国連ウォッチ
1995年、国際連合(国連)主催で第4回世界女性会議1(北京会議)が開催された。世界の190カ国の政府代表・国連機関・NGO など約17,000人が参加し、大変な盛り上がりをみせた。ヒラリー・クリントン氏2が、「女性の権利は人権である」と演説したことなどが有名である。
その時に採択されたのが「北京宣言」及び「北京行動綱領」であり、その後の世界の女性達の「バイブル」ともいえる文書となっている。今年は、その北京会議から15年の節目の年であるが、第5回世界女性会議は開催される兆しも無い。何故、第5回世界女性会議は開催されないのであろうか?
まずは、その前に北京会議からの流れを簡単に説明してみよう。北京会議の特徴を挙げるとすると、下記の3点に集約される。
(1)社会的・文化的性別を示す概念として「ジェンダー」を使用。
(2)人権を女性の権利として再確認し、女性に対する暴力を独立の問題として提示。
(3)1994年の国際人口・開発会議で提唱された「リプロダクティブ・ヘルス」、「リプロダクティブ・ライツ」を明記。
そして、日本国内では2010年を念頭においた「男女共同参画ビジョン」、これを踏まえた「男女共同参画2000年プラン」が策定された。当該プランを受けて、法令に基づいて1997年に男女共同参画審議会が設置され、1999年には「男女共同参画基本法(基本法)」が公布・施行された。
続いて、2000年6月には、「北京宣言」及び「行動綱領」の実施状況を検討・評価し、その完全実施に向けた、その後の戦略を協議するため国連において「特別総会」の形式で「女性2000年会議:21世紀に向けての男女平等・開発・平和(北京+5)」がニューヨーク国連本部で開催される。200カ国の政府代表・国連機関・NGO など約4,300人が参加し、「北京宣言」及び「行動綱領」を補完するものとして、「政治宣言」・「北京宣言及び行動綱領実施のための更なる行動とイニシアティブ」が成果文書として採択された。国内では、「男女共同参画基本計画」が閣議決定された。基本法を受け、同基本計画は都道府県では策定する義務が生じ、市町村は努力義務が課せられることとなった。また、中央省庁再編により、男女共同参画室(総理府)が男女共同参画局(内閣府)へ格上げされた。更に、議員立法により、いわゆる DV 防止法が成立した。
その後、2005年2~3月、北京会議から10年目にあたることを記念し、「北京宣言」・「行動綱領」及び女性2000年会議の「成果文書」の実施状況の評価・見直しを行うためニューヨークの国連本部で、第49回 CSW(国連女性の地位委員会3年次会合:「北京+10」世界閣僚級会合)が開催される。この時、165カ国の政府代表・国連機関・NGO 等約6,000人が参加し、「北京宣言」・「行動綱領」及び女性2000年会議の「成果文書」を再確認し、これらの完全実施に向けた一層の取組みを国際社会に求める「宣言」が採択された。国内では、「男女共同参画基本計画(第2次)」が閣議決定された。当該計画には、「社会のあらゆる分野において2020年までに、指導的地位に女性が占める割合が、少なくとも30%程度になるよう期待する」という日本版クォータ制も登場した。また、2008年には女性の参画をあらゆる分野で加速させるために「女性の参画加速プログラム」が策定された。
そして、本年3月1日~12日に、北京会議から15年目にあたることを記念し、「北京宣言」・「行動綱領」及び女性2000年会議の「成果文書」の実施状況の評価・見直しを行うためニューヨークの国連本部で、第54回 CSW 年次会合として開催された。今回は、141カ国の政府代表・国連機関・464の NGO の約8,000人が参加した。また、日本政府は、今回議長団に入っていた。
本会議に先立ち、2月27日・28日には NGO 会合がニューヨーク市内の The Salvation Army(救世軍)Greater N.Y. Headquarters で開催された。NGO 会合、本会合とも、直前に大地震に被災したチリを追悼することから始まることが多かった。
事前にそしてリアルタイムで、Twitter や Facebook で情報提供(会合場所の変更を含む)を行っていたため、インターネットにアクセスできないという参加者からは不満の声も聞かれた。いまや、パソコンは必需品であり、インターネットにはアクセスできて当然ということなのであろうが、デジタルデバイド(情報にアクセスできない人たち)の問題を考えずにはおられなかった。
