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国際人権ひろば No.80(2008年07月発行号)

国際化と人権

課題を解決する新発想-医療通訳における課題解決にむけて

重野 亜久里(しげの あぐり)  多文化共生センターきょうと理事長

「医療通訳」と聞いたとき、どのようなイメージをもつだろうか?


 以前、日本人医療サービス提供者と日本人患者間に通訳が必要であるという議論があった。治療技術に関する情報は専門的なため、わかりやすく説明してくれるコンサルティングサービスとしての医療通訳が必要であると考えられたのである。
 現在、インターネットの「goo辞典」では医療通訳は新語として、「使用する言語の異なる患者と医師の間に立って会話の仲立ちをすること」と説明されており、異なる言語間の通訳を指すものとして定着しつつある。日本人同士でも通訳が必要ならば、ことばや制度の異なる外国人患者の場合は言わずもがなである。

外国人の受診の現状?これまでの「医療通訳」


 医療者に外国人の利用状況についてヒアリングすると「お友だちやお子さんに来てもらっているのでことばの問題はありません」というコメントをよく耳にする。
 これまで、外国人患者1が、医療機関を受診すると、医療者から「ことばのわかる人を連れてきて」と頼まれ、患者が言葉のわかる知人や家族を連れてくることが多かった。しかし、自分の体調が悪い時に、自分のために平日仕事を休んで病院に付き添ってくれる知人を探すのは患者にとっては大きな負担である。また、それが少数言語であればあるほどさらに困難となる。
 通訳を依頼される「知人・家族」にとっては、通訳依頼が集中し、守秘義務や業務の心理的負担、病院の交通費など金銭的負担から、バーンアウトしてしまうことも多い。通訳が子どもの場合、親の病名の告知をしなければならないという心理的負担の問題も存在すると同時にことばが少し話せる「知人・家族」が専門性の高い通訳を行うことへの危険性も大きい。外国人の受診は、このようにさまざまな問題をはらんでいる。

京都における医療通訳の派遣の取り組み


 京都の南部には中国帰国者を中心として中国語を母語とする住民が集住している地域があり、病院を受診したとき、医師の説明が分からない、自分の症状を伝えられないという深刻な言葉の問題があった。ここでは帰国者と台湾人の2名の方が医療から、入管や役所の手続きまで、帰国者のコミュニティにおけるいわゆるコミュニティ通訳として活動していた。2003年に行った医療通訳の実態調査では、二人で1ヶ月間で約100件にものぼる通訳をしていることがわかった。医療分野だけで100件である。行政や教育の通訳も対応していることを考えると彼らがいかに忙しいかお判りのことと思う。こうした現状から、私たちは関係機関に働きかけ2003年より京都市国際交流協会、市内の医療機関、京都市(2004年度より)と協働し、「医療通訳派遣システムモデル事業」をスタートさせた。この事業は、当初1病院、1言語(中国語)での派遣であったが、6年目を迎える現在は、市内4医療機関、3言語(中・英・韓国朝鮮語)で通訳者を派遣している。年間利用は1,500件程度で圧倒的に中国語の利用が多い。
 通訳者は現在、ネイティブを中心に約25名が活動している。少額であるが謝礼と交通費を支払っており、医師の賠償責任保険において、通訳行為の補償をしている。

事業から見えてきた課題


 2008年で事業は6年目を迎えるが、これまでの活動から見えてきたのは経費と人材確保における課題である。医療現場の場合365日24時間の対応が必要であるが、人材不足、経費の面から現在は週3回、外来のみの対応となっている。通訳者へは交通費と謝礼を支払っているが、医療通訳という専門性と責任に対してまだまだ少額である。通訳者の育成には、経験の蓄積が重要であり、一人前の通訳者になるまでに時間がかかる。しかし医療通訳だけでは生活できないため一人前になった時点で就職し活動をやめてしまう人も多い。最近では、通訳者の不足により増加する通訳ニーズに対応できない事態も発生してきた。自治体の経費削減の嵐の中、増えるニーズに事業を回していくので精一杯なのが現状だ。

