2023年10月12日に米国アトランタ市で開催された「エンゲージング・ビジネス・フォーラム(Engaging Business Forum)」にて、フォルカー・トゥルク国連人権高等弁務官が基調講演を行いました。このフォーラムは、企業、市民社会、労働組合、政府等が参加し、人権に影響を与えるグローバル課題について議論する場となっており、トゥルク人権高等弁務官は、今こそ企業が人権のために行動を起こすべき時であると発言しました。以下はその概要です。
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●世界人権宣言75周年
2023年は世界人権宣言の採択から75年の節目となります。1948年12月、創設間もない国連によって採択されたこの宣言には、2つの世界大戦とホロコーストがもたらしたかつてない破壊と苦しみに対して、「二度と繰り返さない」という国際社会の固い決意が表れています。永続的な平和への唯一の道は人権を保護することであると認識し、国際社会として初めて、文化や歴史を超えて共有される価値となる「人権」を明確にしました。
歴史上もっとも多くの言語に翻訳された文書である世界人権宣言は、採択以来、人種やジェンダーによる差別を許容する社会のあり方を根本的に変え、教育や医療を発展させ、人々が社会の中で人間らしく生活することを保障し、特に世界各地の市民社会の発展に貢献するなど、社会の進歩に大きな役割を果たしてきました。
こうして75年を経た今、私たちは気候危機とAI(人工知能)による技術的脅威に直面しています。同時に、地政学的な緊張の高まりや紛争、強い意思をもって人権を後退させようとする動きに対応しなければなりません。私たちが下す決断が何世代にもわたる人類の行く末を左右する分岐点に再び立っているのです。
●企業と人権
世界人権宣言は国家を念頭において起草されましたが、その前文では、「社会を構成しているあらゆる組織体」に対して、世界人権宣言が示すビジョンの達成に向けて努力するよう求めています。採択以来、国際的な人権の枠組みは、国家に対するさまざまな条約だけではなく、企業が果たすべき役割も包含して発展してきました。
国連「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、指導原則)は、国際的に認められたあらゆる人権基準と関連する企業の人権尊重責任について、明確に示しています。また、指導原則は企業が人権に負の影響を与えることなく事業活動を行うことを確実にする国家の人権保護義務についても説明しています。同時に、実際に人権に影響が生じた場合に利用できる救済の手段を確保することが重要だとしています。
●AIと人権
AIによる人権侵害を私たちはすでに目の当たりにしています。犯罪を予測するために刑事司法制度で利用されているAI搭載システムによる偏見の助長やAIの利用による市民の監視が確認されており、女性・少女が標的となりやすいヘイトスピーチやフェイクニュースが蔓延して、社会の分断が進んでいます。AIがもたらす人権課題は複雑であるため、すべての人が協力して対応する必要があります。
世界人権宣言で示され、指導原則で確認された価値観に基づいた対応をしてこそ、企業はこうした人権リスクの防止と軽減に対する役割を果たすことができます。OHCHR(国連人権高等弁務官事務所)のB-Techプロジェクトでは、マイクロソフト、メタ、グーグル等、多くのハイテク企業と協力し、企業の人権尊重責任について理解を深め、経験を共有することでより強固な人権アプローチにつなげるための場を提供しています。
●公正な移行と人権
脱炭素社会への公正な移行を実現するためには、人権原則が示す共通の価値を通じて異なる経験を持つ人々を橋渡しする協働型の建設的なアプローチが重要となります。社会的、経済的に脆弱な立場に置かれている人々が気候危機に伴う異常気象や災害等による代償をすでに払い、脱炭素社会への移行にかかる費用を不釣り合いに負担することを求められています。生活費の高騰で生活基盤を失うという現実的な恐れが、多くの国々で気候変動対策に対する社会的・政治的反発を引き起こしているのです。
労働者、地域社会、消費者といった個人こそが、脱炭素社会への移行計画の初期段階から有意義な対話・協議に参加する必要があります。企業や政府による移行計画の策定・実施段階において、こうした人々の権利と移行計画に対する懸念が考慮されなければなりません。
移行を包括的で公正なものにするためには、「公正」とは何かをより明確に理解する必要があります。ステークホルダーが連携して評価基準をつくり、人権デュー・ディリジェンスを環境アセスメントと並行して実施することで、被害の防止、軽減、救済のための効果的な方法を探ることが求められています。
それを可能にするのが、適切な規模の投資、効果的な規制と政策、影響を受けた個人や地域社会に対する保護と支援の枠組みです。環境への取り組みに資金を投入するグリーン・ファイナンス・ファンド、企業の責任ある革新的な取り組みにインセンティブを与える規制、強力な社会保障と労働者の保護、個人のニーズに合った職業訓練や雇用創出プログラム、あらゆるステークホルダーが参加し合意形成するための国・地域レベルでの対話が期待されます。
●スマート・ミックス
ビジネスと人権の取り組みをさらに前進するために不可欠なのが、規制と自主的な取り組みの「スマート・ミックス」です。人権デュー・ディリジェンスに関する法制化の動きが国・地域で進んでいますが、法整備自体が解決策になるわけではありません。こうした法律は、国際基準、特に指導原則と整合している必要があります。この整合性を確保する上で、企業は重要な役割を果たすことができます。企業が各国の立法プロセスに関与する中で、国際的な人権の枠組みを損なうロビー活動につながることのないようにする必要があります。
●「ヒューマンライツ75」イニシアティブ
OHCHRでは、世界人権宣言75周年という歴史的な瞬間を変化の機会とすることを目的に、「ヒューマンライツ75」イニシアティブを展開しています。その一環として、政府、市民社会、企業を含むすべてのアクターから、今後数十年にわたってあらゆる人々の人権の享受に具体的な変化をもたらす宣言をお願いしています。すでに寄せられた宣言を歓迎するとともに、より多くの企業の参加を期待しています。
<出典>
<参考>
(2023年10月31日 掲載)