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フィリピンの労働者送り出し機関へのインタビューから

高谷 幸(たかや さち)
東京大学教員、移住者と連帯する全国ネットワーク運営委員

 2024年8月中旬、フィリピンに行った際に日本に移民労働者を送り出す機関(会社)を経営しているNHRFI HUMAN RESOURCES INTERNATIONAL (以下、NHRFI HRI)のダニロ・ナヴァロさん(Danilo S. Navarro)に話を伺った。以下、簡単に報告をしたい。

フィリピン送り出し機関の現状
 NHRFI HRIの事務所は、マニラ首都圏のマカティ市のオフィスが建ち並ぶビルの一室にあった。ナヴァロさんは技能実習生の送り出し事業を30年近く行っており、近年は専門的・技術的労働者や特定技能労働者の送り出しにも関わっている。フィリピンにおける日本への技能実習生送り出し機関の連合体(Association of Philippines Licensed Agencies for Technical Internship Program: APLATIP)の代表も務めているこの道のエキスパートである。APLATIPは、両国における法制度などの情報共有、共同アプローチなどを目的として結成され、現在66機関が加盟しているという。
 NHRFI HRIでは、さまざまな職種の技能実習生・特定技能労働者を送り出しているが、ナヴァロさん自身が以前、日本で溶接の仕事をしていた関係で、そのつながりで溶接の会社に送り出すことも少なくないようだ。それ以外にも農業、食品製造など様々な職種の、日本各地の企業を顧客としているという。なお特定技能労働者の場合、元技能実習生の申し込みが多いが、技能実習にはない職種(ホテルやレストラン)は人気が高い一方で、候補者にとって日本語の勉強のハードルが高いとのことだった。近年、日本の「稼げる魅力」がなくなっているとの指摘があるが、ナヴァロさんによると、フィリピンでは、日本での就労は今も人気とのことだった。ただしこのとき比較対象とされるのは主に、中東諸国やシンガポールなどでの就労であり、オーストラリアやヨーロッパなどはまた別の話とのことだった。後述するように、技能実習を終えた後にオーストラリアに働きに行くことは珍しくないようである。つまり日本の技能実習は、いわば海外就労の最初のステップの一つとして位置づけられているといえるだろう。
 送り出しの流れは以下の通りになる。まず日本の企業からオファーがあった時、広告を出すとその数倍の候補者の応募があり、テストや面接を行う。面接で合格した候補者は、日本語の勉強やビザの手続きを経て、およそ3ヶ月後に日本に旅立つという。ナヴァロさんは、中東諸国やシンガポールと比較すると、日本は来日前の手続きに時間がかかり、そこが日本の弱点の一つだと指摘していた。NHRFI HRIでは、出国前の日本語授業も実施しており、候補者は近くの寮で暮らしながら2ヶ月間の日本語の勉強をする。日本語授業を見学させてもらったが、候補者は規律正しく教育されていた。
 フィリピンの送り出し機関の役割は、労働者が出国した後も続く。というのもフィリピン政府は、送り出し機関に、雇用契約中の労働者の就労・生活状況をモニターして、オンラインを通じてフィリピン移民労働省に3ヶ月に1回報告をすることを課しているからである。そのため派遣した労働者と定期的にコンタクトをとるとともに、日本に訪問して定期的に対面で話す機会を設けているという。労働者の日常の悩みを聞くには、対面の方がいいとのことだった。

特定技能制度の評価
 ナヴァロさんは、日本が2019年から開始した特定技能制度を高く評価していた。それまでクライアント企業、すなわち技能実習生を雇用する日本の企業から、せっかく仕事も日本語も覚え、日本の習慣にも慣れた労働者を長く雇えないことへの不満を聞くことがあった。技能実習制度は最大5年と雇用期間に上限が定められているため、技能実習を終えた労働者がオーストラリアなど他国に働きにいくケースも目立っていた。雇用企業は、そうしたことに割り切れない思いを抱いていたため、特定技能ができて継続的に雇用できるようになったことに満足しているという。また、特定技能制度ができたことによって、同じ職場で特定技能労働者、技能実習生が働くようになった。この場合、技能実習生にとって、特定技能労働者は職場の先輩という位置づけになる。それまでは日本人の先輩しかほとんどおらず、怒鳴られたりすることもあった。しかし今、特定技能という形で同じ国の労働者が先輩になったことは、技能実習生のモチベーションを高めているという。ナヴァロさん自身は、この点がとても良いと話していた。

「送り出し」の競争の中で
 日本では、技能実習制度の課題として、しばしば送り出し機関への高額な費用の支払いがあげられてきた。政府もこの点を認識し、出入国在留管理庁は2022年に「技能実習生の支払い費用に関する実態調査」(https://www.moj.go.jp/isa/content/001377469.pdf)を実施していた。また2024年で技能実習制度に代わる制度として創設が認められた育成就労制度においても、悪質な送出機関の排除に向けた取り組みを強化するとしている。
 こうした観点からみると、フィリピンは「模範的」な送り出し国となるだろう。というのもフィリピンからの送り出しでは、政府の取り決めにより労働者の支払いは原則認められていないからだ。上述の入管庁の実態調査でも、フィリピン出身の回答者の83.6%が送り出し機関に支払いをしなかったと回答している(一方、全部で6つの出身国の平均では85.3%が送り出し機関に支払いをしている)。結果として、来日前の支払い費用についても全体の平均が54万2311円(最高額はベトナムの68万8143円)であったのに対し、フィリピン出身者の平均は9万4821円と出身国別で最も低くなっている。
 しかしこれは、雇用企業にとってはフィリピンからの労働者を雇う際に他国の労働者の場合はかからない費用を負担する必要があることを意味する。現状では、日本語教育の費用などが雇用企業の負担とされているからである。ナヴァロさんは、現在、フィリピンから送り出される技能実習生、特定技能労働者の数が、ベトナムやインドネシアより少ないことの理由の一つとして、雇用企業に負担を課すこのルールがあるのではないかと指摘していた。その上で、日本語教育は、労働者が身につけるもので、労働者のプラスになるものだから、労働者負担にした方がいいと述べていた。

送り出しの現場からみえてくるもの
 日本では、移民政策の現状や移民労働者の待遇を論じる際に、韓国や台湾などと比較する議論が多く見られるようになった。一方、送り出し側でも、日本の制度や労働者の待遇は、他国と比較して検討されている。例えば、日本は、アジア諸国の中で稼げる国か、ヨーロッパやオーストラリアとはどうか、など送り出す先の他の国々との比較が行われている。同時に、日本に送り出している国の中で、フィリピンは競争力があるのか、という自国の立ち位置が顧みられる。これらは、移民労働が今や、送り出し国、受け入れ国の双方における複雑な比較のゲームのなかで成立していることを示唆しているように思われる。


ダニーさん.jpgダニロ・ナヴァロさん


(2024年09月26日 掲載)