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より効果的で人道的な薬物政策への転換を(4/4)

 国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、各国における薬物政策について、懲罰的なアプローチからより効果的で人道的なアプローチへの転換を呼びかけ、各国の好事例とOHCHRの取組についてウェブサイトで発信しています。以下、その内容を紹介します。


 フォルカー・トゥルク国連人権高等弁務官は最近の薬物政策に関するスピーチで次のように述べています。

いわゆる「麻薬戦争」は、数え切れないほどの命を奪い、地域社会全体に深刻な被害をもたらしてきた。これらの政策は明らかに機能しておらず、私たちは社会の中で最も脆弱な人々を見捨てている。

 何十年もの間、各国政府は麻薬の取締りに対して懲罰的なアプローチを採用してきました。国連の専門家らは、その結果は壊滅的であるとし、以下のような有害な影響を挙げています:大規模の投獄、薬物関連犯罪や暴力の増加、薬物関連の死亡者数の過去最多更新、違法薬物の生産増加、そして地域社会全体へのスティグマと差別です。

 しかし、近年では重要な変化が見られています。フィリピン、ガーナ、パキスタン、コロンビアなどの国々が、従来の懲罰と犯罪化から、公衆衛生、人間の尊厳、人権に焦点を当てた、より効果的で人道的な薬物政策への転換を進めています。


スコットランドの「権利憲章」

 202412月、スコットランドでは薬物使用者の権利を保障する初の文書「薬物使用の影響を受ける人々のための権利憲章(Charter of Rights for People Affected by Substance Use)」が発表されました。これは、薬物等を使用する人々が自身の権利を理解し、必要な支援を受け、人間としての尊厳を持って扱われることを目的としています。

 「この憲章は、薬物使用の影響を受ける人々が持つ基本的な人権を明示しており、従来の犯罪化アプローチからの大きな転換点となる」と、人権活動家でストラスクライド大学グラスゴー校のアラン・ミラー教授は述べます。ミラー氏は、市民社会、政策決定者、薬物使用の影響を受けるコミュニティ、薬物使用者とその家族と協働しながら権利憲章の策定を担った「ナショナル・コラボラティブ」の議長を務めました。

 ミラー氏によると、憲章の背景には、スコットランドが長年にわたり欧州で最も高い薬物関連死率を記録し続けており、政府が薬物関連死を国の緊急事態として捉えている現状があります。

 「死者数の多さが一つの転換点になったことは間違いないが、同時に(薬物使用をめぐる)社会の語りも変わってきた。家族が支援グループを作り、声を上げ始めたことで、いまでは薬物の問題を『密売人』の問題だけではなく、健康や不平等、貧困の問題と捉えるようになっている」とミラー氏は指摘します。

 この憲章は、国内外の人権法を基にしており、以下のような基本的権利を含んでいます:生命の権利、最高水準の身体的・精神的健康への権利、十分な生活水準への権利、私生活及び家庭生活の尊重、健康的な環境への権利、そして品位を傷つける扱いや恣意的な逮捕からの自由です。


健康と人権

 英国を拠点に、公衆衛生と人権に基づいた薬物政策を提唱する団体「リリース」のニーヴ・イーストウッド事務局長は、薬物使用者を犯罪者として扱うことがさらなる苦しみをもたらし、スティグマと排除を助長し、命を救う医療へのアクセスを妨げると指摘します。

 「この人びとは私たち全員が当然持っているべき基本的な人権基準が損なわれている。この憲章は画期的な第一歩であり、これに続く動きが広がることを期待している」とニーヴ氏は述べます。

 OHCHRの薬物政策アドバイザーであるザヴェド・マフムード氏は、薬物問題に対する人権の課題は依然として存在するものの、懲罰的なアプローチから健康と人権に基づく政策への転換が進んでおり、「薬物政策について議論する際には、国家の人権保護義務を考慮することが必要だという認識が広まっている」と述べます。

 OHCHRはその任務の一環として、2019年に策定された「人権及び薬物政策に関する国際ガイドライン」を含め、加盟国やパートナーと協力し、人権に基づく薬物政策の立案と実施を推進しています。


フィリピンにおけるアプローチの転換

 フィリピンでは、OHCHRが国連薬物犯罪事務所とともに、司法省、内務自治省、保健省、警察と連携し、薬物政策改革を支援しています。

 「フィリピンでは長らく懲罰的な薬物政策が取られてきた。前(ドゥテルテ)政権下では多くの人が殺害され、裁判前拘禁施設の過密度は世界最悪レベルに達していた」と、OHCHRの上級人権アドバイザーであるシグネ・ポウルセン氏は語ります。

 OHCHRは、政府機関、国内人権機関、市民社会と連携した国連人権共同プログラムの一部として、人権に基づく薬物対策の改革など、重要分野への技術支援を提供してきました。

 OHCHRの取り組みにより、フィリピンでは薬物関連を含む不法な殺害の調査を担う独立した法医学機関の設立への政府からの支援が強化されたほか、草の根団体への支援を通じて、遺族への心理社会的支援、基本的サービスへのアクセス、追悼活動なども行われています。


死刑の問題

 「麻薬戦争」は国際人権法に反する死刑の増加も伴い、34か国で薬物関連犯罪に死刑が規定されています。ハーム・リダクション・インターナショナルによれば、2024年に確認された世界における死刑執行件数のうち、薬物関連犯罪が約40%を占めています。

 しかし、近年では死刑廃止への前進も見られます。パキスタンは2023年に薬物関連犯罪に対する死刑を廃止し、同年マレーシアは重罪で有罪となった場合の強制死刑制度を廃止し、薬物密売事件における裁判官の裁量を認めました。


ガーナ、コロンビアの挑戦

 ガーナでは2020年の法改正により、薬物使用を公衆衛生の問題として扱う政策へと移行し、投獄以外の選択肢が導入されました。また、薬物関連犯罪に対する量刑の不均衡を是正するための国家計画も策定され、現在14地区でハーム・リダクションが実施されています。

 OHCHRの支援により、コロンビアでは、過去の抑圧的かつ治安中心の手法に代わって、開発、公衆衛生、人権を優先する新たな薬物政策が実施されています。

 2016年に左翼ゲリラ組織のコロンビア革命軍とコロンビア政府との間で結ばれた歴史的な和平合意には、違法薬物問題の解決に関する章が含まれており、真実委員会も薬物政策改革が和平構築の一部であると強調しています。

 OHCHRは、薬物経済に依存する地域への社会投資を通じて、コカ栽培の予防・根絶に向けた地域社会の改善に向けた取組を支援しています。また、政府が薬物取引などの違法経済に起因する暴力に対処するために、構造的な要因への対応と国家の人権保障能力の強化に対する支援も行っています。


 トゥルク人権高等弁務官は、薬物政策にはジェンダーに敏感なアプローチ、自発的な医療、ハーム・リダクションの措置、非犯罪化、社会的再統合、そして違法薬物市場をコントロールするための責任ある規制を含む、変革的アプローチが必要であると繰り返し訴えています。

健康と人権を優先する薬物政策は、より効果的で、より人道的なのです。


参照

An effective and humane approach to drug policies

https://www.ohchr.org/en/stories/2025/04/effective-and-humane-approach-drug-policies


(2025年04月18日 掲載)