人権さまざま
世界人権宣言
「すべて人は、 衣食住、 医療及び必要な社会的施設等により、 自己及び家族の健康及び福祉に十分な生活水準を保持する権利(中略)を有する。」 (第25条1項)
経済的、 社会的及び文化的権利に関する国際規約
「この規約の締約国は、 すべての者が到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利を有することを認める。」 (第12条1項)
厚生労働省大臣官房統計情報部が公表した平成21年簡易生命表によれば、 男の平均寿命は79.59年、 女の平均寿命は86.44年で、 ともに過去最高であった。 34カ国によって構成される経済協力開発機構 (OECD) のヘルスデータ2010でも2008年統計として日本は平均寿命82.7年と世界1の長寿国となっている。 先端医療機材の普及では CT と MRI の台数は OECD 加盟国の中で群を抜いて多い。 国内総生産 (GDP) に占める保健医療支出の割合では、 日本は 8.1 % (2007年) と、 OECD 諸国の平均より低い。 保健医療支出の伸びは 2.2 % (2000〜2007年)、 OECD 平均の約半分であった。 人口1000人当たりの医師数は 2.2 人 (OECD 平均は 3.2 人)、 看護師数は 9.5 人 (OECD 平均は 9.0 人)、 救急病床数は 8.1 (OECD 平均は 3.6 ) であった。 国民の健康達成度総合評価は2005年の OECD データに拠れば世界一とされている。 これらのデータから見るかぎり日本は高水準の医療が比較的に安く国民に提供されており、 国民は世界で最も健康に恵まれているということになる。
ところが、 マスメディアによれば日本の医療の別の姿が浮かんでくる。 見出しだけを見ると、 度肝を抜かれる。 「医療崩壊」、 「迷走する医療行政」、 「健康保険制度改革」、 「医療費抑制」、 「薬価切り下げ」、 「先進医療と治療費負担」、 「救急医療たらい回し」、 「貧困と医療」、 「医療格差 (地域、 診療科)」、 「医療訴訟と医師賠償責任」、 「患者の人権」、 「医療従事者の勤務環境、 労働条件」、 「医療と病院経営」 など、 日本の医療の現状が抜き差しならないもののように思える。
医療の現場に詳しい人によると、 これまでの日本の高水準、 低費用の医療、 健康維持は、 皆保険制度と医療従事者の過重労働に支えられてきたものだという。 このひずみが噴き出してきているとのことである。
それでは医療はどうあるべきかを人権の視点からみてみよう。
経済的、 社会的および文化的権利に関する国際規約のもとで作られた委員会が出した説明 (CESCR General comment 14) によれば、 健康に対する権利を実現するためには、 必要なあらゆる施設、 物資、 サービスを確保し、 条件を満たすことが大切とされている。 具体的には、 必要な医療施設やサービスが存在し、 必要とする人がそれを利用できること、 個人情報保護、 医療倫理尊重、 文化的多様性への積極的な対応がなされていること、 人の尊厳、 プライバシー保護、 医療のレベル、 安全性、 衛生管理が適切に確保たれていることなどである。 また、 委員会は、 健康の基礎となる条件として、 食料、 栄養、 住居、 安全な飲料水、 衛生、 安全で健康的な労働条件、 健康的な環境を挙げている。
これらをすべて満たして健康に対する権利を確実に保障することは容易でない。 日本の医療と公衆衛生が世界の国々の中では最高水準にあるといわれながらも深刻な課題を抱えているという現実が、 健康に対する権利という人権を尺度として計ると、 そこに潜む問題点とともに一層明らかになってくる。
ここではひとつの問題に触れるに止めたい。
古くから洋の東西を問わず、 医療は大切なもの、 尊いものとして扱われてきた。 西洋では医に携わることを 「天から授けられた特別な仕事−天職」 と考えた。 東洋では 「医は仁術」 といわれた。 いずれも、 医師は、 人を大切にすることを基本とすべきであり、 もっぱら自分の利益を求めたり、 差別をしたり、 人の貴賎によって医療行為を斟酌してはならないと諌めた。 1948年第二回世界医師会総会で採択され、 2006年に改定された 「ジュネーブ宣言」 では、 このような医師の心構えが列挙されている。 今でも医師に対する社会の期待は大きい。
しかしながら、 現代の医療では、 医療従事者個人の心構えとか献身的な働きにのみ依存すべきではない。 医療を受ける患者の人権とともに、 医療に関係する者の人権を 「制度的に保障」 する必要がある。 医師や看護師などの医療従事者の適切な勤務環境、 労働条件は、 健康に対する権利の実現にとっても欠くことができない。
おわりに、 医療にまつわる私の個人的な体験に触れたい。 最近まで1年数ヶ月にわたって、 C 型肝炎ビールスの治療をした。 治療を担当したスイスの大学病院の専門医は、 「治療中にも仕事や日常生活をできるだけ普通にできることが大切である」 と、 私のために治療計画を作ってくれた。 旅行中も自分で注射ができるように指導があった。 おかげで、 きつい副作用がある治療を長期間続けることができた。 患者を管理するアプローチではなかったのが有難かった。 ただし、 ビールス除去は失敗に終わった。