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国際人権ひろば No.80(2008年07月発行号)
国連ウオッチ
国連人権理事会で日本の人権審査
白石 理 (しらいし おさむ) ヒューライツ大阪所長
はじめに
人権理事会の普遍的定期審査(Universal Periodic Review 略して UPRといわれる)で日本に順番が回ってきた。作業部会第2会期(2008年5月5日から16日まで)中の5月9日午後、日本が審査を受けた。筆者は、ジュネーブの国連会議場があるパレデナシオンでこの審査を傍聴した。
普遍的定期審査(Universal Periodic Review -UPR)について
普遍的定期審査(Universal Periodic Review -UPR)といっても知る読者は多くはないであろう。簡単に説明したい。
2006年6月に始まった人権理事会は、旧人権委員会にはなかった普遍的定期審査制度(UPR)を設けることにした。それまで、ともすれば政治的な駆け引きによって、人権委員会による人権侵害調査を受けることなくまるで人権優等国のように振舞ってきた国と、多数の国の支持を得られないために調査の対象とされた国とがあり、これは不公平であるという批判が背景にあった。UPRは、国連加盟国192カ国すべての人権の実施状況を、それぞれの国ごとに4年に1度、公平に、また客観的に審査しようというものである。客観的かつ信頼性のある情報に基づき、審査を受ける国との対話と協力によって、その国のまじめな関与をはかるという。その目的は、問題のある国を非難することではなく、人権状況の改善をめざして、人権の保障義務が果たせるよう国の力をつけることを目指すものであるとされる。これはあくまでも建前である。
日本の人権実施状況審査
日本の人権実施状況審査では、日本政府からの報告書
1と人権高等弁務官事務所が準備した2つの文書、すなわち、国連の公式文書から日本に関連するものをまとめたもの
2と、人権関係団体からの情報をまとめたもの
3 が配られた。
作業部会では、まず日本政府代表が、政府報告書の一般的説明をし、その後、前もって出されていた質問に答える形で政府見解がのべられた。質問を前もって出す国は、それだけ日本の人権事情に関心を持ち、情報を持っていたということであろう。拷問等禁止条約の選択議定書(拘禁施設の視察)の批准、子どもの奪取に関するハーグ条約、親の責任と子供保護に関する管轄、法適用、などに関する条約に加盟するか否か、人権教育、外国人の人権、新たな国内人権機関創設を盛り込んだ人権立法、人種差別、民族差別のない社会実現、性差による差別のない平等な社会実現、拘禁者の処遇、警察留置制度、代用監獄制度、服役者の取扱、死刑制度廃止と執行停止の拒否、裁判員制度、UPRのための政府報告書作成に市民や団体からインターネットによる意見聴取。このように、多岐にわたる応答が政府代表からあった。同様の質問とこれに関連する勧告が「対話」のなかでも繰り返された。
「対話」では、42カ国が発言をしたが、そのなかで、ハンセン病元患者の人権、公務員の人権教育、人身売買防止、女性と子どもに対する暴力防止、開発と社会経済分野での日本の国際協力について、政府の努力をよくやっていると評価する発言があった。
多くの国の代表は、質問と、批判そして勧告を織り交ぜて発言をしたが、これらは、ジブチ、フランス、インドネシアの3理事国からなる「報告者(トロイカとよばれる)」によって26の勧告として整理された
4。2008年6月12日、人権理事会第8会期でこの報告書が取り上げられた。日本政府代表が、作業部会報告書の勧告について発言をしたあと、インドネシア、マレーシア、タイ、フィリピン、朝鮮民主主義人民共和国、NGO 4団体の発言があった。作業部会報告書は、UPRの最終結果として採択された
5。
取り上げられた人権課題と勧告
発言国が出した勧告を筆者は大まかに以下のようにまとめてみた。
1.いくつかの人権条約あるいはその選択議定書で定められた人権侵害個人通報制度を受諾すべきである。
2.パリ原則に則った独立性を保証された国内人権機関をつくるべきである。
3.死刑制度の存在、死刑判決、執行がおこなわれていることにかんがみ、死刑廃止や執行停止(モラトリアム)を積極的にすすめるべきである。
4.刑事拘禁、拘留、尋問の実態は拷問等禁止条約に抵触する可能性があり、改めるべきである。代用監獄制度の見直しと尋問の可視化をすすめるべきである。
5.差別と外国人嫌悪を定義し、非差別と平等の原則に基づく差別禁止立法を求める。
6.女性に対する差別的法規定をはじめ、女性差別に対処する措置をすべきである。
7.国連の人権機関による勧告が誠実に実施されていない。なかでも、自由権規約委員会や拷問禁止委員会の勧告、第二次世界大戦中日本軍のもとで引き起こされた「慰安婦」問題解決に向けての特別報告者の勧告を真摯に受けとめ、実施すべきである。
8.先住民族の権利宣言に則った先住民族としての権利を認めるべきである。