課題からの新しい発想-多言語医療受付対話支援システムM3(エムキューブ)の開発


 救急患者が病院をたらい回しにされる事件が日本人の間でも大きな問題となっているが、外国人医療においては、ことばが通じないという理由で受け入れを断られる事件が以前から発生している。その中には不幸にも亡くなった事例もある。
 24時間の緊急対応、経費の問題、人材不足、少数言語の対応など、医療通訳における課題は山積だ。
 こうした課題を解決する新しい手法はないだろうか?と模索していたころ、情報通信技術を利用した「異文化コラボレーション」の研究者と出会い、産官学民が協働して研究を行う言語グリッドプロジェクト2に参加した。ここで、和歌山大学や京都大学、(独)情報通信研究機構と共に、通訳者が対応できなかった緊急対応、24時間の対応、少数言語の対応を行うことのできる多言語医療受付対話支援システムM3(エムキューブ)の開発を開始することになった。

 このシステムは、医療機関の受付(病院)において、日本語のサポートを必要とする外国人と医療者とのコミュニケーションをサポートするものである。問診・受付手続きのサポート、医療者との会話を多言語(中国語・韓国朝鮮語・ポルトガル語・英語・日本語)で行うことができる(現在診察室でのコミュニケーションには非対応)。現在M3は京都市立病院の窓口に設置されており、2008年度には京都大学医学部附属病院に設置される予定である。

ボランティアが関わるサポートのフィールドづくり



・TackPad 多言語医療用例収集システム
 間違いの許されない医療の分野ではあるが、少数精鋭のみで今後の医療通訳をサポートしていくには限界がある。医療通訳の裾野を広げ、多くの人の手によって少しずつサポートしていく仕組みも必要であると考えた。そこで昨年から新たに「医療用例収集システムTackPad」の開発も始めた。TackPadは、医療現場での多言語コミュニケーションを必要とする医療関係者、外国人患者、医療通訳者の支援を目的にそれぞれが必要な医療用例辞書を協創していくオープンコンテントのシステムである。インターネットを介しているため、場所や状況を選ぶことなく活動に参加することができる。
 少しイメージしにくいかもしれないがWikipediaというインターネットの百科事典を利用された事があるだろうか?Wikipediaでは誰でもが情報を入力し、辞書づくりに参加できる。当初はその正確性が議論されたがより多くの人が参加することでより正確、より新しい情報が蓄積されるようになり、今や既存の百科事典よりも多くの分野で高い評価を受けている。
 「医療用例収集システムTackPad」はWikipediaの多言語医療用例・用語バージョンだと思っていただくとよいと思う。ことばや医療について興味のある人、医療現場で言葉の問題を感じている人たちが、自分たちが必要だと思う用語や用例をお互いに提案・修正しあいながら、多言語の医療用例を創っていくものである。単に辞書をつくるだけではなく、同じ問題意識や課題をもった人同士がこのサイトで出会い、情報交換、交流できる場を提供したいと考えている。将来的には、インターネットの強みを生かし、日本国内にとどまらず、地球規模のネットワークに成長していけばと考えている。

 外国人医療における課題は多い。もちろん、今後も医療通訳の課題に正面から切り込んでいくつもりではあるが、M3やTackPadの開発を通じて、新しいパートナーと(今まで組んだことのない人や団体)新しい手法に取り組むことも一つの課題解決法であると感じている。外国人支援NPO業界を「金太郎飴」と称した友人がいるが、「いつも同じメンバーが、同じ課題に悩んでいる」そういった閉塞感があった。今回、異分野の異業種の人や団体と協働することで、今まで見えてこなかった新しい可能性や発見があったように思う。
 まだ、M3もTackPadも開発段階のシステムではあるが、是非多くの皆さんに私たちの活動に参加していただけたら幸いである。

1. 「在日外国人利用におけるコミュニケーションギャップの現状調査と改善策の研究」平成16年3月KDDI総研 村木茂弘
   コミュニケーションギャップのある患者は1日36,444人という推計値が出されている。国籍別では中国を筆頭にブラジル、フィリピンと続いている。

2. 言語グリッドプロジェクトは,言語グリッドの利用・高度化を目的として,産官学民((独)情報通信研究機構、大学、企業の研究者とNPO)の協働による参加型の研究開発をおこなっている。当研究は今年度より総務省SCOPE(戦略的情報通信研究開発推進制度)で採択され開発をさらに進めている。