債務返済のための強制労働、搾取的な下請け慣行、危険な労働条件のもとにある事例について、作業部会は深い懸念をもって耳を傾けた。
作業部会はまた、東京、大阪、沖縄、愛知で水がPFAS(有機フッ素化合物)で汚染されたいくつかの事例を聴取した。 懸念を抱く関係者らは、地方自治体も政府も、水道中にこれらの「永遠に残る化学物質」が存在することに対処する十分な措置を講じていないことを示し、水と土壌のサンプリングと、健康への権利への影響の監視を求めている。作業部会は指導原則および「汚染者負担」原則に基づき、この問題に対処するために関係企業の責任を強調する。
技能実習制度と移民労働者
作業部会は、技能実習制度(TITP)のもとで働く労働者とその雇用主、またバリューチェーンで技能実習生が雇用されている大企業と面談した。技能実習制度の目的は人材育成であるはずだが、彼らは日本の労働力不足を解決する上でも重要な役割を果たしている。
それにもかかわらず、日本で働く外国人労働者は、情報を共有する言語や媒体の違い、煩雑な申請手続きに関する理解不足などにより、リスクの高い状況にあり、情報にアクセスすることが困難である。労災による解雇や劣悪な住環境、送出機関への法外な手数料の支払い、日本の労働者より低賃金で同じ職務を遂行している実態について聞いた。同時に、作業部会は、労働者の権利を理解し、苦情処理メカニズムとして支援している協同組合など、いくつかの積極的な実践があることを知った。
作業部会は、政府が有識者会議を通じて技能実習制度の見直し中であることを理解している。作業部会は、政府がこの見直しに際して、送出国と協力して斡旋手数料の廃止、申請システムの簡素化、技能実習生の転職の柔軟性の向上、必要に応じて同一労働同一賃金の実践を確実にするなど、明示的な人権保護を盛り込むことを期待している。
また、雇用主による度重なるヘイトスピーチなど、コリアンや中国人の労働者に対する差別の事例も聞いた。ヘイトスピーチに対してある被害者が起こした訴訟は、裁判を終えるまでに長い年月を要した。そして原告が勝訴しても経済的補償はなく、救済へのアクセスが妨げられていた。
メディアおよびエンターテイメント業界
作業部会は、メディアおよびエンターテインメント業界内の深刻な問題に接した。この業界の搾取的な労働条件は、労働者に対する保護やハラスメントの明確な法的定義の欠如に加え、性暴力やハラスメントに対する不処罰の文化を助長している。
数百名におよぶジャニーズ事務所のタレントを巻き込んだ性的搾取と虐待の極めて憂慮すべき疑惑が暴露され、報道によれば、日本のメディア各社は数十年にわたりこのスキャンダルの隠蔽に関与していると報じられている。
政府と被害者に関係する企業が対策をこれまで講じてこなかったいま、政府が一義的な責任者として、加害者に対する透明性の高い捜査を確保し、被害者に対する効果的な救済を得られるようにする必要性を浮き彫りにしている。
結論
作業部会は、日本の構造的な人権課題が、ビジネスと人権の分野における国家および民間部門の取り組みの一環として十分に取り組まれていないことを懸念し続けている。女性、障害者、先住民族、被差別部落、技能実習生、移民労働者、LGBTQI+の人々など、リスクにさらされているグループに対する不平等と差別の構造を完全に解体することが緊急に求められている。パワハラを永続させる問題のある社会規範やジェンダーの固定観念には、徹底的に対処する必要がある。政府は、あらゆる業界におけるビジネス関連の人権侵害の被害者に対する透明性の高い調査と効果的な救済を確保すべきである。作業部会、効果的な救済策へのアクセスと企業の説明責任をより促進するために、日本に独立した国内人権機関の設立を求める。
作業部会は、2024 年 6 月に人権理事会に提出する完全な報告書を作成するにあたり、今後数か月間情報収集を継続する。報告書は、日本における事業活動における人権の保護と尊重を強化する取り組みを支援していくために、政府、企業、その他の関係者に対する具体的な勧告を含むものだ。
<出典>
https://www.ohchr.org/sites/default/files/documents/issues/development/wg/statement/20230804-eom-japan-wg-development-en.pdf
UN Working Group on Business and Human Rights
Country Visit to Japan, 24 July to 4 August 2023
End of Mission Statement(Tokyo, 4 August 2023)
<参照>
https://www.youtube.com/watch?v=WlIg5GpCKDk&t=2798s
国連「ビジネスと人権」ワーキンググループ 会見(動画)
2023.8.4 日本記者クラブ(JNPC)
https://www.ohchr.org/sites/default/files/2023-08/230804-WGBHR-JAPAN-EOM-PR-Japanese.pdf
日本はビジネスと人権で前進を遂げるも、システミックな課題に対処する必要あり、と国連専門家(日本語訳)
https://www.ohchr.org/en/press-releases/2023/08/un-experts-say-japan-has-made-strides-business-and-human-rights-must-tackle
UN experts say Japan has made strides on business and human rights, but must tackle systemic challenges(英文) 04 August 2023
(2023年08月09日 掲載)