小山 帥人(こやま おさひと)
ジャーナリスト、ヒューライツ大阪理事
自然に恵まれ、野生動物も多いルーマニア中部にあるトランシルバニアという地方を舞台に、クリスマスから新年にかけての人々の動きをさまざまなエピソードを交えて描く。
村は、鉱山産業が衰退し、働き手の多くは西ヨーロッパに出稼ぎに出る。主人公で、やや粗暴なマティアスもドイツの食肉工場で働いていたが、「怠惰なジプシーめ」と上役に言われ、カッとして頭突きを喰らわせる。ルーマニア人にとっては、ロマと同一視されることは屈辱のようだ。(註:ヨーロッパを中心に世界中で暮らしているロマ民族は、各地で「ジプシー」などと侮蔑的に呼ばれている)
マティアスはヒッチハイクで村に帰ってくるが、妻との関係は冷えていて、小学生の息子ともうまく関係を持てない。マティアスは、かつての愛人のシーラとヨリを戻そうとする。
シーラは、地元のパン工場でオーナーを助け、経営を切り盛りしているが、働き手がいないため、EUの補助金を申請してスリランカ人を雇い入れる。このことが村に波紋を呼び起こす。
使われる言葉の多様さ
ルーマニアでは人口の 89%がルーマニア人だが、少数のハンガリー人もいて、しかも、かつてはオーストリー=ハンガリー帝国の一部で、ハンガリー人が支配民族であったことから関係は複雑だ。映画では、ルーマニア語とハンガリー語が飛び交い、字幕に色をつけてどこの言葉かが観客にわかるようにしてあるが、ドイツ語や英語、フランス語、スリランカの言葉を話す人もいる。
パン工場が外国人を雇ったことから、ネット上では差別的な書き込みが増えてくる。
「奴らがやるのは盗みと殺しだけ」。「1人雇えば繁殖する」。「ルーマニアから外国人を追い出せ」。
外国人の宿舎には覆面をした男たちが押しかけ、燃えた木が放り込まれる。
殺人予告もあって、村長は村で集会を開き、外国人の雇用について討論することにする。この村人集会で、村人の差別感覚が噴き出す。「外国から危険なウイルスが持ち込まれる」。「彼らがパンを手でこねるのは気持ちが悪い」。「やっとジプシーを追放したばかりなのに」。なかには「ハンガリー語学校を閉鎖しよう」との声も出てくる。
多数決で「追放」を決めようとの声も
外国人を追放しようという署名運動が始まり、対抗してシーラたちも署名を集めるが、署名の数では圧倒的に追放署名が多い。追放を要求する人は「民主主義を守らないのか」と言う。数で決めるのが民主主義というわけだ。
ついに外国人が働くパン屋のボイコットまで始まり、工場の経営も苦しくなっていき、マティアスとシーラの関係も複雑になっていく。
村人たちの言葉や行動を偏見と指摘するのは簡単だが、その差別感覚に対応することは難しい。彼らも西欧に出稼ぎに出れば差別される構造にあるのだが。
複数の民族が共に暮らすことのあつれき、答えを見つけにくい課題が重くのしかかる。小さな村の出来事だが、世界が抱える問題でもある。
村民集会では、外国人を追い出そうとの発言が続く
© Mobra Films, Why Not Productions, Filmgate Films, Film I Väst,
France 3 Cinéma. 2022
<ヨーロッパ新世紀>
監督・脚本:クルスティアン・ムンジウ
2022年/ ルーマニア・フランス・ベルギー / 2時間7分
配給:活弁シネマ倶楽部/インターフィルム
10月14日より ユーロスペースほか公開
(https://rmn.lespros.co.jp/)
(2023年09月22日 掲載)