9.難民認定手続と入国管理センターでの収容者取り扱いの実態を人権規準に沿ったものにすべきである。第三者機関の設置や、モニター制度をつくるべきである。
10.人権理事会の特別手続制度のもとでの訪問調査に対して自動的受け入れを表明すべきである。
11.UPRのプロセスに市民団体の実質的参加を求める。
6月12日の人権理事会全体会議で日本政府は勧告に対する見解を述べた。1.については、主な人権条約についてはほとんど批准を終わっていると述べ、2.については、2002年の国会での廃案に言及した。3.については、はっきりと考慮の余地がないとした。4.については、慎重に検討が必要とした。5. については、すでに憲法で平等が保証されていると述べた。8.については、アイヌが先住民族であることを認めるという国会の決議に言及した。10.については、すべての特別手続に協力する用意があると述べた。いずれにしても、勧告によってこれまでの日本政府の見解が変わるということはなかった。
UPR審査の現実
まず日本政府の提出した報告書については、その大部分は、法制度、組織、政策、方針、計画などの一般的説明に流れており、人権義務履行の現状、実態が見えにくい。報告書準備のための指針が求める、「成果」とともに「課題と困難」など問題点の率直な記述は、人権に関わる市民団体の積極的な参加がなければ難しい。団体と市民の意見を日本政府報告書は、インターネットにより聴取したというが、それは報告書作成のための「幅広い協議」とは言えない。
つぎに、発言した国の多くが同じ問題に触れた。死刑制度とそれに関連する問題、代用監獄制度など犯罪被疑者拘留とその他の刑事司法に関わる問題である。これは、日本が先進国の中でもアメリカと並んで死刑を執行している国として、特にヨーロッパやラテンアメリカ諸国が懸念を示していることによるが、強力なロビー活動があったことも効を奏したとみるべきであろう。また、差別問題や第二次世界大戦中の「慰安婦」に関する日本政府の責任問題についても、ロビー活動があり、それぞれ勧告に反映された。
日本政府報告書では触れられていない経済的、社会的、文化的権利について、NGOからの情報をまとめた文書にある問題が、その人権状況の深刻さにもかかわらず、どの政府発言でもとりあげられることはなかった。ロビー活動をするグループがいなかったということがその一因であるにしても、作業部会の主役である理事国側の勉強不足ではなかったか。
日本政府は、作業部会での審査に対応するために、担当省庁の専門官を出席させた。人権課題に関して質問や勧告があると、それに応えるという対話形式で審査が進められたが、あまりにも日本側の立場や政策を説明することに固執し、異なる意見、論点、勧告に開いた対応ができなかったように思われた。死刑制度に対する批判や死刑の執行停止の勧告に対する「反論」には、日本としてはこの件に関して再考の余地はないという印象を作業部会参加者に与えたようである。これは人権理事会の全体会議でも繰り返された。
おわりに
普遍的定期審査(UPR)は2008年4月に始まった、まったく新しい制度である。この制度は、今はまだ試行錯誤しているようである。人権理事会の理事国による審査が審査対象国との「対話と協力」を原則するということを言い訳にして、人権を尊重していない国同士が互いに庇い合っているという批判もあるが、1980年代に生まれたテーマ別の特別報告者その他の特別手続といわれる制度が、25年が過ぎた今、ようやく認められてきたことを見ても、もうしばらくの時間の猶予を見たい。
1 A/HRC/WG.6/2/JPN/1(2008年4月18日)http://www.ohchr.org/EN/HRBodies/UPR%5CPAGES%5CJPSession2.aspx 仮訳はhttp://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken_r/pdfs/upr_sh0803.pdf
2 A/HRC/WG.6/2/JPN/2(2008年4月8日) http://daccessdds.un.org/doc/UNDOC/GEN/G08/126/06/PDF/G0812606.pdf?OpenElement
3 A/HRC/WG.6/2/JPN/3 (2008年4月3日)
http://www.ohchr.org/EN/HRBodies/UPR%5CPAGES%5CJPSession2.aspx
4A/HRC/8/44/(2008年5月30日)http://lib.ohchr.org/HRBodies/UPR/Documents/Session2/JP/A_HRC_8_44_Japan_E.pdf
5 http://www.unog.ch/unog/website/news_media.nsf/(httpNewsByYear_en)/
B7DB8BAB8C741175C1257466004CA272?OpenDocument(英文プレスレリース)