女性差別撤廃委員会(以下、委員会)が2024年10月29日に発表した第9回日本政府報告書審査の総括所見において、移民女性(移住女性)の人権に関わる懸念と勧告が多く盛り込まれています。以下、該当箇所(太字)を抜粋し、その背景を解説します。小見出しはいずれも実際に総括所見に記されている課題タイトルです。数字はパラグラフの番号ですが、文脈をより理解しやすくするために、文頭に(懸念)あるいは(勧告)と付記しています。訳文は、外務省の仮訳を使用しています。
(懸念)27:(c)ジェンダーに基づく暴力の被害者に対する支援サービスへのアクセスが、農山漁村女性や、民族的マイノリティ女性、移民女性、障害のある女性やレズビアン、バイセクシュアル、トランスジェンダー、インターセックスの女性など、交差的な差別に直面している女性にとって特に困難であるとの報告、
また移民女性は、出入国管理及び難民認定法の下で保護されるための資格を維持するために「正当な理由」を提出する必要があるため、在留資格を取り消されることを恐れて、ジェンダーに基づく暴力の事例を報告することに特に消極的であるとの報告。
(勧告)28:(c)女性に対するジェンダーに基づく暴力のサバイバーに対して、農山漁村地域も含め、支援サービスやシェルターを提供又は十分に資金援助し、農山漁村女性、障害のある女性、移民女性など、あらゆる多様性を持つ女性のニーズに完全に適合し、アクセス可能なものにする。
また、保護のための「正当な理由を示すという要件」が法律から明確に削除され、在留資格に関わらず被害者を保護することを確保する。
この懸念と勧告は、DV被害を受けた移民女性が直面する在留資格をめぐる「ハードル」の高さを指摘し、その除去を促す内容です。
二つのパラグラフで使われている「正当な理由」(justifiable reasons)とは、出入国管理法の「在留資格の取消し」の項目に書かれているテキストを指しています。2012年に入管法が改定(改悪)された際、日本人または永住資格を有する外国人の配偶者は、「配偶者の身分を有する者としての活動を継続して六月以上行わないで在留していること」(正当な理由がある場合を除く)場合、その在留資格を取り消すことができるという条文(22条4-7)が追加されました。
その結果、DV被害を受けた結婚移民女性が夫のもとから避難した際、夫と音信を断っていることを理由に、「配偶者」としての在留資格が取り消されてしまう可能性が生じたのです。とりわけ、公的なDV相談・保護のルートを経ずに避難した場合、「正当な理由」の証拠を入管に示すことは容易ではありません。もし在留資格が取り消されると正規滞在が困難になることから、「配偶者」としての在留資格を維持するために通報をためらい、同居を続けて「虐待関係のなかに留まること」を余儀なくされる事態に陥ります。
そのような懸念から、2014年と2018年の人種差別撤廃委員会、そして2016年の女性差別撤廃委員会による日本報告書審査では、法改正を求める勧告が出されてきたといういきさつがあります。
さらに、2022年の自由権規約委員会による日本報告書審査では、「全ての被害者が、在留資格にかかわらず、迅速かつ十分な援助、支援サービス及び保護を提供されることを確保すること」(パラ19(c))という勧告が発せられました。この勧告は、2021年3月にスリランカ出身のウイシュマ・サンダマリさんが名古屋入管で健康状態悪化のため死亡したケースを踏まえた内容です。ウイシュマさんは同胞のパートナーからDVを受けたので警察に保護を求めたものの、在留資格を喪失していたため、DV被害者として保護されずに「超過滞在者」として入管に送られ、強制送還を前提に収容され続けたのでした。しかし、2008年に入管局長が発出した通知文「DV事案に関わる措置要領」に基づき、入管は「人道上適切に対応」し、被害者としてDVシェルターで保護するという手順を踏むべきケースだったのです。さらに、措置要領は「DV被害者が配偶者からの暴力に起因して旅券を所持していない時は、在留資格を交付する」としていました。
以上のように、移民女性のDV被害をめぐるこれまでの総括所見の数々を踏まえて今回の懸念と勧告が出てきたものとみられます。しかし、「正当な理由」を示せなければ配偶者の在留資格を取り消すことができるという入管法規定の削除と、在留資格にかかわらずDV被害者を保護すること、という二つの課題が凝縮されて一文にまとめられていることから、残念ながら不鮮明な文脈となっています。
