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国際人権ひろば No.84(2009年03月発行号)

アジア・太平洋の窓 part 2

東ティモールの子どもたちの健康調査(2005~2008)から 見えてきたこと

小尾 栄子(おび えいこ)
保健師

ディリ市内の児童施設での健康調査のもよう。向かって右が筆者。 (撮影:文珠幹夫)
ディリ市内の児童施設での健康調査のもよう。
向かって右が筆者。 (撮影:文珠幹夫)

児童養護施設でおこなった調査


 独立後わずか3年を経た東ティモールを2005年に初めて訪れた私は、2008年12月に3度目の訪問を果たした。私は、山梨県立大学が組織する、現地の孤児たちの健康調査団1の一員であった。私たちがなぜ施設に暮らす孤児たちの健康問題に取り組むのか。その理由には東ティモールの辛い過去がある。
 孤児たちはインドネシア支配時代や独立紛争の際、インドネシア軍によって親を殺害されたり、母親がインドネシア軍に強姦されて生まれたり、親が病気のために死亡したり、家が貧しく学校に行けないなど、様々な過酷な背景を背負っている。施設もまた経済的に余裕はなく、成長期の子どもたちの衣食住、福祉や医療は十分に満ち足りた状態ではないからである。
 2005年以来、今回のような健康調査は首都ディリ市内の5箇所、ビケケ県で2箇所、リキサ県、エルメラ県、バウカウ県、マヌファヒ県で各1箇所の合計11箇所の児童養護施設で実施してきた。スタッフは臨床心理士、保健師(筆者)、助産師、大阪東ティモール協会会員、現地通訳者が各1名、また現地の運転手や、日本から送られた支援物資を運送するためにお願いした現地の男性数名が同行し、総勢13名ほどであった。
 実際の健康調査は1日1?2箇所で実施し、子どもが3人という施設もあれば、120人という大規模な所もあった。調査した子どもたちの年齢は2歳から20代前半であった。6歳以上の子どもは学校に通うため、調査は主に土日を中心に設定し、平日実施する場合には放課後などを利用した2。最初は現地の人々にとって見知らぬ外国人が行う調査であるため、実施に際しては非常に気を使い、私たちは事前に施設の運営者と調査の目的、方法等、通訳を介して詳細に打合せ、了解を得てから行った。東ティモールの人々はほぼ90パーセントがカトリック信者であるため、施設の運営者もカトリックである場合が多く、一つの施設で了解が得られると、また次に同系列の施設に電話で連絡して頂き調査を行う、といったことができた。また、調査への理解を可能にした最も有効な理由として、大阪東ティモール協会がこれまで継続して行ってきた現地への支援があり、それまで培ってきた信頼があったからであろう。
 

