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国際人権ひろば No.84(2009年03月発行号)

国際化と人権

放置される外国人学校-岐路に立つ在日外国人の子どもの教育

金 光敏(キム クァンミン)
特定非営利活動法人 コリアNGOセンター事務局長

金融危機と外国人労働者


 派遣労働者に対する首切りが社会問題化している。不況を理由とした労働者の大量解雇は、共助社会への期待をもろくも消し、過当競争社会へと日本が変化したことを証明した。突然の解雇とともに社員寮までも退去させられる労働者の境遇を自己責任とする社会に変化したのである。
 2008年9月から10月にかけて、私たち外国人支援NGOは、ネットワークのメーリングリストに「大量首切り」の予兆とも言える情報をキャッチしていた。ブラジル人などの集団失業を知らせる情報だった。9月や10月といえば、アメリカ発の未曾有の金融危機が起きた前後だ。そのころ日本政府は、国内への影響を予測しきれていなかった。労働者の解雇もまだ大きく表面化していなかった。
 ただ、すでに私たちの外国人支援ネットワークから、東海地方や北関東地方などでブラジル学校から子どもたちが減り始め、その背景に在日ブラジル人の集団的な失業があるという情報が発信されはじめていた。私たちは、企業は間違いなく「切りやすい」ところから着実に労働者を「切っている」との認識があった。

外国人学校の現状


 2008年11月22日から24日にかけて大阪市で「多民族共生教育フォーラム2008大阪」を開催した。この「フォーラム」は、全国の外国人支援NGOや法律家、研究者などが一堂に会し、遅々として進まない外国人の子どもの教育環境の改善に向け議論し、とりわけ緊急課題として外国人学校の制度的保障について、国会や行政へ政策提案を行うことを目的に2005年から始まった。2005年と2006年は、全国の外国人学校関係者らが相互に出会い、課題を共有することに力点が置かれ、2007年と2008年は集中的に外国人学校の処遇改善に向けた政策討議を行った。
 2007年に東京で行われた「フォーラム」では、初めて与野党の国会議員がシンポジウムのパネリストとして登場した。そこで外国人学校に対する交通機関の学生割引適用、指定寄付金の免税措置について討議した。パネリストとして登壇した公明党の山下栄一参議院議員は、「フォーラム」への出演をきっかけに、さっそく与党議員による「外国人学校及び外国人子弟の教育を支援する議員の会」を発足させ、自らも幹事長に就いた。また、民主党の水岡俊一参議院議員も、党内に「外国人の子どもの教育の充実をめざす研究会」を発足させ、当事者からのヒアリング、現場視察なども行った。
 2008年、与党の議連が外国人学校支援法制の整備や指定寄付金の税制控除問題などについて関係大臣に申し入れも行い、国政で外国人学校の処遇について取り上げられる機会が増えるようになってきた。
 大阪で行われた「フォーラム」では、与野党の国会議員の他に、ブラジル学校支援に取り組む三井物産CSR推進部の柴崎敏男シニア・フィランソロピー・スペシャリスト、そして外国人住民と直接向き合う地方行政の立場から京都市の山崎一樹副市長がパネリストを務めた。同時に、主催者側の立場を代表して小島祥美愛知淑徳大学教員、そして私がパネリストに加わった。そこでは、これまでの議論の積み上げの上に、新しく外国人学校の学校保健についても提起を行った。
 外国人学校は現在全国で210校を超え、その半分がブラジル学校、3分の1が朝鮮学校、欧米系学校、ペルー学校、中華学校などが続く。外国人学校の形態や規模はそれぞれ多様だが、ブラジル、ペルー出身の子どもたちが出身国や父母との文化的同質性を高めるために必要な人権としての教育を保障する大切な機関であることに違いない。
 一方、公立学校における外国人の子どもの受入態勢が整わず学習遅延に陥ったり、日本人の子どもたちの人権教育の不足によって厳しい差別に苦しんだ結果、外国人学校に移ってきた子どもたちも決して少なくない。外国人の子どもにとって外国人学校は、公教育の不十分さから来た瀬戸際のセーフティネットの役割を果たしていることを忘れてはならない。
 そのような外国人学校の役割について正しい理解や評価がなされていない。例えば、日本の公教育に準じた教育を行っている朝鮮学校や中華学校などを、自動車教習所や技能教室と同列の「各種学校」としてしか処遇せず、インターナショナルスクールには指定寄付金の免税措置がとられている反面、朝鮮学校や中華学校は除外されている。また、文部科学省によって朝鮮学校の卒業生はいまだ国立大学の入学資格すら認められていない。
 また、日本の国内では未認可校ではあるものの、本国政府からは認可を受け普通教育を体系的に実施しているブラジル学校などが「私塾」扱いされ、経済不況で困難に陥っているブラジル学校の支援を検討した自治体に、憲法89条(公の財産の支出又は利用の制限)に抵触するとして国が待ったをかける事実も発覚した。
 学校の処遇の差異は問わず、学校保健や公衆衛生の情報提供も皆無に近い。健康診断に関わる公的支援も滋賀県大津市などの一部を除き他では何の支援もない。そもそも「学校教育法」や「学校保健法」などの教育関連法は、外国人学校の存在を想定していない。学校保健で言えば、外国人学校の法的処遇の遅れが子どもの健康を左右する現実さえも浮き彫りにしている。
 今冬、政府は新型インフルエンザの流行を警戒し、タミフルの備蓄増や家庭予防の呼びかけ、流行時の公共機関の対応マニュアルなど、国際的な取り組みとも連動した国内対策に懸命だ。ただ、こうした感染症対策についてもその正確な情報が本当に外国人住民に届くのか、心もとない。特に、日本語が話せない外国人住民への情報提供は、今のところ無策に近い状態だ。
 感染症対策などは日常の備えなくして、非常時の緊急対応は不可能だ。そうした観点に立てば、外国人コミュニティにおける外国人学校の役割は相当に大きく、外国人学校を通じて事前に正確に情報提供がなされておれば、少なくとも子どもがいる家庭への周知にはかなり有効だ。前でも触れたが外国人学校はすでに210校を超え、全国各地にまたがっている。そうした外国人学校の存在について行政が何ら関心を持っていないとすれば、これはむしろ避けているとしか思えない。外国人学校に対する保健衛生情報の提供も、文部科学省、厚生労働省、地方自治体で所管部署も決まっていない。まるでエアーポケットにはまった状態だ。
 日本の公教育の外国人の子どもの受入環境が整わない中で外国人学校は急増した。外国人学校の多くは、公立学校同様、週5日ないし6日の全日制の普通教育を実施している。少なくともこうした初等中等教育に取り組む外国人学校については、公共性を有する機関として相応の処遇が必要だ。国は、都道府県に認可基準の緩和を通知し、外国人学校には各種学校の認可申請を求めている。しかし、各種学校の認可基準がいまだ高いこと、膨大な書類を準備し申請したとしても、各種学校制度自体が外国人学校を処遇するためにあるわけでないので、根本的な処遇改善にはつながっていないことなど課題は多い。

