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国際人権ひろば No.94(2010年11月発行号)

特集1:国連人権活動と NGO 活動を学んだジュネーブ・スタディツアーpart1

ジュネーブで学んだ外国人政策

中村 尚司(なかむら ひさし)
龍谷大学 研究フェロー

はじめに
 

 スタディツアーには、龍谷大学の研究グループから田中宏、嶋田ミカおよび中村尚司の3名が参加した。限られた期間にもかかわらず、国連人権理事会などの国際機関ばかりでなく、ジュネーブの自治体や NGO など広範な組織や活動家を訪ねることができ、学ぶことがらが多い旅であった。その分だけ、消化不良にも陥っている。時間をかけて考えたい問題も少なくない。
 私たちが主として関心を持ったのは、移住労働者の人権問題と外国人受け入れ政策である。出発に際して、西アジア諸国に出稼ぎに行くスリランカ女性が直面する諸困難という窮迫した問題から、明治以降の日本国による外国人受け入れ政策が方向転換を迫られている現実に、どのような代替案が可能か検討したいという政策課題まで、国際機関や市民団体の活動から教示を受けたいと考えていた。乗り継ぎをしたドーハ空港の土産物店で働いているスリランカ人従業員が、仲間とシンハラ語で話している光景も、印象的であった。このささやかな管見報告は、3名に共通する関心事をめぐって記しているが、その文責は中村にある。

国連人権理事会、国際労働機関(ILO)および国際移住機関(IOM)
 

 スイスは、小さな山国である。地域ごとに形成された自治組織が、長年にわたって中央政府より強い統合力を持っていた。外来者の目には、家父長的かつ内向的な社会である。政府と一体化した赤十字国際委員会は、華々しい活躍をするものの、スイス国家としては国際連合にも加盟しないほど、国外の諸勢力に支配されることを嫌ってきた。その中心都市であるジュネーブも、ニューヨーク、ロンドン、東京などとは比較にならない小規模の自治体である。スイス社会と国際機関に長い経験を有する、ヒューライツ大阪の白石所長ご夫妻のご尽力で、私たちは思いがけないほど効率よく、国際機関や市民団体を訪問することができた。
 到着の翌日、バスで国連諸機関のある「パレ・デ・ナシオン」に行く。国連人権理事会の傍聴者登録に時間がかかり、議場に入ったときは、「児童と武力抗争」に関して、事務総長が任命したラディカ・クマラスワーミー特別代表(スリランカ・タミル人)の報告が終わり、フィリピンとオーストリアの政府代表がコメントしているところだった。スリランカ政府代表であるピーリスさんも、国際人権法遵守を表明する文書を配布していた。文書を読み上げるだけの形式的な会議である。組織が人権委員会から人権理事会に格上げされるとともに、形骸化が目立つという関係者の感想を耳にする。
 次の日に訪問した国際労働機関(ILO)は、1919年に設立された。国連よりも古い国際機関である。事務局で働くイタリア人職員のベロさんと日本人職員の三宅さんから、歴史と現状について詳しい説明を受ける。ILO の基本条約が批准されたのち、どのように遵守されているか、審査プロセスに質問が集中する。1940年から58年の日本が脱退している期間に強制労働を禁止する国際条約が主要国で批准されたが、日本国はいまだに批准していない。京都市北区に再建する準備が進んでいる「丹波マンガン鉱記念館」にとっても重要なテーマである。
 ILO に近い活動をしている組織として、国際移住機構(IOM)がある。その職員には、西アジア諸国でよく出会う。フィリピン、インドネシア、スリランカなどからの出稼ぎ労働者について、単に調査研究するだけでなく、労働条件の改善や人権侵害事件の相談も行っている。事務所では、上級参与の中山暁雄さんとイタリア人の移住労働担当部長が、IOM の事業について話してくれる。中山さんは、田中と中村の共通の友人である戴国煇教授(故人)のゼミ生だったという。私たちが来春、フィリピン大学第三世界研究センターで企画している、移住労働者に関する国際シンポジウムにご参加くださいとお願いする。

NGO と自治体
 

 ジュネーブ旧市街のシルク駅で市バスを降りて、NGO 事務所の集まったビルに行く。「世界拷問防止機構(OMCT)」という NGO を訪問し、創立者兼事務局長のエリック・ソタさんの話を聴く。この NGO は世界各地に協力団体を持ち、拷問に反対する立場から、日本の NGO では想像もできないくらい多角的な人権擁護運動を進めている。近年は、全予算の10%強を EU の補助金に依存している。「財源の多角化を図り、安定的な活動を続けるために特定の団体からの資金援助が、10%以上にならないよう努力している」というソタさんの財政方針が印象的だった。
 ジュネーブ州庁に行き、外国人受け入れ政策について聴く。閉鎖的だと思い込んでいたスイス社会において、人口20万人のうち51%が、外国人である事実に驚く。しかし、国籍取得に制約が多い点は、日本と似ている。EU に加盟していないのに、ヨーロッパ人と非ヨーロッパ人とに大きな格差をつけている。この点は、他の西欧諸国と似ている。そのような困難な環境の下で、21世紀に入ってから設置された外国人統合局は、ここで詳しく紹介するスペースはないが、生活保護から参政権まで多方面にわたり、内外人差別をなくすため目覚ましい活動をしている。

国連欧州本部前にある広場にて(撮影 岡田)2.jpg

国連欧州本部前にある広場にて。地雷廃絶をテーマにした作品「ブロークン・チェア」が見える。(撮影・岡田仁子)

むすびにかえて
 

 ILO や IOM は専門機関であるため、特定の課題に長期的に取り組んできた事情から、アジア各地でフィールドワークを行っている者にとって、主として政府代表間の協議の場である人権理事会よりも親近感を持てる。自治体や NGO の活動は、より身近な課題が多く、国際機関より学ぶ点が多かった。
 これらの事務所を訪問する空き時間を利用して、ジュネーブ市最大の歴史美術博物館に行く。しかし、ジュネーブはおろか、スイスの歴史に関する展示もなく、エジプト、ギリシャおよびローマ文明の展示が中心だった。ジュネーブでは国家意識が、元の三州に比べて乏しいという話がうなづける。16世紀中葉にカルヴァンが、厳格な宗教改革を説いた大聖堂に行く。むしろこの聖堂において、スイスの歴史が生きている。