ヒューライツ大阪は
国際人権情報の
交流ハブをめざします
国際人権ひろば No.88(2009年11月発行号)
NGOおじゃま隊(第4回)
安心して生活できる、 安心して治療を受けることのできる精神医療をめざして NPO法人 大阪精神医療人権センター
大阪精神医療人権センターは1985年、その前年に起こった宇都宮病院での看護者による精神病患者の傷害致死事件で明らかになった、精神医療をめぐる劣悪な状況から患者を救済するために設立された。
03年からは、精神医療施設を訪問し、患者の要望や苦情を聞き取るオンブズマン制度の運営を府の委託を受けて続けてきたが、08年、府が予算を打ち切り、この制度は廃止となった。
厳しい情勢のなか、精神医療の利用者の待遇改善に取り組む、同センターの事務局長、山本 深雪(やまもと みゆき)さんに話を伺った。
入院医療から地域生活へ―計画と実態のギャップ
2004年、厚生労働省の下につくられた「精神病床等に関する検討会」は、最終まとめ
1 を公表しました。私も参加していたこの検討会は、精神病院などの入院患者を02年までの推計で約34万人前後としましたが、その内約7.2万人が、受け入れ条件が整えば退院可能、つまり支援があれば通院で治療を続けられるとしています。最終まとめではそのために、都道府県単位の目標値設定や自立支援などを提言しました。
さて、大阪府の障害者計画では、精神病院などに入院している患者のうち支援があれば通院で可能な人びと、つまり社会的入院患者の退院を促進する、
地域移行の目標を11年までに1,908人としています。
2 しかし、大阪府の目標は、「検討会」の数字の大阪府の人口割合に換算した値の半分にしかすぎません。「検討会」の数字も、私たちが収集した情報、約15万人の半分でしかないとみています。
「検討会」では、もっと高い数字を主張した精神医療の利用者と全国自治体病院協議会と、低い数字を主張した民間病院経営者側の間の妥協で約7万となりました。
大阪では、主治医が推薦した方が社会的入院と認められるため、経営者側の判断で通院に切り替えるかどうかが判断されます。そのため退院支援のワーカーを雇用しているかどうかなどの病院格差が
あらわれています。地域移行支援の数値目標をこのように低くしたのは大阪府の民間精神科病院への配慮と思われます。
一方、地域移行が国の政策として取りあげられたため、グループホームの建設などの予算がつき、その積み重ねができています。
しかし、自立支援に向けて、たとえばホームヘルパーの制度の整備などがまだ不十分です。大阪市内で精神障害者のためのヘルパーを中心に派遣している事業所は民間では1カ所しかありません。
派遣した経験があるという事業所もわずかで、ヘルパーにお願いしようとしても、一生懸命状況を説明して何とかアポを取り付けることができる、という状況です。
また、どれだけの事業所が精神障害者に対応できるのかも、そのようなデータがないと言われ、わかりません。それでも大阪はまだ、精神障害者に対応できるヘルパー養成セミナーが開催され、
全国的には進んでいる方だと思います。また、大阪では、精神病・障害のある人自身がお互いに支援する、ピア・ヘルパーの養成セミナーを実施し、毎年20人程度が受講し、
生活支援センターなどで自立支援に関わっています。
ヘルパーの人たちは、精神病・障害のある人たちの外出、通院、買い物やゴミ出しなどの手助けをするだけでなく、状態が変化した場合にも家を訪ねてくれます。
これらの人びとが地域で生活するためには、このような支援が不可欠です。障害者計画をたてる際、市町村のヘルパーの準備状況の情報提供を要請したところ、
精神病・障害のある人に3人以上派遣したことのある事業所が全体の50%、という回答がかえってきました。これでは住民の数に比較してあまりにも少なすぎます。
事業所の多くは精神病・障害のある人には対応できないと言いますが、高齢者の人の介護とそう大きく変わりなく、むしろ事業所側の精神障害者観によるのだと思います。
地域での生活支援がこのような状況なため、病院が患者の退院後の生活を不安視して退院させられないと、退院の推薦が近年少なくなっています。
これではますます現実と計画の間が開いていってしまう危惧があります。
世界に逆行して増加する病床数、病院での滞在日数
