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国際人権ひろば No.83(2009年01月発行号)

国際化と人権

自由権規約委員会第5回日本報告書審査と最終見解 日本の人権課題を改善するための勧告を受けて

原 由利子(はら ゆりこ) 反差別国際運動(IMADR)事務局長

 2008年10月15、16日、スイス・ジュネーブの国連欧州本部で国連の自由権規約委員会による第5回日本報告書審査が10年ぶりに行なわれ、同30日には審査に基づく「最終見解/総括所見」(Concluding Observations、CCPR/C/JPN/CO/5)が発表された。その中で同委員会は、日本政府に対し、29項目にわたる広範かつ重要な勧告を提示した。
 自由権規約は社会権規約とあわせて国際人権規約と呼ばれ、世界人権宣言を条約にしたもので、国際人権条約の中核をなす重要な条約である1。また、自由権規約は、市民的および政治的権利に関する国際規約との名称が示すように、多岐にわたる重要な権利2を規定している。
 この審査にあたっては、IMADRは国際人権NGOネットワークの枠組みで事前に連続学習会を開催する他、NGO向けのアンケートを実施し、共同で委員会に情報提供を行ない、審査が行われたジュネーブでも積極的に委員会への情報提供を行なった。ここでは、マイノリティの権利に若干重点を置き、審査と日本への勧告を概観し、今後の課題を考えたい。

アイ・アム・イノセント―私は無罪です


 今回の審査の一つの特徴は、冤罪とされる複数の事件の当事者が、日本の刑事司法制度の欠陥と無実を訴えるためジュネーブでの審査過程に参加し、委員会に直接主張を訴えたことだ。狭山事件3で冤罪を被っている石川一雄さんは、被差別部落への見込み捜査で別件逮捕され自白を強要され、今も仮出獄の身で、今回1回限りのパスポートを取得して審査に臨んだ。審査前に行われた委員へのブリーフィングで、石川さんは英語も交えて発言し、無実の罪で32年間の獄中生活を強いられたこと、事件発生から45年を過ぎてなお、自分が生きているうちに冤罪を晴らしたいと必死に無実を訴え続けていること、狭山事件に関する多くの証拠物件が存在しながら検察が開示してこなかったことなどを自分の言葉で語り、日本政府に対し証拠開示に関する勧告をするよう委員に訴えた。

進展のない報告に議論がかみ合わない日本報告書審査


 審査は、日本報告書をうけて委員会から事前に提示された「質問リスト」に対し日本政府が回答し、それをもとにさらに質疑応答がなされる、という形態で進められた。28名の政府代表団が、18名の専門家委員の集まりである委員会からの質問に答え、NGOの約60名がその内容を同時通訳を通じて傍聴した。
 多くの質問や指摘事項に関して、日本政府が10年前の前回審査と同じ回答を繰り返していること、また、条約の実施にあたっての進展と障がいを述べるべき場において、国内法制度は適正である旨の説明に終始していることに対して、多くの委員から鋭い批判と不満がぶつけられた。
 「ここでの審査をやり過ごせば、後は国に戻ってそのままやろうという気なら、お互いのために時間の無駄だからやめたほうがいい」。これは、日本政府の審査に対する根本的な姿勢を問う委員からの象徴的な一言である。
 具体的には、死刑制度に関しては、世論調査の結果を根拠に、「死刑を廃止することは適当ではない」という立場を維持し勧告を受け入れない日本政府の立場に、厳しい批判が集中した。
 また刑事拘禁制度や取調べの可視化など、刑事司法制度が一つの大きな焦点となった。捜査取調べが警察の身柄拘束下で行われ、自白強要や冤罪の温床となっている代用監獄の問題4に関しても、前回審査の勧告は顧みられず、逆に警察による取調べの意義を説く日本政府に対し、「司法の役割への介入で、規約第14条への誤解を明らかにするものである」という非常に厳しい指摘がなされた。石川さんが主張された証拠開示に関しても、無罪を証明する証拠を適切なタイミングで弁護側に開示する義務は絶対のものと指摘された。
 国内人権機関の設置に関しては、10年前の審査と勧告の他、各条約審査の度に繰り返し、独立性などを定めたパリ原則に合致した国内人権機関を設置するよう勧告が重ねられてきたが進展がなく、これでは議論が進展しないという懸念が委員から示された。
 差別やマイノリティの権利に関しては、日本軍「慰安婦」問題、人身売買、外国人研修生制度、難民申請者への対応、婚外子差別、性的指向に基づく差別、在日無年金問題、朝鮮学校に対する制度的差別、アイヌ民族および琉球・沖縄の人びとの先住民族としての権利、部落差別、中国帰国者の人権状況などが広く議論にのぼった。それぞれに関し、日本における状況に関して委員から質問や指摘がなされ、その多くは後述の最終見解に反映されている。

