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特別寄稿:日本の人権改善に「国際基準」の国連審査対応を

馬橋 憲男(フェリス女学院大学名誉教授)

 国際人権条約に入っているのに、なぜ私たちの人権は改善されないのか―
 こんな疑問を多くの市民が感じているのではないでしょうか。その良い例が女性の人権です。世界経済フォーラム(WEF)の「グローバル・ジェンダーギャップ指数」の順位は、2006年に79位だったのが、2023年には125位(146カ国・地域中)に下落。また2023年の国連の世界幸福度は47位、2024年報道の自由度(国境なき記者団)は70位です。
 このように国際的評価が低いのは、日本の国際人権条約の国連審査への対応に問題があるのではないか。一般の市民には、自らの人権が審査されるのに、肝心な情報も参加の機会もない。だれが、どう審査しているのか、まるでブラックボックスです。
 その最大の原因は、国連審査で中心的な役割をになう、政府から独立した「国家(内)人権機関」がないことです。2023年に訪日し、旧ジャニーズ事務所創設者による性加害などの問題を調査した国連ビジネス&人権作業部会もそう結論づけています。
 ことし(2024年)10月に女性差別撤廃条約の第9回審査が行われるのを前に検証してみましょう。

国連審査―人権は国際社会で守る・・・
 人権は国籍、性別などを問わず、すべての人に保障される普遍的な権利です。そのために、各国がまちまちではなく、世界共通の基準に従って人権を促進・保護するように国連で国際人権条約を定めたのです。女性差別撤廃条約、子どもの権利条約、障害者権利条約、人種差別撤廃条約などがそうです。
 締約国が条約の規定をきちんと守っているか、どのような課題を抱えているか、国連の各条約機関で定期的に審査をします。2022年に「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(自由権規約)と障害者権利条約について日本の審査が行われたのを覚えているでしょう。
 この審査は政府が提出した「締約国報告書」をもとに、審査委員と政府が質疑応答形式で行います。NGOも独自の報告書を提出し、さらに審査委員に直接ブリーフィングをします。この審議を経て、改善に向けて国連勧告が出されます。

日本の対応と問題点・・・
・「建設的対話」より「対立」
 国連審査の目的は「建設的対話」です。
 日本の場合、政府とNGOの意見の隔たりが非常に大きく、むしろ「対立」が目立ちます。その理由としては、国内の準備段階での話し合いが十分でないことが指摘されます。NGOは締約国報告書に彼らの意見が反映されていないと主張します。NPO法人の日本障害者協議会の藤井克徳代表は、「そもそも審査前に政府とNGOの話し合いはありませんでした」といいます。そこで、NGOは審査が行われるジュネーブの国連まで出かけて行き、審査委員に自らの意見を伝えます。
 この締約国報告書は、単なる政府の見解ではなく、できるだけ幅広いコンセンサスが求められます。それは、人権を保障する責務のある政府は、自らの政策を客観的に評価する必要があるからです。
 日本政府の説明は主に法制度の羅列で、抱えている具体的な問題や課題に踏み込もうとしません。審査を他国と「優劣」を競ったり、「合否」が判定される場と位置づけているかのようです。
 この結果、審査は本来の建設的対話にはほど遠く、一方通行になりがちです。
 審査後のフォローアップについても同様です。前述の2022年に行われた二つの条約審査では多くの重要な勧告が行われましたが、国会審議やNGOなどとの対話はありません。  
 これでは「言いっぱなし」「聞きっぱなし」で、人権状況の改善に結びつけることはできません。

・国連勧告に「法的な拘束力がない」
 国連勧告が出るたびに、「法的な拘束力はない」というのが日本政府の変わらぬ姿勢です。民主主義の国でこのように主張する国を他に知りません。
 そもそも、人権条約は国連機関ではなく、加盟国が協議し作成したのです。日本もその作業に参加し、批准したからには、その規定を尊重し、守る責務があります。
 また、各条約の審査委員は、審査の中立公正を保つために、地域的バランスに配慮し、個人の資格で締約国によって選ばれます。審査委員は、出身国や個人的な人権観ではなく、あくまで「条約の規定」に基づいて審査にあたります。さらに審査委員は自国の審査には参加しません。いずれも人権問題の専門家で、多くの国の審査を担当して得た豊富な経験と知見から、その国に最適な勧告を行います。
 このように、国連勧告は国際社会の総意と見なすことができます。