そうしたなか、「在留資格に関わらず被害者を保護することを確保する」という勧告はたしかに重要です。たとえ正規の在留資格であっても「家族滞在」や「留学」などの在留資格を有す被害者の場合、DV防止法の一時保護の対象であるとはいえ、その後の自立支援については適用対象外とされていることから、当初から一時保護も門前払いされているという現状があります。
(懸念)29:(a)現行の法的規定は、特に労働力の不法取引において、非強制的な形態の搾取を完全に包含しておらず、「権力の濫用」や「脆弱性」を通じた搾取への対処にはギャップが残っていること。
(b)人身取引や性的搾取のサバイバーが、言葉の問題及び、長期的社会復帰支援が限定的であることなど、シェルターや法的サービスへのアクセスの観点において、障壁に直面していること。
(c)労働力の不法取引が依然として大幅に過少報告されていること。
(勧告)30:(a)労働力の不法取引における非強制的な搾取形態に適切に対処できるよう、特に「権力の濫用」と「脆弱性」をターゲットとした法規定を改正する。
(b)人身取引や性的搾取の被害者である女性及び女児がシェルターや法的サービスを利用する際の障壁をなくす。これには、言語的な障壁に対処することや、一時的な在留の許可を与えること、再統合のための支援を強化することなどが含まれる。
(c)独立した、秘密厳守の、ジェンダーに配慮した苦情申し立て手続の確立と労働分野における監査の強化を通じて、女性による労働搾取の報告を奨励し、人身取引の事例が効果的に捜査され、加害者とその共犯者が訴追され、適切に処罰されるようにする。
人身取引は、他の人権条約の報告書審査でも必ず取りあげられており、日本だけでなく、ほぼすべての国の審査において着目されるという「普遍的な課題」となっています。
今回の総括所見では、肯定的側面として、2022年の「人身取引対策行動計画」の策定(パラ5(b))、および2017年に国連の「人身取引議定書」を締結(パラ6)という政府の対応について、委員会はまず歓迎を表明しています。
一方、委員会は、国境を越えた人身取引に対する移民女性の脆弱性への対応の弱さを指摘し、言語障壁への対処や在留資格の正規化などを促しています。
とりわけ、「権力の濫用」や「脆弱性」を通じた搾取に関しては、「人身取引議定書」は、「人身取引とは、搾取の目的で、暴力若しくはその他の形態の強制力による脅迫若しくは これらの行使、誘拐、詐欺、欺もう、権力の濫用若しくは弱い立場の悪用又は他人を支配下に 置く者の同意を得る目的で行う金銭若しくは利益の授受の手段を用いて、人を採用し、運搬し、 移送し、蔵匿し又は収受することをいう」(第3条)と定義しており、これらの課題に対処することが国際基準として求められています。
また、「労働力の不法取引が依然として大幅に過少報告されていること」とありますが、これは労働搾取を被る多くの技能実習生が人身取引の被害者としてほとんど認定されていないことに着目したものです。日本政府は「人身取引対策行動計画」に基づき、被害者を認定し、保護・支援を実施していますが、労働搾取を受けた技能実習生が被害者として認定されたのは2021年が初めてのことで、以後もわずかな認定数にとどまっています。
前回2016年の総括所見では、「人身取引及び売買春による搾取」の項目で、技能実習制度によって女性が強制労働や性的搾取を受け続けていることに懸念表明されているなど、自由権規約委員会の総括所見においても技能実習制度の問題が「人身取引」の項目で取りあげられているという背景があります。
(懸念)47:(a)女性の技能実習生は、賃金が低く、労働条件が劣悪で、妊娠・出産に関する差別に直面しているおそれがあること。
(勧告)48:(a)女性の技能実習生の労働条件の適切な監視を確保する適切なメカニズムを設置し、妊娠による本国送還や海外における家族単位からの隔離などの差別的慣行から女性移民労働者を保護する。
技能実習制度における搾取や差別の現状に関して、各人権条約委員会の日本報告書審査が行われるたびに、懸念や勧告が発出されてきましたが、今回はじめて、女性技能実習生の妊娠・出産をめぐる課題に光があてられました。男女雇用機会均等法に基づき、技能実習生に対する妊娠・出産における不利益取り扱いは禁止されているものの、雇用主や監理団体に対する政府の法令周知や指導が不十分であり、妊娠を理由とする解雇や強制帰国といった人権侵害が横行していると移民女性を支援する日本のNGOはみています。