日本の人権状況を改善するための勧告-最終見解とその評価


 審査を経て10月30日に発表された「最終見解」の「主要な懸念事項と勧告」は日本の人権状況を改善するための勧告で29項目に渡る。
 まず冒頭、今回および過去の最終見解で採択した勧告を実施すべきと勧告されている。部落差別を終結させるための措置をとることなど、前回勧告され今回の勧告には入らなかったことも、引き続き生きた勧告となることを留意したい。
 日本の人権状況を改善するための制度的な措置として、特に注目すべき勧告は3点。1)国際的な人権救済措置である個人通報制度を可能にする第一選択議定書の批准。2)政府から独立し、独立の調査・査察権限、財政的・人的基盤を有する実効的な国内人権救済機関の設置。3)裁判官・検察官・弁護士に対する国際人権法教育、である。2008年5月に行われた日本の普遍的定期審査でも、他の人権条約の審査でも繰り返し勧告されてきた共通勧告である。また、「公共の福祉」の概念を定義し、規約が許容する制限を超えないよう法律を制定することも勧告された。
 外国人やマイノリティの権利に関しては、外国人研修生制度の改善、難民申請者への対応を改善し、政府から独立した不服申し立て機関を設置すること、外国人、主に在日コリアンが国民年金から差別的に排除されないよう経過的措置を講じること、朝鮮学校に対する平等な扱い(補助金、寄付への課税、卒業生の大学入学資格)を確保すること、アイヌ民族と琉球/沖縄の人びとを国内法下で先住民族であると認め、文化遺産と生活様式を保護・促進する特別措置を講じ、土地権を認め、子どもたちが自らの文化・言語・歴史に関する教育を受けられるよう確保することなどが勧告された。ほとんどの事項が前回審査の勧告で取り上げられなかったことを考えると、大きな進展である。
 その一方で、審議のなかで扱われながら、最終見解に盛り込まれなかった重要な問題もある。例えば、質問リストにおいて問われていた、差別を包括的に禁止する法の不在については、日本政府の「国内法で対応可能」という返答があったのみで十分な議論が及ばず、結果的に最終見解で扱われていない。現実には、私人間における差別を禁止する包括的な法令はなく、解決されていない深刻な問題となっている5
 また、部落差別に関しては、前回審査の勧告や今回の審議でも言及がなされながら、今回勧告に至らなかった。生活、教育、労働等の実態面での格差やその悪化、部落問題理解の後退、インターネットを含めた悪質な差別事件の多発などの問題が、最近の調査でも確認されており、差別を終結させるための施策が必要である。
 ジェンダーに基づく差別・暴力については、日本軍「慰安婦」制度、民法における差別的規定、政治参加における男女不平等、労働における女性差別、レイプその他の性暴力、ドメスティック・バイオレンス、人身売買、性的マイノリティに対する差別と、広範な課題に関して具体的な勧告が出された。日本軍「慰安婦」の問題は今回はじめて取り上げられ、他の事項も前回審査での勧告はなく、この分野での勧告が一気に増え、内容も詳細にわたっていることを評価したい。ただ、前回は、障がいを持つ女性の強制不妊の廃止補償を受ける権利について必要な法的措置をとることが勧告されたが、進展がないにも関わらず、今回は言及されていないため、今回の勧告と同様に、実現が求められる。また、子どもの権利に関しては、性的同意年齢を引き上げること、法律から婚外子差別規定を削除すること、が勧告された。
 死刑制度に関しては、廃止の積極的検討の他、死刑執行の人道的考慮、死刑判決を受けた人への再審・恩赦・減刑・死刑執行猶予の権限の提供、死刑囚を独房に監禁する規則の緩和も勧告された。
 刑事司法の中でも取調べや拘束に関わる分野では、代用監獄の廃止、取調べ時間の制限、弁護人の立会い、逮捕時からの国選弁護人制度の採用、起訴前保釈制度の導入、すべての警察記録へのアクセス権(証拠開示)、取調べの録画、自白ではなく科学的証拠への依拠の奨励、刑事施設・留置施設視察委員会のすべての情報への完全なアクセスと任命の独立性などが勧告された。証拠開示では、石川さんの主張が含まれたことになる。
 また、選挙運動規制から表現の自由などの不合理な制裁措置を撤廃することも勧告された。
 なお委員会は、死刑制度と死刑確定者の処遇の問題、代用監獄、取調べの全面可視化などの4項目については、1年以内にフォローアップ情報を報告することを求めている。また、今回出された勧告や規約の実施状況の次回(弟6回)報告期限を、2011年10月22日に設定し、日本政府が今回の最終見解を、国内に周知徹底する努力を強く求めている。

