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シネマと人権22 : 取り残されたもの同士の連帯-「ホールドオーバーズ  置いてけぼりのホリディ」

小山 帥人(こやま おさひと)
ジャーナリスト、ヒューライツ大阪理事

 映画の舞台は1970年のアメリカ•ボストン近郊にある私立名門高校の全寮制の男子学生寮である。
 ぼくもその10年前、東京の学生寮にいたことがある。部屋や風呂は汚く、食事も粗末だったが(1食35円だった!)、学生の自治がしっかりしていて、友と議論を交わす空間の自由さは忘れ難い。
 ぼくのいた寮に比べると、アメリカの学生寮はさすがに綺麗で、食事も立派だが、規律は厳しい。学生たちが楽しみにしているのは2週間のクリスマス休暇。家族とともに、家で過ごしたり、旅行に行ったりする。しかし家族と一緒に過ごせない学生は寮に残ることになる。居残り組(ホールドオーバーズ)だ。
 ひとりの学生は母親と一緒にクリスマスを過ごす予定だったが、母親が再婚し、新婚旅行に行くことになったため、居残りになった。クリスマスを一人で過ごすのは、アメリカの高校生には厳しいようで、つい乱暴になってしまう。

背景にずしんとあるベトナム戦争
 この居残った学生を管理する役割を命じられたのは、学生にも教師仲間にも煙たがられている古代史の非常勤教師である。大学に多大な寄付をしてくれる議員の息子を進級させなかったことで、罰としてこの仕事をすることになった。
 もうひとり、寮の料理長の黒人女性も加わって、3人でクリスマス休暇を共にすることになる。彼女は一人息子をベトナム戦争で亡くしている。そういえばこの時代、アメリカの若者が徴兵されて沢山死んだ。最強と言われたボクサー、カシアス・クレイ(モハメド・アリ)が徴兵拒否をして禁固の有罪判決を受け、世界ヘビー級チャンピオンのタイトルを剥奪されたこともあった。
 料理長の息子は兵役を終えた後、大学で学ぶ計画だった。最愛の息子をベトナムで失ったショックから彼女は立ち直ることができず、時として激情に駆られる。この料理長を演じるダヴァイアン・ジョイ・ランドルフの演技は凄みがある。ちょっとした目の動きだけで感情を的確に表現する。彼女はこの演技で第96回アカデミー賞をはじめ、世界各国の多くの映画祭で助演女優賞を獲得している。

「人生は鶏小屋の階段のようなもの」
 居残りの教師を演じたポール・ジアマッティも、豊かな学識を持ちながら出世コースに乗れない中年教師の複雑な心理を表現し、やはりアカデミー賞の主演男優賞にノミネートされた。
 「人生は鶏小屋の階段みたいなものだ。短くてクソだらけだ」と繰り返す教師の言葉は、上品ではないが、リアリティがある。
 これといった大事件が起きるのでもないのだが、社会に取り残された3人がともに行動する中で、互いに理解し合い、癒し、癒される関係になっていく過程が情感深く描かれる。
 クリスマス休暇中に外出するなど、学校の掟を破ったことから、学生は陸軍の学校に転校させられそうになる。そこで教師は大きな決断をする。内容は映画を見てほしい。
 鶏小屋の階段のような人生でも捨てがたい味があることをしみじみ感じさせる映画だ。

写真.jpg 学生、教師、料理長は3人でクリスマスを過ごす
Seacia Pavao / © 2024 FOCUS FEATURES LLC.


<「ホールドオーバーズ  置いてけぼりのホリディ」>
監督:アレクサンダー・ペイン
2023年/ アメリカ / 2時間13分
配給:ビターズ・エンド・ユニバーサル映画
6月21日より大阪ステーションシティシネマ/TOHOシネマズなんば/京都シネマ/シネ・リーブル神戸など全国公開
(https://www.holdovers.jp/#)




(2024年06月17日 掲載)