「家族単位からの隔離などの差別的慣行」とあるのは、技能実習制度のもとでは家族帯同が認められないことから、孤立出産を余儀なくされるといった厳しい現実を示唆しています。妊娠した技能実習生が支援に繋がらず、孤立出産に追い込まれ、刑法190条の死体遺棄罪や刑法219条の保護責任者遺棄罪などの容疑で逮捕・起訴されるという事件が起きています。
ベトナム出身の技能実習生が、予期せぬ妊娠をし、強制帰国を恐れて誰にも相談できないまま、2020年11月に1人で自宅で死産をした後、赤ちゃんの遺体を自宅に33時間安置していたことで死体遺棄罪に問われ、1審・2審で有罪となったものの、2023年3月に最高裁で無罪が確定したというケースがあります。しかし、その後も、孤立状態で死産した技能実習生が死体遺棄罪などで起訴されるケースが後を絶ちません。
(勧告)57:「すべての移住労働者およびその家族の権利の保護に関する国際条約」(移住労働者権利条約)の締結
日本は、条約委員会が設置されている9つの主要な人権条約のうち、移住労働者権利条約を締結していないことから、受け入れを求められています。加えて、このパラグラフでは個人通報制度を定めた社会権規約、自由権規約、子どもの権利条約の選択議定書の締結なども促されています。
以上のような移民女性固有の課題に加えて、さまざまなマイノリティ女性が同様に直面している権利侵害に対する勧告のなかで、移民女性が言及されている箇所は以下のとおりです。パラグラフ27(c)、および47&48では、「交差的な差別」「交差する形態の差別」と明記してマイノリティ女性が直面する交差性・複合差別に焦点をあてています。
(勧告)18:(a)機密性の高い効果的かつジェンダーに対応した苦情申し立てメカニズムを確立することにより、高齢女性、障害のある女性、民族・言語的マイノリティ女性及び移民女性を含む女性が、締約国の全域で司法への効果的なアクセスを確保し、さらに、女性及び女児が、自らの権利及びそれらを主張するために利用可能な救済手段を認識することを確保する。
(懸念)27:(c)ジェンダーに基づく暴力の被害者に対する支援サービスへのアクセスが、農山漁村女性や、民族的マイノリティ女性、移民女性、障害のある女性やレズビアン、バイセクシュアル、トランスジェンダー、インターセックスの女性など、交差的な差別に直面している女性にとって特に困難であるとの報告。
(懸念)39:(e)先住民女性、部落女性、障害のある女性、移民女性、レズビアン、バイセクシュアル女性、トランスジェンダー女性、インターセックス女性などの女性が職場で差別及びハラスメントを経験していること。
(勧告)40:(k)国際労働機関(ILO)の2011年家事労働者条約(第189号)を締結する。
(懸念)47. 委員会は、アイヌ女性、部落女性、在日韓国・朝鮮人女性、障害のある女性、レズビアン、バイセクシュアル女性、トランスジェンダー女性、インターセックス女性及び移民女性が、教育、就労及び健康へのアクセスを制限する、交差する形態の差別に直面し続けていることを特に懸念をもって留意する。
(勧告)48. 委員会は、締約国に対し、アイヌ女性、部落女性、在日韓国・朝鮮人女性、障害のある女性、レズビアン、バイセクシュアル女性、トランスジェンダー女性、インターセックス女性及び移民女性に対する交差する形態の差別を撤廃する努力を強化し、雇用、健康、公的活動への参画への平等なアクセスを確保するよう勧告する。
パラグラフ53は、条約の実施に関連する多くの分野でデータ収集が行われていないことを懸念し、同54は、ジェンダー課題に対応した法律、政策、プログラム、予算の立案と実施を目的に、女性に対するジェンダーに基づく暴力の発生率、女性および少女の人身取引の発生率など移民女性の人権課題にも関わる統計データを収集するよう勧告しています。
<訳文の出典> 外務省
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100762773.pdf
第9回報告に対する女子差別撤廃委員会最終見解(仮訳)
<参照> ヒューライツ大阪ニュース・イン・ブリーフ
https://www.hurights.or.jp/archives/newsinbrief-ja/section1/2025/01/post-69.html
女性差別撤廃委員会による第9回日本政府報告書審査で示されたマイノリティ女性の人権課題
https://www.hurights.or.jp/archives/newsinbrief-ja/section4/2024/10/1029.html
国連女性差別撤廃委員会、第9回日本政府報告書に対する総括所見を発表(10/29)
(2025年01月21日 掲載)2025年1月30日 加筆