01年度のOECD(経済協力開発機構)データ
3
なのですが、日本の人口1,000人あたりの精神病床数、精神病院の平均滞在日数の数字が他の諸国に逆行して増加しています。病床数では、北米、欧州などの国で、特に70~80年代に急激に減っていますが、
日本は逆に増加しています。最近では認知症の患者の増加によりさらに増えています。医師会もかつて、入院は急性期のみで対応が可能と呼びかけましたが、効果があまりありませんでした。
私たちは、基本に立ち返り、約15万人の社会的入院患者が地域で暮らせる施策を訴えたいと思います。この人たちは、毎日ベッドに横になり、上を見れば天井、
まわりは白い壁だけという生活を送っています。自分の私物といえるものはまわりになく、病棟では、一斉におむつを替え、投薬されます。そのような状況では、その人らしさが限りなくうばわれていきます。
入院とは、入院でなければ提供できない医療やプログラムを施すのでなければなりません。たとえば、1日24時間医師や看護師が対応できるということも含まれます。
そうではない場合は、医療ではなく、生活の場として地域に位置づけられるべきです。
入院にふさわしい治療を行うためには医師の数が他の国並みであってようやくできるはずですが、病床数や在院日数が多いということは、医師、看護師の一人当たりの担当する病床数も他国に比べて
大きいのです。公式の数字には表れない、医師の受け持ち入院患者は、一人が80人から90人を担当する実情と聞きます。ソーシャルワーカーの一人当たりの担当数も01年のデータで57人と、
これも他の OECD諸国と比較して格段に多くなっています。医療費が多少高くなっても、医師・看護師・ソーシャルワーカーの一人当たりの担当人数を減らし、
治療可能な人数に近づける必要があります。このところが改善されなければ、委員会や審議会を重ねていっても状況は改善されないでしょう。そのためにも社会的入院を減らすことが必要だと思います。
私はその時期は今だと思っています。障害者権利条約ができ、批准に向けた国内整備がすすめられていますが、治療を受ける本人への説明、本人が希望する対応を提供すること、
またそれらを可能にする住む環境、家族との調整や実施の監視などが求められるからです。私たちは DPI(障害者インターナショナル)日本会議を通して、
新政権に対して社会的入院者の退院促進への取り組みなどを含んだ要望書を提出する準備を進めています。
積み重ねが重要な病院訪問
府の予算打ち切りでオンブズマン制度は廃止になりましたが、09年に入院患者の療養環境づくりのための療養環境サポーターをはじめました。私も委員を務める大阪府精神科医療機関療養環境検討協議会が母体となって、1回に4~8人のサポーターで病院を訪問しています。訪問については一部大阪府からお金はでていますが、交通費などは私たちが負担しています。また制度が変わったことについて病院に説明しなければならず、訪問を受け入れてもらう日程調整に苦労するときもあります。
しかし、訪問を続けることによって、前回の訪問と比べるなどして具体的な改善点を議論することができ、病院側の理解もすすんできました。私たちはこの訪問を今後も続けていき、
私たちが年をとって自分が入院するときに安心していくことのできる病院、家族が救急車で運ばれても安心できる病院にしていきたいと思います。
NPO 大阪精神医療人権センター
ウェブサイト:
http://www.psy-jinken-osaka.org/
事務局:
〒530-0047
大阪市北区西天満 5-9-5
Tel:06-6313-0056 Fax:06-6313-0058
(インタビュー&構成:岡田仁子・ヒューライツ大阪)
注
1.厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/08/s0806-5.html
2.「第2次大阪府障がい福祉計画」(第3次大阪府障がい者計画(後期計画)を策定しました。)
http://www.pref.osaka.jp/keikakusuishin/syougai-plan/dai3keikaku.html
3.精神医療をよくする市民ネットワーク:資料集
http://homepage2.nifty.com/whitehole/db/1kihon/oecd.html