国連ウォッチ
子どもの権利委員会の審査の様子(写真提供:向井裕子さん)
国連・子どもの権利委員会は、5月27日~28日(第54会期)にかけて、日本における子どもの権利条約の実施状況に関する審査を行なった。審査対象とされたのは、条約本体に関する第3回報告書と、条約の2つの選択議定書(子どもの売買・子どもポルノ・子ども買春に関する議定書ならびに武力紛争への子どもの関与に関する議定書)についての第1回報告書である。
委員会は現在、報告書審査の遅延を取り戻すため9人ずつ2つのチェンバー(分会)に分かれて作業を行なっており、日本の報告書審査はBチェンバーが担当した。審査および総括所見の作成を主導する国別報告者を務めたのは、条約本体についてクラップマン委員(ドイツ)、子どもの売買等に関する選択議定書についてクンプラパント委員(タイ)、武力紛争に関する選択議定書についてポラー委員(ウガンダ)である。日本政府は、上田秀明・外務省人権人道大使、志野光子・外務省人権人道課長をはじめとする計22名の代表団を派遣して審査に臨んだ。
審査に充てられた時間は、条約本体について約6時間(27日の終日)、子どもの売買等に関する選択議定書について約1時間40分(28日の午前中)、武力紛争への子どもの関与に関する選択議定書について約1時間(同)である。時間の制約、委員会の審査戦略の不備等もあって必ずしも満足のできる内容ではなかったものの、日本で生じている主要な問題についてはおおむね取り上げられたと言ってよい。
審査の結果を踏まえた総括所見は、条約本体および2つの選択議定書のそれぞれについて6月11日に採択・公表された(ただし条約本体に関する総括所見は翌週改訂され、4つのパラグラフが付け加えられている)。とくに条約本体に関する所見は全17ページ(英語版)・91パラグラフからなる詳細なものである。主な特徴としては以下の点を挙げることができる。
*第2回総括所見で強調された「権利基盤アプローチ」への視点が継承・強化されていること:
とくに「子どもの権利に関する包括的法律の採択」を検討するよう勧告されたこと 〔12〕 の意義は大きい。あわせて「包括的な反差別法」の制定も勧告されており 〔34(a)〕、国際人権の視点に立って国内法を抜本的に見直すことが求められる。また、「(子どもの)権利を基盤とする包括的な行動計画」が存在しないことについても懸念が表明され 〔15〕、策定を促された 〔16〕。日本の子ども関連施策が人権の視点を置き去りにして進められてきたことに警鐘を鳴らすものであり、国際社会に胸を張れる対応が求められる。
*いくつかの問題について、これまでよりも踏み込んだ詳細・具体的な勧告が行なわれていること:
とくに、過去2回の審査でも必ず取り上げられてきた子どもへの体罰 〔47~49〕、障害のある子ども 〔58~61〕、少年司法 〔83・84〕 についてこの傾向が顕著であり、政府がこれまで委員会の勧告を誠実に受けとめてこなかったことを露呈している。子どもの代替的養護 〔52~55〕 についても、とくに里親や施設養護のあり方をめぐってこれまでよりも具体的な勧告が行なわれた。
*子どもの貧困・格差ならびに家庭環境の問題に新たに焦点が当てられていること:
これが今回の総括所見の最大の特徴と言ってよい。とくに資源配分 〔19・20〕 と十分な生活水準に対する権利 〔66・67〕 に関する項で子どもの貧困の問題が正面から取り上げられたほか、子どものための国家的行動計画においても、「所得および生活水準の不平等」ならびに「ジェンダー、障害、民族的出身」等を理由とする格差に対応するよう促された 〔16〕。「アイヌ、コリアン、部落その他のマイノリティの子どもが引き続き社会的および経済的周縁化を経験していること」についても懸念が表明され 〔86〕、生活のあらゆる分野における差別の解消、サービスや援助への平等なアクセスの確保を目的とした立法上その他の措置が勧告されている 〔87〕。
家庭環境については、「親子関係の悪化にともなって子どもの情緒的および心理的ウェルビーイングに否定的影響が生じて」いることについて懸念が表明され 〔50〕、ワーク・ライフ・バランスの促進、親子関係の強化、子どもの権利に関する意識啓発などの手段により「家族を支援しかつ強化するための措置を導入する」ことが勧告された 〔51〕。ここで「子どもの権利に関する意識啓発」が挙げられていることからもわかるように、保守的・回顧的に「家族の絆」を強化しようとするのではなく、人権の視点に立った家族支援策を進めていくことが必要である(広報・研修との関連でも、「子どもおよび親の間で条約に関する情報の普及を拡大する」ことがとくに奨励されている 〔24〕)。また、同時に「社会サービス機関が、……不利な立場に置かれた子どもおよび家族に優先的に対応し、かつ適切な金銭的、社会的および心理的支援を提供する」ことが勧告されている点 〔51〕 にも注意しなければならない。
このほか、子どものメンタルヘルスとの関わりでも家庭環境への言及が見られる 〔60・61〕。(とくに父親による)養育費の不払い問題についても国による立替払い制の導入が具体的に勧告されており 〔69〕、検討が必要である。
*他にも、これまで明示的に取り上げられなかった問題について懸念表明・勧告が行なわれていること:
ODA等の国際協力 〔29・30〕、企業の社会的・環境的責任 〔27・28〕、子どもに関わるサービスの基準 〔39・40〕、児童相談所のあり方 〔62・63〕、遊び、余暇および文化的活動 〔76〕、難民の子ども 〔77・78〕 なども新たに取り上げられた問題である。もっとも、所見の内容は必ずしも十分ではなく、審査の状況に照らせば唐突な印象を与える勧告も散見される。また、児童相談所のあり方については委員会が誤解をしている節が多分にあり(パラ42・43も参照)、次回の報告書で十分な説明を行なうべきである。
*過去の所見や第3回審査の内容に照らし、必ずしも十分な勧告が行なわれていない点があること:
出入国管理に関わる解釈宣言の撤回が勧告されなかったほか、広報・研修 〔23・24〕、子どもの意見の尊重・子ども参加 〔43・44〕 に関わる勧告の内容も前回から後退した。教育 〔70・71〕 に関わる勧告も、もっぱら教育の競争主義的性質に焦点を当てるのみで、一般的・抽象的である。また、外国人学校への補助金や大学受験資格の問題は取り上げられたものの 〔72・73〕、審査で具体的に議論された朝鮮学校の高校無償化除外問題については明示的言及がない。委員会の権威や信頼性を高めるため、委員会自身も審査や所見の作成のあり方を見直していくことが必要である。
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なお、次回の第4回・第5回統合報告書(2つの選択議定書の実施状況に関する報告も含む)の提出期限は2016年5月21日と指定された。所見の内容を誠実に検討し、広く議論しながら勧告を実施していくことが必要である。
◆委員会の総括所見の日本語訳は筆者のウェブサイトを参照
http://www26.atwiki.jp/childrights/