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国連ビジネスと人権作業部会、日本への訪問調査の報告書を公表(5/28)-多岐にわたる勧告

 国連「ビジネスと人権に関する作業部会」(以下、作業部会)は、2024年6月18日から7月12日まで開かれる人権理事会において日本訪問調査の結果報告を行うのに先立ち、5月28日に国連のウェブサイトに報告書を公表しました。
 報告書は、作業部会が2023年7月24日から8月4日にかけて東京、大阪、愛知、北海道、福島などを訪問し、「国連ビジネスと人権指導原則」(以下、指導原則)の実施状況に関して、政府および自治体関係者、企業、市民社会組織、業界団体、労働組合、労働者、学者、弁護士、国際機関など数多くのステークホルダーと面談・協議し、多岐にわたる現状と課題を2024年5月1日付でまとめたものです。調査の概要は、2023年8月の訪日調査終了時声明として公表されていましたが、今回の報告書はさらに詳細な構成で整理されています。

国内人権機関の不在を憂慮
 報告書は、指導原則の3つの柱である「人権を保護する国家の義務」、「人権を尊重する企業の責任」、「救済へのアクセス」の視点から現状を検証しています。作業部会は、指導原則、およびそれに基づいて日本政府が策定した「行動計画」が行政、企業のいずれにおいても認知度が極端に低い点を問題視しています。東京以外の地方、および中小企業ではそれらについてほとんど知られていないことから、自治体、企業、労働組合、市民社会などすべての関係者が指導原則が示す権利や義務、責任の理解を深めるよう一層努力しなければならないと指摘しています。
 とりわけ、救済へのアクセスに関して、国内人権機関の機能は企業活動に関連する人権侵害の救済にとって極めて重要であるにもかかわらず、まだ日本に存在しないことに深い憂慮を表明しています。

女性や障害者など人権リスクに直面するグループへの着目を
 報告書は、人権侵害のリスクに直面したグループとして、女性、LGBTQI+の人々、障害者、先住民族(アイヌ民族)とマイノリティ(在日コリアン、被差別部落出身者など)、子ども、高齢者をあげてそれぞれが直面する課題を指摘しています。
 これらのグループの直面する共通の課題の核心として、労働市場における多様性と包摂性の欠如、および職場や社会全般における差別、ハラスメント、暴力の蔓延をあげています。民族、人種、年齢、ジェンダー、性的指向などの個人的属性を理由に、個々人の就業機会や仕事の適性に対する認識を不利にすることはあってはならないけれども、現実にはしばしばそうなっていると述べ、以下の認識を示しています。
 「先住民族、マイノリティ、移民労働者、女性たちは、その多くが低賃金やインフォーマル経済の仕事に従事しており、一般的に他の人々よりも低い賃金を受け取っている。持続可能な成長を達成し、2030アジェンダで約束されているように誰一人取り残さないためには、政府の政策と企業活動が、最も取り残されがちでリスクに直面する人々にまず目を向けることによって、包摂性と社会正義を支持することが重要である」。
 また、報告書は、障害女性はしばしば深刻な差別に直面していることから、障害とジェンダーの交差性を考慮することがとりわけ重要であると強調しています。
 さらに、作業部会は、差別を禁止する適切な規制や法律がなければ、差別の被害者が苦情を申し立てたり、救済を受けることは極めて困難であると強調しています。先住民族や在日コリアンや中国人などの民族的マイノリティ、被差別部落出身者に対する差別は、日本が加入している「人種差別撤廃条約」の適用範囲に含まれるとの認識を示しています。