条約の誠実な履行にむけて


 2008年11月18日、超党派の国会議員主催の形で、最終見解に関する国会議員、政府、NGO意見交換会が開催された。委員会の勧告を受けての対応に関して、参加した国会議員やNGOから関連の省庁に対応方針などが質問された。
 各省庁の反応は、「条約の誠実な履行」とはほど遠く、むしろ委員会の判断に挑戦的なものだった。特に、委員会が撤廃への努力を強調した死刑制度・代用監獄制度に関しては、「撤廃を検討する予定はない」などとし、実質的に勧告の履行を検討すらせず拒否する態度を示している。また、差別問題に関するものを含め、提示された多くの具体的な質問への回答が、審査プロセスの初めに提出した報告書と同じ内容の繰り返しで回答ではなかった。「何のための意見交換か」、参加した議員やNGOはそうつぶやかざるを得なかった。
 政府と委員会、政府とNGOの見解や主張に違いがあるのは当然だが、建設的な対話すら成り立たない状態は、機能不全で危機である。
 IMADRは、これまで特に差別の問題やマイノリティの権利という点から各条約審査の過程に関与し、条約によっては報告書審査の過程でNGOが効果的に情報提供や働きかけができるようネットワークの調整機能を担ってきた。その経験からいえることは、少なくとも私がいくつかの条約審査の過程に関わってきた8年間を見ても、「政府」と「NGO」、「政府」と「委員会」の関係が、建設的な対話と協働で日本の人権状況を改善する、本来あるべき関係になっていないということだ。
 NGOだけが条約の履行を監視し評価する現状に限界を感じている。この現状を打開するには、条約の履行を監視し評価するしくみを作る必要があるだろう。ノルウェーでは、NGOや人権専門家を擁する人権諮問委員会が、政府の作成した報告書案にコメントする権限を与えられている。また、各国に設置されている国内人権機関においても、報告書作成への関与が主要な権限のひとつとされていることが多い。その意味からも、やはり前述の共通勧告である国内人権機関の設置は不可欠である。そして、その流れをつくっていくのは、地道であっても「これは何とかする必要がある」と感じる人(とりわけ人や仕組み作りに大きな影響を与えうる議員やメディアに従事する人びと)の輪を広げていくことに違いない。

<注>
1. 両条約は1966年に採択され、1976年に発効し、日本は1979年に加入した。
2. 生命に対する権利、拷問・奴隷の禁止、身体の自由、移動の自由、公正な裁判を受ける権利、プライバシーに対する権利、思想・宗教の自由、表現の自由、家族の保護、子どもの権利、政治的権利、法の下の平等、マイノリティの権利など
3. 1963年に埼玉県狭山市で起きた女子高校生誘拐殺人事件。警察が犯人を取り逃がし、プライバシーその後見込み捜査で石川さんを別件逮捕。
4. 代用監獄制度とは、警察に逮捕された被疑者が、本来は法務省が管理する拘置所に移されるところを、拘置所の不足や捜査の利便性のため、警察の留置所が拘置所の代用として使用されていること。自白獲得のための長時間の取調べが連日にわたって行われ、人権の侵害、虚偽の自白の誘発、ひいては冤罪の原因となっているとの批判が古くからなされてきた。
5. 差別を禁止する法がないため、雇用、住宅入居や商店への入店、婚姻などの分野で、人種や民族、世系などを理由とする差別が生じやすい状態にある。裁判所が、私人による差別を不法行為と認め損害賠償を命じる例はあるが、あくまで事後救済であり差別の発生防止の効果は薄く、また時間と費用が必要な手段で活用が難しい。さらに、名誉棄損や侮辱罪は個人に対する言説にのみ適用され、特定のマイノリティ集団等に対する差別的発言に関しては適用されない。