本会議では、「ミレニアム開発目標達成に向けた「北京宣言及び行動綱領」実施のインパクト」をテーマとしたハイレベル円卓会合や、「ジェンダー平等に関する国内機構の変化する役割と地位」などの6つのテーマに関する対話型専門家パネル等が行われ、活発な議論が行われていたが、やや総花的である感は否めなかった。しかし、ある円卓会合では女子高校生から北京会議の議長までがパネリストになっていたこともあり、世代間を紡ぐという感性には共感を覚えた。NGO 会合でも、高校生・大学生・大学院生などが活発に議論を展開しており、その意見を潰すことなく、これまで時代を担ってきた諸先輩が議論を広げている姿に諸外国の NGO の懐の広さを感じた。翻って、日本の中で世代間が紡がれているのか、世代交代ができているのかということを考えると、若い世代のジェンダー・フェミニズム離れ/元気の無さが問題なのか、後進育成に力を注いでいない/いつまでもお元気な上の世代が問題なのかはわからないが、いずれにしても諸外国の NGO から学ばなければいけない点は多々あると感じた。
さて、本会議の2日目に、「北京+15」を記念する宣言4が採択された。これまでは、会議の最終日に採択されていたが、日本政府代表の話によると、従来は最終日まで宣言案で揉めて、宣言を採択することすら危うくなることが多かったので、今会期は早々に採択したとのことであった。しかし、NGO 関係者からは、「宣言」は事前に政府代表でのみ議論されたものであり、本会議でほとんど議論されることが無かったことに関して不満の声が上がっていた。
3日目には、北京+15及び国際女性デーを記念して、潘基文事務総長が本会議場でスピーチを行い、今後もリプロダクティブ・ヘルスの分野や女性に対する暴力を含め、ジェンダー平等に向け取り組んでいくことを約束した。本会議場には、潘事務総長のおつれあいも来られていて、時折深く頷いておられたのは印象的であった。
今回採択された決議は6つ5ある。その中でも特記すべきは、「国連機能強化におけるジェンダー4機関の統合」決議である。これは、2009年9月の国連総会でジェンダー平等と女性のエンパワーメント強化に向け、OSAGI(ジェンダー問題と女性の地位向上に関する事務総長特別顧問室)、DAW(女性の地位向上部)、UNIFEM(国連女性基金)、INSTRAW(国際婦人調査訓練研修所)の組織を1つに統合し、ジェンダー、女性の地位向上に取り組む機関を創設することが決定していたことを、CSW で決議をしたものである。
さて、最初の問いに答えねばなるまい。今回の NGO 会議や本会議の間、筆者は多数の関係者に「第5回世界女性会議はなぜ開催されないのか?」という問いをぶつけてみた。結論からいうと、第5回は今のところ開催される目処は立っていなさそうである。その答えは概ね3つに集約される。
(1)「北京宣言」及び「行動綱領」が素晴らしい文書であるため、新しい文書を作成する必要が無い。
(2)「北京宣言」及び「行動綱領」をきちんと実施することが大切であり、そのモニタリングをして完全な実施を各国に求めることが必要である。
(3)世界的に経済危機の状況であり、派手な会合をする位ならその予算を「北京宣言」及び「行動綱領」実施のためにまわす方が大切である。
というようなことである。
確かにそうである。「北京宣言」及び「行動綱領」は、15年経過した今も素晴らしい文書であり、きちんと実施されれば地上から女性差別は撲滅されることは間違いない。大きな会議をすることを目的化する時代は、もう古いのかもしれない。
本会議場に入りきれないNGO参加者が、隣接の会議場のモニターで本会議場を眺める様子(筆者提供)
注
1. 第1回は1975年メキシコ、第2回は1980年コペンハーゲン、第3回は1985年ナイロビで開催された。
2. 当時はアメリカ大統領のファーストレディーで、現アメリカ国務長官。今回の北京+15でも演説を行った。
3. 女性の地位委員会は、国連主要機関である経済社会理事会(ECOSOC)の機能委員会の一つであり、女性の地位向上のための勧告・報告・提案を経済社会理事会に行う機関である。
4. 国連 CSW サイト参照。
http://www.un.org/womenwatch/daw/beijing15/index.html
5. 他の5つの決議は、「女性・少女と HIV/AIDS」(日本:共同提案国)、「紛争下における女性・子どもの人質解放」、「パレスチナ女性の状況及びその支援」、「妊産婦死亡率と女性の地位向上」、「女性性器切除(FGM)の撲滅」である。