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シネマと人権21 : 自分を偽って生きることから解放されて-「94歳のゲイ」

小山 帥人(こやま おさひと)
ジャーナリスト、ヒューライツ大阪理事

 帽子を被り、釜ヶ崎をひょこひょこと歩く男性。94歳というが、しわも少なく、肌の張りもあるこの人が、映画の主人公、ゲイの長谷忠さんである。同性愛はかつて異常性愛と言われ、精神疾患の一つとされた。今でこそ、LGBTと公称され、パレードもあり、テレビへの出演も珍しいことではないが、世間にはまだ差別と偏見がよどんでいる。
 1929年生まれの長谷さんは戦時中に育った。軍国主義が猛威を振るい、男は男らしく戦場に向かい、女は従順に銃後を守ることが当然とされた時代、長谷さんたち、ゲイの人はどんなに生きづらかったことだろう。長谷さんは同性が好きだという気持ちを持つのは「自分だけと思っていた」と言う。
 「男に好きや、と言える時代ではなかった。若い時、ぼくの秘密やったんです」

雑誌「薔薇族」の登場でゲイが可視化
 1971年に男性同性愛者のための雑誌「薔薇族」が発刊される。雑誌は順調に伸び、読者同士の交流の場ともなった。警察の目も厳しかった。編集者の伊藤文学さんはたびたび警視庁に呼び出され、発行停止処分を4回受けたという。
 長谷さんにとって「薔薇族」はありがたいものだった。「あの世まで秘めておこうとしたこと」が雑誌に堂々と登場したのだ。「薔薇族」はゲイを目に見える存在にしたと言える。
 それでも1983年に「薔薇族」を万引きした高校生が自殺する事件が起きた。高校生は家族に自分の性的指向を知られることを恐れたのではないかと伊藤編集長は推測する。偏見が高校生を死に追いやった。
 1994年、厚生省はやっと同性愛を精神疾患から削除する。なんと遅いことか。

「ゲイ友」がいることの安らぎ
 長谷さんはケアマネージャーの男性とめぐりあう。彼もゲイであり、偏見をなくすため、若い人に長谷さんの体験を聞かせる活動を続ける。長谷さんにとっては、心の支えになっていた彼はある日突然、病気で亡くなってしまい、長谷さんはふさぎ込む生活を送る。
 しかし、東京からゲイの男性が訪れて来た。二人は急速に仲良くなり、「ゲイ友」として一緒に銭湯に行き、背中を流す関係になる。長谷さんにとって銭湯は人生で初めての経験だった。手紙の交換も始まった。これも長谷さんには初めてのことだ。
長谷さんは自分の夢を語る。
 「好きな男と結婚する。周囲が認めなくても二人だけの生活をする。楽しいやんか」
 自分を偽って生きることのつらさ、自由に生きることの素晴らしさを感じさせてくれる映画だ。

94歳のゲイ.jpeg                公園の長谷忠さん
                ©MBS/TBS

<ドキュメンタリー「94歳のゲイ」>
監督:吉川元基
プロデューサー:奥田雅治
2024年/ 日本 / 1時間30分
配給:MouPro.
5月18日より第七藝術劇場(大阪)ほか公開
https://94sai.jp/

(2024年04月26日 掲載)