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国際人権ひろば No.78(2008年03月発行号)

国際化と人権

日本・オーストラリア経済連携協定の問題点

山浦 康明(やまうら やすあき)  日本消費者連盟副代表運営委員、明治大学法学部兼任講師

日豪経済連携協定(EPA)交渉の経過


 これまで自由貿易協定(FTA)の空白地域であったアジアにおいても、ASEAN(ベトナム、フィリピン、ブルネイ、マレーシア、インドネシア、シンガポール、カンボジア、タイ、ミャンマー、ラオス)を中心としたFTA網が築かれ、日本も今、FTAを遮二無二協議し締結している。2002年以来、シンガポール、メキシコ、マレーシア、タイとは締結済み、フィリピン、チリ、ブルネイ、インドネシアとは署名済み、07年11月、ASEANとは交渉妥結。そして、韓国、インド、ベトナム、GCC(サウジアラビアなど湾岸協力理事会)、スイス、そして豪州(オーストラリア)ともFTA(EPA)(注)の交渉が進められている。
 04年3月、日豪共同研究会がスタートし、06年12月に最終報告書がとりまとめられた。その直後の12月12日に日豪電話首脳会談で小泉元首相とハワード元首相がEPA交渉立ち上げを決定した。第1回交渉は07年4月23日~24日に豪州の首都キャンベラで行われ、手続きや範囲を含む交渉の枠組みについて議論された。第2回交渉は07年8月6日~10日に東京で行われた。日本側は、米、牛肉、小麦、砂糖など国内農業の状況を説明し、関税を撤廃した場合、大きな影響を受けると指摘した。第3回交渉は07年11月5日~8日にキャンベラで行われた。日本側は米、牛肉、小麦、砂糖、酪農製品などの重要品目を例外扱いすることを求め、豪州側はそれらの輸出拡大を求めた。また、豪州側は国内事情を説明し、干ばつで生産量が減少し、日本への輸出余力が落ちていると述べた。
 07年12月に豪州では労働党のラッド政権がスタートした。豪州のクリーン貿易相は08年1月来日し、「ラッド新政権は日豪関係を発展させ強固なパートナーシップを構築したいとの対日政策を考えている」と表明した。日豪EPAに関しては、日本の農産品の一段の市場開放を要求する立場は変わらない。これに対して日本政府側では若林農水相が日豪EPA第4回交渉では農産物の関税の取り扱いの協議が始まるとの見通しを述べつつ、日本側は重要品目に配慮した交渉を進めるとした。
 第4回交渉は2008年2月25日から29日まで東京で行われ、品目ごとの市場開放と提案を交換した。豪州側は、すべての品目について即時関税を撤廃すること、少数の品目については短期間であれば、関税撤廃までの猶予期間を設ける、との強硬論を主張した。日本側は、米、小麦、砂糖、牛肉、乳製品などの重要品目を関税撤廃の対象から外すよう提案し、平行線をたどった。第5回交渉は4月にも開かれる予定だ。

日豪EPAの特徴


 豪州は、これまで日本がFTA交渉をしてきた相手国のなかで初めての農畜産物輸出大国であり、日本農業に対する影響が非常に大きい。日本の産業界にとって豪州市場はすでに開かれており、日本企業の投資も進んでいる。EPA締結でそれほど大きな付加価値が得られるわけではない。また経済的結びつきばかりではなく安全保障での協力もセットにされている。豪州はすでに米国とFTAを結び、また安全保障条約も結んでいる。日米安保とあわせると日米豪のアジア・太平洋地域における安全保障体制が構築される。さらにASEAN10カ国国のFTAを広げるアジア・太平洋地域におけるアジア共同体構想をめぐって、中国と日本とのヘゲモニー争いの中での政治的カードとして利用される可能性がある。