「健康、気候変動、自然環境」や「労働者の権利」などの課題に懸念
 報告書は、「テーマ別懸念事項」として、「健康、気候変動、自然環境」、「労働者の権利」、「メディアとエンターテイメント産業」、「バリューチェーンと金融」の分野に着目しています。これらは、ステークホルダーから繰り返し提起されている深刻な懸念の数々を象徴する具体的なテーマであると説明しています。
 「健康、気候変動、自然環境」では、電力部門の脱炭素化に向けた政府の努力にもかかわらず、石炭が依然として日本のエネルギーのかなりの部分を占めている課題を冒頭にあげています。また、人権に悪影響を及ぼす可能性のある神宮外苑地区市街地再開発事業をとりあげ、大規模開発計画に関する環境影響評価プロセスにおいて、住民協議が不十分であるとの報告に対して深刻な懸念を表明しています。
 また、福島原発事故後の発電所の廃炉、清掃、除染作業をめぐる労働慣行の問題点として、強制労働、搾取的な下請け管理、危険な労働条件の事例に憂慮を示しています。
 作業部会は、東京、大阪、沖縄、神奈川、愛知で有機フッ素化合物(PFAS) に汚染された水がビジネス活動に関連しているとの報告に憂慮し、指導原則と「汚染者負担」の原則のもと、この問題に取り組む事業者の責任を強調しています。
 「労働者の権利」では、「労働組合」の項目として、大阪をはじめとする労働組合のメンバーを標的にした逮捕・起訴に関する情報に言及し、組合メンバーが企業に対し法令遵守を求める活動に参加したことにより、威力業務妨害および恐喝未遂の容疑をかけられたというケースをとりあげています。作業部会は、指導原則で説明されているように、企業が人権を尊重することを確実にするための公正で合法的な職場慣行を促進する上で、労働組合は不可欠な役割を担っていると強調しています。
 また、「移民労働者と技能実習制度」の項目では、技能実習生などが、安全基準違反や賃金未払いなどの違法行為の人権侵害にあっていること、パスポートを没収されたうえでの強制労働、および意に反する出勤や残業を強要されているなど数々の事例に着目しています。
そのうえで、技能実習制度の見直しを盛り込んだ法案(入管法などの改定案)の国会での審議を踏まえ、作業部会は、新制度(育成就労制度)における人権課題についても、引き続ききめ細やかな評価を行うことが重要であると強調しています。
 「メディアとエンターテイメント産業」では、作業部会はアニメやアイドル業界における低賃金や長時間労働、不公正な下請け関係などの問題に対して深く憂慮しています。
 また、旧ジャニーズ事務所における性加害問題に関して、社名を変更した「SMILE-UP.」が被害を申告した人に補償金の支払いを進めている点について評価する一方、救済を求めている被害者のニーズを満たすには程遠いことを指摘しています。

多岐にわたる個別課題と人権基盤の整備を求めた勧告
 作業部会は、報告書の結論として、日本における構造的な人権課題が、ビジネスと人権分野における国や民間部門の取り組みの一環として十分に顧みられていないことを懸念し、女性、高齢者、子ども、障害者、先住民族、マイノリティ、技能実習生・移住労働者、LGBTQI+の人たちなど、リスクに直面するグループに対する不平等と差別の構造を完全に解体することが緊急課題であると述べています。そのために、包括的で率直なマルチステークホルダー対話を通じて、指導原則の実現を加速させる必要性を強調しています。
 また、国、企業・業界団体、市民社会に向けて、報告書でとりあげた数多くの課題ごとに具体的な勧告を列挙しています。加えて、それらの実現を推進するための課題として、日本政府に対して出された30を超える勧告には人権保障にとって不可欠な3つの基盤を整備することが含まれています。
① 実効的な救済へのアクセスと企業の説明責任をより促進するため、人権の促進と保護のための国内機関の地位に関する原則(パリ原則)に沿って、堅固で独立した国内人権機関を遅滞なく設立すること。
② 人権条約機関への個人通報制度を定めた女性差別撤廃条約、人種差別撤廃条約、社会権規約、自由権規約、障害者権利条約などの選択議定書を批准すること。
③ 既存の差別解消法を改正し、明確かつ包括的な差別の定義を盛り込み、差別を公式に禁止・処罰するための実効性のある法整備(包括的反差別法の制定)を行うこと。

 作業部会の報告書を受けて、日本政府はアイヌ民族、部落差別、気候変動、福島第一原発、PFAS、技能実習制度などに関して、政府の見解や反論などのコメントをまとめており、国連のウェブサイトに報告書とともに掲載されています。

 ※ヒューライツ大阪は、報告書に取り上げられた課題のいくつかに着目し、今後数回に分けてその内容をさらに詳しく紹介していきます。

<出典>
https://www.ohchr.org/en/documents/country-reports/ahrc5655add1-visit-japan-report-working-group-issue-human-rights-and
A/HRC/56/55/Add.1: Visit to Japan - Report of the Working Group on the issue of human rights and transnational corporations and other business enterprises

<参照> ヒューライツ大阪ニュース・イン・ブリーフ
https://www.hurights.or.jp/archives/newsinbrief-ja/section4/2023/08/84.html
国連ビジネスと人権に関する作業部会、訪日調査の終了にあたり声明発表(2023.8.4)
https://www.hurights.or.jp/archives/newsinbrief-ja/section4/2023/08/post-32.html
国連ビジネスと人権に関する作業部会の訪日調査終了時声明の概要

(2024年05月31日 掲載)