虫歯治療の必要性


 健康調査の内容であるが、身体面の健康チェック項目は、日本の小中学校で一般的に実施されている定期健康診断に準じて設定した。身長・体重測定、尿検査、皮膚疾患や貧血症状の有無、視力検査、口腔内の状態(虫歯の有無や歯肉の状態・歯列)などである。心理面の健康チェックではHTPテスト(ハウス・ツリー・パーソンテスト)3を行った。これまで東ティモールで主要な健康問題は皮膚疾患やマラリア・結核などの感染症であるといわれており、健康チェックではその点に注目した。心理面の報告については大阪東ティモール協会発行の季刊誌の報告を参照されたい4
 さて、これまでの健康審査結果を振り返ると、東ティモールの児童養護施設の子どもたちの身体面における健康問題は大きく二つ考えられる。一つは歯科に関することで、もう一つは体位に関することである。これらの問題点については2007年9月に行われた日本小児保健学会において発表したが、以下に説明したい。
 まず歯科であるが、早急な虫歯の治療が必要であった。虫歯はその進行状態によりC0からC4までの5段階評価5が出来るが、子どもたちの虫歯は乳歯も永久歯も病態がC3、C4に進行してもそのまま治療を受けることなく放置されていた。虫歯が化膿し、歯根が剥き出しで赤く腫れており、顎下のリンパ節が腫れている状況を頻繁に目にした。進行した虫歯は化膿し、そこから細菌が体内に進入して敗血症になることもある。日本では通常、学校で年に一度の定期健康診断があり、経過観察や治療が必要な児童はすぐに保護者に連絡され、治療証明書を学校に提出しなければならない。しかし、東ティモールにはそのようなシステムは無い。親がいない子どもたちは、治療はおそらく本人が強い痛みを訴えて、しかも運良く治療者がいた場合に可能となるのだ。
 2005年にディリ市内のクリニックを訪れた時にシスター兼看護師に歯科治療について聞き取り調査を行った際、「インドネシアかオーストラリアの歯科医師が月に一度診察に訪れるのみ」という答が返ってきた。僻地の医療はいわんや、である。治療は行われている。治療とはいっても、悪くなったら抜歯するのである。何人かの子どもに抜歯の痕跡もみられた。現在、先進国の虫歯治療は予防第一となっているが、ここでは人の一生のQOL(生活の質)を左右する大事な歯がまだ10代の若さで早期治療の恩恵を受けることなくみすみす抜かれているのだ。
 更に、歯石の沈着が著しく歯肉炎を起こしている子どもも相当数目についた。正しい歯磨きで改善出来るのは、このような硬い歯石になる前の、歯垢と呼ばれるネバネバした柔らかい汚れである。歯石になると尖った特殊な器具(スケラー)で取り除かないかぎり鍾乳石のように大きくなるばかりである。これには唾液の性質が関係しているため、歯石が付着しやすい子どもは定期的に取り除かないと進行は食い止められない。歯石がたまると歯肉炎が起き、歯槽膿漏へと進行する。施設で見かけた女性職員はどう見ても60代だったが年齢を聞くと実は40代であった。彼女は自分の歯が一本も無かったのだ。この30年、東ティモールの人々は生き残ることに必死で病院や治療などの余裕は無かっただろうし、治したくてもそのための医療環境が整っていなかったのだ。
 

栄養状態向上の課題


 次に子どもたちの体位である。身長・体重測定の数値からBMI6を算出して身体発育と栄養状態の参考にした。すると、身長・体重の平均値においては日本の同年代の子どもたちと比較すると3?4歳も小さいことがわかった。栄養状態では痩せすぎの子どもは全体の約30パーセントいることがわかった。健康審査の時に問診票に記入された年齢と目の前の本人の小さな体格に違和感を覚えたのはこのためだったのだ。この点についてすぐに問題にするには一つの限界がある。日本人は主にモンゴル系民族で東ティモール人はメラネシア系民族7であるため体格を一概には比較できないという限界である。このことについては今後の検討課題としたい。
 しかし、成長期の子どもたちの身体があまりに小さく、その背景には食料事情や戦災によるこころの問題が関連していることは確かだ。
 この健康調査の結果から私が訴えたいのは、一刻も早く東ティモールに歯科医師が必要ということである。そして、子どもたちに定期的な健康審査を行い、早期発見と早期治療につなげるシステムを確立する必要があるということである。保健師として、これから東ティモールの未来を担う子どもたちのこころとからだの健康を願わずにいられない。

1.本調査は「平成17年度文部科学省科学研究費基盤研究B」の助成を受けて行われた。
2.小学生は午前、あるいは午後のみ授業を受けており、どちらかの空き時間を健康調査に充ててもらうことができた。
3.HTPテストは心理検査の一つの手法である。判定者が被検者に一定の指示を示して家、木、人を一枚の絵の中に描いてもらい、描いた内容についての聞き取り調査を経て心理的な判定を行う。
4. 大阪東ティモール協会の機関誌「季刊・東ティモール」の入手は
  E mail:akimats@osaka.email.ne.jp まで連絡を。
5. 虫歯の分類はC0(虫歯の兆候)、C1(エナメル質のみの齲蝕)、C2(象牙質に及んだ齲蝕)、C3(歯の神経まで及んだ齲蝕)、C4(歯が溶けて歯根のみの状態)で、数値が大きいほど進行している。
6. BMI(Body Mass Index)は体重(Kg)を身長(cm)の二乗で割り算出する。身体のバランスと栄養状態を求めるもので、身体の肥満度を示す指標として広く使われている。
7. 東ティモール人は、テトゥン族などメラネシア系、中国系、インド人、また植民地支配の歴史の影響からポルトガル系などの民族で構成されている。