FTA/EPAの問題点
 日本において、FTAを推進しようとしてきた人びとは共通して「日本は貿易立国であり、途上国への輸出競争で高関税で不利にならないように、多くの国とFTAを結ぶ必要がある」と述べる。また、貿易の自由化が国益にかなうとする考え方に立ち、世界貿易機関(WTO)の交渉が行き詰まりを示していることから、FTAでの交渉を重視し、さらに東アジアの共同体構想を持つに至っている。日本経済団体連合会は06年10月に「経済連携協定の拡大と深化を求める」という提言を出し、その中で、EPAの戦略的意義として「グローバルな事業体制の構築を促進する上で重要な経済インフラであること」、「資源・エネルギー、食料の安定的供給の確保に資すること」を挙げている。そして東アジアに重点を置いた経済連携によって、高付加価値品の関税の撤廃、製造業関連サービスや流通・金融サービスの一層の自由化、投資の自由化、知的財産権の保護、ビジネス環境の整備などを図ることを提言している。
 また経済産業省は、「関税撤廃をきっかけに、効率的な資源の利用によるコストダウンや輸出の増加、輸出製品の生産拡大による経済効果がある。それによる消費者の貯蓄増加など資本と投資増加が経済成長を生む。安い輸入品に対抗するため、国内産業の生産性が向上し、経済成長をもたらす」などと考える。
 これに対し農水省は、「日豪EPAについては、国内農林水産業への影響を十分踏まえ、その体質強化の進捗に留意しつつ、取組みを強化する」という表現で、米、小麦、牛肉などの重要品目が除外または再協議の対象となるように主張する一方、国内農業の担い手の絞り込みを進める構造改革を主張する。
 このように産業セクターの立場によって違いはあるものの、国益を中心とした経済至上主義によるFTAの推進が今日の日本の外交政策の大きな流れとなっている。しかし、南北間格差問題、国内の弱い産業への配慮、環境問題への視点などは弱く、WTO以上に問題の多い弱肉強食の交渉が続いている。

市民はFTA/EPAを懸念する


 これに対して消費者・市民の側では、こうした経済至上主義や国家間の対立構造を疑問視する声が広がりつつあり、それは経済のグローバリゼーションに対する確固とした流れになりつつある。食料の供給の確保という点では、「FTAが各国の農業に対して悪影響を与えている、農業生産者は巨大化したスパーマーケットやアグリビジネスなどによって支配され、農家は契約栽培を強いられるようになり、種子が支配され、遺伝子組換え作物の栽培が広がる」との懸念がアジア各国や豪州のNGOから指摘されている。日本の農家も、日豪FTAに対し、「すでに日本農業は生産物価格の低下や後継者不足などにより危機に直面し、食料自給率もカロリーベースで39%にまで低下している。そのうえ日本の農産物と競合する品目を豪州から関税を引き下げて輸入することは食料自給を脅かす。豪州からの輸入拡大は北海道農業などに壊滅的打撃を与え、地域社会の崩壊を招く」と強く反対している。食の安全の点でも強国の主張する甘い基準がまかり通り、不安が広がる。
 こうした議論に見られるように、FTAは各国の食料主権、安全を脅かしている。それによって消費者は食の安定供給を失うことになる。また、食料輸入大国の日本ばかりでなく、農産物輸出国においても農業は輸出志向型となるため、自国民への食料供給は後回しになり、食の安定供給を失うことになる。さらに、農業の生産基盤が低下すると、環境への影響も危惧されるのである。

日豪EPA交渉対抗アクション


 08年2月25日、全国農民組織連絡会議、日本消費者連盟、フォーラム平和・人権・環境、ふーどアクション21、食生活センター・ビジョン21が主催した集会「日豪FTA/EPA交渉 農産物輸入関税引き下げ反対!生産者・消費者緊急行動」が霞ヶ関で行われた。北海道の生産者を含め200人の参加者は決議文を採択し、その中で「日豪EPA交渉では重要品目を関税撤廃の対象から外すこと、WTO農業交渉にあたっては、食料主権の確保及び農業基盤の維持発展と多面的機能の実現を基本として、上限関税の設定や大幅な関税引き下げ、重要品目の絞り込み、関税割当数量の拡大を阻止する」ことを訴えた。

(注) FTAとは自由貿易協定の略称で、関税撤廃など貿易上の特恵的な待遇を与える仕組みをもつもの。日本政府が多用している経済連携協定(EPA)は、FTAを中心としつつ、投資、貿易円滑化、人の移動などについての幅広い協定を意味している。