政府の緊急支援策から「蚊帳の外」に置かれた外国人学校


 そうこうしている間に、大不況が押し寄せ、ブラジル人やペルー人など外国人が大量解雇の犠牲になっている。2009年の前半期に、果たしてブラジル学校、ペルー学校が何校残るであろうか。外国人学校支援NGOは、約4,000人のブラジル人の子どもがブラジル学校を辞めたと把握している。この子どもたちの教育はどこが担うのであろうか。
 2009年から定住外国人施策推進室が内閣府に設けられ、小渕優子内閣府特命担当大臣が所管することになった。1月30日、定住外国人に対する支援策を発表した。雇用、住宅、帰国、教育など幅広い支援策が示されたが、教育分野では、教育委員会への相談員、外国語のわかる支援員の配置、就学情報の充実化、公立学校入学前のプレスクールの実施などが言及された。国も対策の必要性を感じ、取り組もうとしていることは評価したいが、今回の定住外国人支援策は余りにも不十分な内容だった。なぜなら、NGOや外国人集住都市会議からの提言、文部科学省内の検討会が2008年にまとめた「外国人児童生徒教育の充実方策について(報告)」で触れた内容が再掲されたに過ぎず、まさに存続の危機に処している外国人学校について全く触れられていないからだ。外国人の子どもの教育継続が保障されるためにも外国人学校支援は切迫している。ブラジル学校やペルー学校などの処遇改善が、「私塾」扱いされることによって支援から除外されてしまった。
 外国人学校は本国政府の認可を得るなどして教育の質的向上に努力を重ねてきた。頑なに「外国人の学校はだめだ」とシャッターを下ろすのではなく、多様な教育の機会確保、学びのセーフティネットという観点から、外国人学校の価値を認めてはどうか。処遇改善が図られれば、日本社会にとっても資する教育機関となるはずである。外国人の子どもの教育を考えていく上で、日本社会は重要な岐路に立っている。行政対応で限界があるならば、政治が率先して現状をぶち破ってほしい。