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国際人権ひろば No.81(2008年09月発行号)

特集・世界人権宣言60周年によせて Part 6

「人権」との出会いと児童労働

岩附 由香(いわつき ゆか) 
特定非営利活動法人ACE (エース) 代表

「人権」は煙たがられている?


 NGOや研究者ではない人たち、特に若い人たちにとって、「人権」という言葉にはなんとなく「けむたい」感じがつきまとうのではないだろうか。そこで本稿では、「人権」については全くの素人の立場から、児童労働問題に関わるNGO活動を通じて、「人権」、「子どもの権利」という概念とどのように出会い、理解してきたかのプロセスを紹介し、若い世代の方々にも関心を持っていただければという想いで書かせていただくことになった。


児童労働問題との出会い


 児童労働という問題に私が出会ったのは大学生の時だった。アメリカ横断旅行の途中にメキシコの国境を越え入ったティファナという町で、信号待ちをしていると、私のヨコから紙コップを持ったほそい腕がにょきっと出てきた。幼い兄弟が二人して、観光客を目当てに、物乞いをしているのだ。「ディネロ」、つまり、お金をくれという。困惑しつつあたりを見渡すと、その2人の母親らしき人が道端にいたが、ぼーっと空を見つめていた。「なんでこんなことを子どもにさせるんだろう」、私の困惑はこの無気力な母親への怒りとなった。そしてこの現実にショックを受けた。
 ああ、あれは児童労働だったのだと気づいたのはその1年後だった。レポートを書くために読んでいた2冊の本の一方には、タイで開かれた国際会議で2000年までにすべての子どもが教育を受けられるようにしようという宣言(Education For All:万人のための教育)が採択され、多くの国が賛成したとある。もう一方には、タイの農村からの労働移動がテーマで、その中には14歳以下の子どもたちも含まれており、子どもが学校に行かず、働いている現状があることが述べられている。この理想と現実の乖離は、一体なんなんだろう。なぜ子どもが働かなくてはならないのか?子どもは教育を受けるべきではないのか?この現実と理想のギャップに気づき、世界は私が思っていたほどうまくいっていないのだということを、遅ればせながら学んだのである。そしてそれは翻って、世界の中での自分の立ち位置を省みることにもなった。自分は有り余るほどの教育を受けてきたが、その与えられた機会は果たして十分に活かすことができたのか?生まれた国や地域が違うだけで、このような機会の不平等があっていいのだろうか?と。今思えば、これが「世界人権宣言」を含め、様々な宣言や条約が目指す社会像と、現実のギャップだが、この時はまだこれが「人権」なのだという理解にはいたっていなかった。


「人権」意識はいかに生まれるのか


 そもそも、「人権」や「権利」という概念を、私たちはどこでどう学び、身につけるのだろうか。私が「人権」について意識を持ち始めたのは、当時大阪にあった国際子ども権利センターというNGOとの出会いがきっかけだった。ここでインドの児童労働のプロジェクトや、子どもの権利の学習会で、特に参加型のワークショップを通じて得た経験は今でもその時受けた軽いショックのような感覚と共に思い出すことができる。例えば、自分の子ども時代の権利が守られていたかについて、1?100の数字で表し、その順番に並んでみる、というワークをやった時。ひとりひとり点数となぜその点数なのかをいわなければならない。はて、自分の子ども時代を振り返り、特に不満もなく幸せに育ったような気がした私は比較的高い点数をつけた。それでは私より点数を低くつけた人たちがみな悲惨な子ども時代を送ったのかと話を聞いてみると、そうでもないようだ。子どもの権利の中でも、プライバシーが守られるとか、意見を聴いてもらえるとか、そういう権利があって、権利意識が高い人は、自分の子ども時代を振り返って満たされない部分があったことに気づいているのだ、ということを知った。そういう人たちの話を聞くうちに、そういえば、自分にも話を聞いてもらえなかったことがあったな、などと具体的な事象を思い出したりして、「権利」の意識に目覚めている人たちと、そうではない自分の差を感じた。つまり、子どもの権利条約を知っているからこそ、自分の権利が満たされているかどうかを判断できるのである。
 さらに、大阪にいる間に思ってもいなかった数々の事件に遭遇し、「人権」というものについて、理論を飛び越して実践する場面に直面せざるを得ない状況が生まれた。「人権」がこんなに普段の生活に関係があるものだと知らなかった、というのが正直な感想だった。「人権」は空気みたいなもので、自分のまわりにあると気づかないが、なくなると息苦しくなって初めてその重要性に気づくものなのかもしれない。


