外国籍住民の健康と権利の実現を支援する会
CHARM(Center for Health And Rights of Migrants)
2000年頃、外国籍のエイズ患者が立て続けに医療機関に運び込まれました。いずれも入国管理法上の在留資格がなく、医療保険に加入していない人たちであったことから高額医療費の支払い能力という壁に病院も対処できず、最終的に帰国を余儀なくされました。患者を診療した医療従事者やカウンセラーたちは、その事態を深刻に受け止め、医療や福祉にアクセスできない外国籍のHIV陽性者に対応するための小回りのきく民間団体の設立の必要性を痛感したのがきっかけとなりました。2002年にチャーム(CHARM)として発足しました。
その当時、在留資格のない、いわゆるオーバーステイ状態であっても、国民健康保険に加入することは可能でしたが、04年に国民健康保険法施行規則などが改定され、在留資格なし、または1年未満の短期滞在の外国人は適用除外にされてしまいました。その結果、医療へのアクセスがさらに難しくなってしまったのです。誰しも在留資格に関わりなく、人間として生きているわけですから、私たちは、必要な医療と福祉の保障を目指しつつ、それが実現できるまでのあいだはギャップを埋めることを目的としてスタートしたのです。
医療保険に加入できないとなると、そのことだけにとどまらなくなります。HIV感染症のような慢性疾患を持っている人は、健康保険への加入を前提として身体障害者手帳を受け取り、更生のために必要な医療(更生医療)、障害者自立支援法の適用、重度身体障害者に対する補助金などの公的支援が連鎖的に保障されるのです。制度上は健康保険の加入は身体障害者手帳の給付の前提条件ではありませんが、実際の手続きでは必要条件となり健康保険に加入していないとそれから先に進めません。
HIV感染症の服薬は無保険の場合、月に15~20万円はかかります。しかし、健康保険がないばかりに障害者手帳が交付されず補助申請できないのです。また、在留資格がなければ生活保護も受給できません。
在留資格や国籍に関係なく利用できる制度の一つに指定された社会福祉法人の医療機関が行っている無料低額診療事業という制度があります。これは、生活困窮者が経済的な理由により必要な医療を受ける機会が制限されることのないよう無料または低額な料金で診療を行うもので、全国に数百施設あります。この事業は、国籍を問わず、また在留資格に関わりなく適用されるはずの制度です。また、「行旅病人及び行旅死亡人取扱法」という法律およびその施行規則によると、「外国人である行旅病人」は救済対象なのです。しかし、関東地方の自治体では外国人に活用されているケースがあるけれども、ホームレスの人たちなどごく限られたケース以外には関西ではほとんど例がないのです。
チャームでは2009年から、大阪や京都など関西の「無料低額診療事業実施医療機関」を対象に支払い能力のない外国人が無料あるいは低額で患者を受けてもらえるかどうかを照会し始めています。しかし、受けてくれない病院が多いという反応に驚いています。そもそも無料低額診療制度については、日本人もあまり知りません。外国人はなおさらのことです。だから、日本で治療を受けようとすれば、高額な薬を飲みながら過ごさざるを得なくなるのです。
たとえば、タイでは「30バーツ医療制度」という国民すべてが医療を受けることを保障する制度が導入されており、どんな病気でも月30バーツ(約90円)で診療・投薬・入院が可能で、エイズ治療薬もその対象になっています。また、ブラジルでは国民に限らずすべての人に医療を保障しており、これはブラジル国民に限りません。しかし、日本の事情はそうではありません。
では、移住労働者、とりわけ在留資格のない人たちには病気になったら帰国してもらえばいいのでしょうか。働けるときは働かせて、感染したら帰すというのは身勝手すぎますよね。本人がどこで治療したいのか、どこで暮らしたいのか、という選択ができるようなことも人権ではないでしょうか。
チャームの活動を大別すると、「多言語の環境整備」と「外国籍HIV陽性者に対する地域支援」の二つの柱で構成しています。
「多言語の環境整備」としては、①HIVと結核の医療通訳派遣の事業です。タイ語、フィリピン語、スペイン語、ポルトガル語、英語の5言語を基本としています。結核に感染している人はHIVにも感染している場合があるという理由から、結核感染者も対象としています。結核もHIVも周囲の人たち、そして本人にとってもイメージが悪く心配なことです。だから、医療機関で正しい情報を得て正確に理解する必要があるのです。
そのため、チャームが独自に作ったプログラムに基づいて研修を受けた人たちを登録通訳者として派遣しています。いま日常的に通訳として動いている人は5言語に関しては約10人です。こうしたサービスを利用する際に本人の負担はありません。助成金を得て通訳者には謝礼を支払っています。もちろん、他の症状や病気に関しても医療通訳の依頼がくることがあります。しかし、他分野の研修は行っておらず、通訳することに責任が持てないことから、お断りせざるを得ません。
さらに、②HIV感染に関する多言語電話相談。毎週火・水・木曜日の午後4時~8時に通訳派遣事業と同じ5言語による電話相談を行っています。内容は、症状についての質問や、どこの医療機関に行けば検査を受けることができるのかといった問い合わせなどが多いです。
また、何か困ったことがあるときなどたびたび電話をしてくる感染者もいて、もろもろの相談があります。一度も会ったことはないけれども、電話で心のケアに応じるというものです。電話相談から、事務所にやってきて対面相談に発展することもあります。HIVに限らず、さまざまな性感染症に関する相談もあります。そんなときは、英語が通じる医療機関の情報提供をしています。
それから③HIV検査事業。これは、2002年~2009年9月まで、大阪府と大阪市の委託を受けて、毎週土曜日に保健所が開いていない時間帯にHIV検査を最初は梅田で、最後の1年は難波で行っていました。年間2,000人くらい検査を受けた人のうち9割強は日本人で、外国籍者は1割弱でした。いわゆるエスニック紙などに掲載してもらって広報し、検査の際には通訳者を派遣して多言語で対応していました。数字は明らかにできませんが、結果が陽性という人も一定数いました。委託契約が終了したことから、この事業はいったん休止となっています。
もう一つの柱である「外国籍HIV陽性者に対する地域支援」は、地域に出て行って、外国籍感染者が生活していくために必要なさまざまな支援を行っています。生活者である外国籍感染者が、地域で安心して暮らすために必要な保健所の保健師、近所の診療所の医師の協力を得たり、日本語上達のために不可欠な日本語教室などを開拓したり、家庭訪問をして家族全体の状況を知ったり、入院時や身の回りの世話をしてくれる人がいないときは面会や家族の支援などをします。またチャーム事務所では、対面相談やグループミーティングなども行っています。
こうした活動は、ともすれば遠回りな方法なのかもしれません。しかし、外国籍しかも在留資格に関わりなく活用できる医療システムを着実に開拓するために、創意工夫し積極的にアプローチし続けていく必要性を強く感じています。
(構成:藤本伸樹・ヒューライツ大阪)