1967年以来占領されているパレスチナの人権状況に関する国連特別報告者であるフランチェスカ・アルバネーゼ氏は「ジェノサイドの解剖学(Anatomy of a Genocide)」と題する報告書を国連理事会に提出しました。
2023年10月7日以降のイスラエルによるガザ地区侵攻について詳細にわたり検討する本報告書は、イスラエル政府が特別報告者の入国を禁じている[1]ために、現地組織や国際法学、調査機関の報告書、そして影響を受けた個人、関係当局や市民社会および専門家との対話などを通じて得たデータおよび分析によって作成されています。
10月7日以来、イスラエルによるガザ侵攻による死者は、3月26日までに13,000人以上の子どもを含む32,333人以上を数え、さらに12,000人以上が瓦礫の下で死亡していると推定されます。74,694人が負傷し、その多くが生涯にわたる怪我を負っています。住宅地の70%が破壊され、全人口の80%が強制的に避難させられています。親族を埋葬することも弔うこともできず、代わりに家屋や路上、瓦礫の下に腐敗した遺体を放置せざるを得ない状況が続いています。何千人ものパレスチナ人が拘束され、非人道的で侮辱的な扱いを組織的に受けており、200万人が飢餓の状態を強いられています。
ジェノサイド条約(1948年)第2条によるとジェノサイドとは、国民的、人種的、民族的または宗教的集団の全部または一部を破壊する意図をもって行われた、次の行為のいずれをも意味します。
(a)集団構成員を殺すこと
(b)集団構成員に対して重大な肉体的または精神的な危害を加えること
(c)全部または一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に対して故意に課すること
(d)集団内における子どもの出生を防止することを意図した措置を課すること
(e)集団の子どもを他の集団に強制的に移すこと
アルバネーゼ氏は、イスラエルによるガザ地区の侵攻について詳細に検討した結果、(a)集団構成員を殺すこと、条約第2条における(b) 集団構成員に対して重大な肉体的または精神的な危害を加えること、そして(c)全部または一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に対して故意に課することについて、イスラエルによるジェノサイドの意図を伴った実行を示す基準は満たされていると報告書で述べています。
「悲惨な数の死者、生き延びたとしても残る回復不可能な被害、病院から学校、住宅、耕地まで、ガザでの生活を維持するために必要なあらゆる領域に対する組織的破壊、そして何十万人もの子どもたち、妊娠中の女性や若い母親に対する被害、これらは、集団としてのパレスチナ人を組織的に破壊する意図の明白な証拠を構成していると解釈するしかありません」
報告書は、イスラエル政府と軍の指導者たちや兵士たちが、パレスチナ人に対するジェノサイドの意図を隠し正当化するために、「区別の原則(無差別攻撃の禁止)」、「均衡性の原則(軍事目標を攻撃する際に民間人の被害を過度に引き起こすことが予測される攻撃を控えること)」、「予防の原則」を含む国際人道法の基本原則を意図的に歪曲していると指摘しています。イスラエルは過去のガザ侵攻[2]や2018年から2019年にかけての「帰還の大行進」に対する民間人殺傷においてもパレスチナ人の武装集団が国際人道法で禁じられている「人間の盾」を使用していると繰り返し非難してきましたが、国連事実調査団や信頼できる人権NGOからは一貫して異議が唱えられており、捏造であると結論づけられたこともあります。しかしながら、イスラエルは現在進行するパレスチナの民間人に対する広範かつ体系的な虐殺を正当化するために、こうした非難を利用し続けています。
攻撃が軍事行動に効果的に寄与する対象に「厳密に限定」されなければならないとする国際人道法の原則に対しても、イスラエルはこれを誤用し、ハマスの選択によってガザに存在するあらゆるものが軍事的機能を果たしうると、ガザ地区全土を軍事目的へと性格付けてきました。
「(国際人道法に規定される)「人間の盾」、「避難命令」、「安全地帯」、「巻き添え被害」、「医療保護」などが示す範ちゅうを意図的に定義しなおすことによって、イスラエルはこれらの規定が有する保護的機能をみずからが進めるジェノサイドを隠ぺいするための「人道的カモフラージュ(humanitarian camouflage)」として利用してきました。」
このようにして、保護されるべき民間人全体と生命維持のために必要なインフラまでをも「テロリスト」あるいは「テロリストを支援している」として扱い、ガザに存在するすべての人・ものを軍事的標的あるいは「巻き添え被害」の対象へと、つまり殺傷および破壊可能な対象としていると報告書は分析しています。
報告書のなかでアルバネーゼ氏は、ジェノサイドの意図と実践は、入植者植民地主義のイデオロギーとそのプロセスに不可欠であると指摘します。入植者植民地主義は先住民族の土地と資源の獲得を目指している以上、入植者社会の存続にとって先住民族の存在は脅威となり、先住民族を破壊し人口の「交換」を進めようとすることが不可避的に生じるといいます。
こうした先住民族に対する破壊と「交換」のあり方は、入植者にとっての脅威の認識に応じて、さまざまな方法によって行われるとされ、強制移住、民族浄化、隔離や大規模な投獄 (largescale carceralization)を含む移動の制限、殺人のほか病気や飢餓を含む大量殺戮、文化的抹殺政策や(先住民族の)子どもに対する親からの強制的な引き離しを含む同化、そして出産の防止などが挙げられます。アルバネーゼ氏は、イスラエルによるガザのパレスチナ人に対するジェノサイドは、入植者植民地における長年にわたる抹殺プロセス(process of erasure)の段階の上昇を表していると述べます。
「このプロセスは70年以上にわたって、人口的、文化的、経済的、政治的にパレスチナ人たちの息の根をとめて追い出し、その土地と資源を収奪し、支配しようとしてきました。現在も進行しているナクバ[3]を完全に終わらせ、救済しなければならない。それは、この防ぐことができたはずである悲劇の犠牲者たちと、パレスチナの地における将来の世代に対して私たちに課せられた責務です。」
[1] イスラエルによる入国拒否はガザにおける残虐行為から目を背けることになる―国連特別報告者(2/15) | ヒューライツ大阪 (hurights.or.jp)
[2] 2008年-2009年、2012年、2014年、2021年そして2022年のガザ攻撃が参照されている。
[3] 1948年5月のイスラエル建国に前後して70万人以上のパレスチナ人が故郷を追放された悲劇をあらわす言葉。アラビア語で「大厄災」を意味する。
(2024年04月05日 掲載)