子どもの権利条約から学んだこと


 私たち自身は「人権」たるものを何となく理解しているが、権利侵害の状況にある人たち、とりわけ児童労働者の子どもたちは、権利という概念も定義も知らないまま一生を過ごすこともある。インドの路上で働き生活する子どもたちにインタビューしたときに、「日本の子どもは何をして働いているの?」と問いかけられた。彼らにとって、働くことは当たり前であり、それこそが彼らの人生であり、世界観であることを知った。児童労働から救出された子どもの中にはやはり「自分には、学校に行く権利などないのだと思っていた」というように、自分自身の有する権利を知らず、またそれを擁護できる環境がなく、自らの宿命を受けいれて生活する子どもたちもいる。
 私が子どもの権利条約で一番大切だと思っているコンセプトは、子どもが生まれながらにして権利を有するということだ。大人は子どもの面倒をみる立場で、子どもに権利を与えているという意識があるかもしれないが、子ども自身が生まれながらに権利を持っている、存在するだけで権利があるということを高らかに謳っていることが、「世界人権宣言」にも通ずる、根本的な考え方だと思う。子どもの権利は大きく分けて生きる権利、育つ権利、守られる権利、参加する権利という基本的な人権を保障しており、中でも教育を受ける権利、経済的搾取から保護される権利など、児童労働問題には多くの条約の不履行が関わっている。
 実際に、この子どもの権利を知って、使うことによりエンパワーされていく子どもたちもいる。私が出会ったインドの活動家の子どもたちはみな、自分たちの権利を知り、それを他の子どもたちにも伝えようと立ち上がることで、自分自身が様々な機会を得ながらエンパワーされてきた子どもたちだった。


人権とは...つきつめていえばつまり?


 「世界にひとつだけの花」という歌がある。SMAPが歌って大ヒットしたが作詞作曲はシンガーソングライターの槇原敬之さんだ。「No.1にならなくてもいい もともと特別なオンリーワン」「ぼくらは世界にひとつだけの花 ひとりひとり違う種を持ち その花を咲かせることだけに 一生懸命になればいい」という歌詞を聞いたり歌ったりするうちに、この歌は人権の歌だ、と思うようになった。人権が守られた状態とは、この歌がいうように、人がそれぞれその人らしくのびのびと生きられる状況なのではないだろうか。それを実現するために、私は児童労働問題に取り組んでいる。特に子ども時代に自分の種がどんなものか、どんな花をつけられるのかを知らなければ、花を咲かせることができないからだ。そして児童労働問題は途上国だけの問題ではない。私たち自身が途上国で児童労働によって作られているものを使っている限り児童労働はなくならないし、また日本国内にだって外国籍の子どもたちの教育や労働の問題が指摘されている。ACEでは児童労働の撤廃・予防を目指し、国際協力とアドボカシーを通じて、市民と共に行動しながら問題に取り組んでいる。今後も、ACEの活動を通じて、世界人権宣言でうたわれている社会の実現に少しでも近づけていきたい。特に子どもたちが社会的に弱い立場におかれ、選挙権も無く、声を聞いてもらいづらい状況を考えれば、子どもの権利にのっとり子どもにやさしい社会を作ることで、すべての人にやさしい、人権が守られる社会が実現できると思う。

ACE(Action against Child Exploitation)
URL:http://www.acejapan.org/