独立の国家人権機関を拒む・・・
 条約審査における日本の一番の問題は、政府から独立した「国家(内)人権機関」がないことです。
 1993年国連総会で「国家人権機関の地位に関する原則」(通称、パリ原則)」が全会一致で採択されました。国の機関ですが、「政府から独立」が絶対的要件です。
 その任務は人権の促進・保護、被害の調査・救済、人権教育、政府への勧告など幅広く、実質上、人権の最高機関です。現在、約120カ国で設置され、主な未設置国は日本、米国、中国です。
 条約審査では、締約国報告書の「信憑(しんぴょう)性」を担保することが主な任務です。報告書の内容が事実と違ったり、民意を反映していなかったら、審査の意味がありません。
 具体的には、次のような役割を担っています。
-締約国報告書の作成時に、政府にNGO、自治体、産業界などとの対話を通して合意の形成を図るように働きかける
-締約国報告書を評価し、独自の勧告案を審査へ提出する
-審査にオブザーバー参加し、審査委員と協議する
-審査結果を国会に報告し、勧告の実施について再度幅広い対話を呼びかける
-勧告の実施状況を国連に報告する

 日本は1998年の自由権規約の第4回審査から、女性差別、障害者権利など各条約の審査のたびに、同機関の設置を勧告されています。
 これに対し、日本政府は、法務省の人権擁護制度が国家人権機関の役割をし、女性、障害者の権利などでは政府内に各担当組織が設置されていると主張します。しかし、国際社会の理解は得られず、2022年の障害者権利条約の審査では、改めてパリ原則に則った機関の設置を勧告されました。

「独立」にこだわる理由・・・
 改めて、なぜ「政府から独立」した国家人権機関が必要なのでしょうか。
 先の戦争での甚大な人権侵害への反省から、条約上の人権を市民に保障し守る責務のある政府(国)は、ときの政府の裁量や思惑に左右されかねず、自らの人権政策を中立公正に評価するのは難しい、というのが国際社会の認識です。
 そのために構成員は識者、NGO、弁護士などで政府職員は含まれません。さらに真に独立しているかは、国による自己申告ではなく、各国の国家人権機関で構成する国家人権機関世界連盟(GANHRI)が審査をします。
 また、市民の目から見て、政府が身内である公務員による人権侵害や差別に公正に対処できるか、といった問題もあります。日本で入管施設や刑務所での虐待、学校のいじめ、職場のセクハラ・パワハラなどが起きており、人権の救済と予防に十分に機能していません。

国連勧告に向き合わないと・・・
 冒頭で紹介したグローバル・ジェンダーギャップ指数は、政治、経済、教育、健康の4分野での男女格差を数値化したものです。日本が順位を2023年に125位にまで下げる間、どのような国連勧告があったのでしょうか。
・女性差別撤廃条約の2003年審査から、(選択的)夫婦別姓の採用を毎回勧告
・同条約の2009年審査から、一定議席を女性に割り当てる「クオータ制」の導入を毎回勧告
外国が同様の勧告を受け入れて改善を図ったために、日本の順位がその分、ダウンしたのです。

国会の役割の重要性・・・
 条約審査の勧告の多くは、その実施に国会の承認が必要です。そのために審査に国会議員が参加する国が増えています。他国の国会議員・政府代表との交流を通して貴重な知見や経験を持ち帰り、政策の策定にいかすためです。
 現在、国連では「国会と人権に関する原則(案)」の作成を進めています。この目的は常設の「国会人権委員会」の設置です。その主な活動は人権条約批准の促進、国内法の国際法との整合化、政府の人権上の責務の監視、条約審査への参加。
 それに、日本でしばしば国会議員による人権侵害・差別発言が起きていますが、国会議員の人権意識を高めるための研修も想定されています。
 2017年国連調査によれば、回答した56カ国中35カ国が国会に人権委員会を設置。韓国のように人権条約の締約国報告書を国連に提出する前に国会で審議する国も少なくありません。

「国際基準」が改善のカギ・・・
 日本政府の条約審査への対応は、市民の人権が改善するのを拒んでいるかのようです。「条約に入ってはいるが、実質的には離脱」の状態といえます。
 条約審査を人権の向上につなげるには、やはり日本独自の対応ではなく、「国際基準」に沿った取り組みが求められます。とりわけ、独立した国家人権機関の設置は急務です。一連の審査過程で中心的な役割をにない、政府と市民・NGOの「懸け橋」と位置づけられるからです。
 同機関のもうひとつの重要な任務は、国連で定めた人権教育・研修計画の実施を通して、市民の条約への理解と参加を促進し、人権侵害の予防と早期救済をはかることです。

<参照>
https://www.asahi.com/sdgs/article/15055296
朝日新聞 SDGs ACTION (2023.11.28)
国家人権機関(国内人権機関)とは 機能は?なぜ日本にない? 専門家が解説
フェリス女学院大学名誉教授/馬橋憲男

(2024年05月10日 掲載)