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国際人権ひろば No.95(2011年01月発行号)

肌で感じたアジア・太平洋

近くて遠い 「上海」

大野 美保子 (おおの みほこ)
大阪市計画調整局 都市再生プロジェクト担当課長代理

 中国2010年上海万博の仕事で、 7か月間上海に暮らした。
 私にとって上海は3回目である。 1979年、 日中国交回復から7年目に初めて上海を見たときは、 上海駅前は人民服を着た労働者で溢れ、 地方から出てきた人たちが道路に座って、 その日暮らしをしている風だった。 社会全体が貧しかったが、 貧富の差は今よりずっと小さかった。
 2回目は、 1986年。 香港返還前に一度香港に行ってみようと1人で出かけ、 香港から上海まで汽車の旅をした。 黄浦江の畔のバックパッカー専用宿に3日間滞在し、 世界各国から来ている同世代の人と話した。 対岸の浦東地区にはまだテレビ塔もなく、 高速道路も地下鉄もなくて、 2両連結のバスがいつも人で溢れていた。 「白い猫でも黒い猫でも、 ネズミを捕るネコが良い猫」 で喩えられたように、 経済発展のためには手段を選ばないといった感じでどんどん改革開放が進む一方、 中国が大切にしてきた礼儀や道徳が後退したように感じた。
 そして、 今回、 24年ぶりの上海。 リニアモーターカーや地下鉄、 新幹線が整備され、 何もなかった浦東地区には、 国内外資本の超高層ビルが立ち並び、 世界の金融中心地域となっていた。 外灘の夜景は実に美しくライトアップされ、 世界各国から集まるビジネスマン、 観光客で賑わっていた。

 「上海人」 と 「外地人」
 

 上海市の人口は年々増加している。 今年6月に公表された 「上海市常住人口 (2009年末)」 は 1,921.32 万人で、 私が帰国する11月には、 2,000万人を超えたという報道を見たが、 この 「常住人口」 の中には、 上海戸籍を有する人 (= 「上海人」) と有しない人 (= 「外地人」) が含まれており、 「外地人」 がどんどん大都会上海に流れ込んでいる。 (資料参照)
 中国の戸籍制度は日本とはかなり違う。 現在上海で働いたり、 子育てをしている 「外地人」 の多くが上海戸籍取得を望んでいるが、 上海戸籍を取得するのは大変難しい。 もともと地方分権が著しく、 上海市人民政府が実施する社会保障制度や教育制度、 住宅政策など多くの制度が上海戸籍者を優遇している。 たとえば、 「外地人」 の子どもたちは義務教育を修了した時点で公立の高等学校を受験することすらできない。 日本企業で働いている在阪中国人の話では、 「日本国籍を取得する方が簡単だから、 一旦日本国籍を取得してから、 中国国籍に戻る際に上海戸籍を選択する人もいる」 らしい。
 一方、 清掃員や保安員、 建設作業員など、 低賃金のキツイ労働はほとんど 「外地人」 が担っており、 上海の高度成長を支える労働力となっている。 当初は出稼ぎのつもりが、 そこで結婚し、 子どもを産み、 親兄妹を呼び寄せ、 生活の基盤を上海で築いているが、 上海戸籍は取得できず、 「上海人」 と制度の壁を感じている点、 日本における外国籍住民に似ているかもしれない。
 国内外で人や物が活発に移動し、 さまざまなレベルでグローバル化している中国では、 従来の社会制度に対する問題認識も大きくなっており、 戸籍制度に関しても、 根本的な解決は制度改正しかないと多くの中国人が感じている。
 2010年3月2日に中国各地の新聞13紙が、 異例の共同社説を一斉に掲載している。 近く開会する全国人民代表大会と全国政治協商会議 (両会) の代議員に対し、 職権を行使して戸籍制度改革を迅速に実現するよう呼び掛けたもので、 社説は 「わが億万の国民が地域の南北、 都市農村の区別なく、 就職・医療・養老・教育・自由な移転の権利を与えられるよう望む。 数十年にわたる悪政はわれらの世代で終わらせてもらいたい。 後の世代には憲法が保障した自由、 民主、 平等の神聖な権利を与えよ」 としていた。

少子化・高齢化社会の中で
 

 中国全体では、 人口に占める60歳以上の割合が12.5% (65歳以上は8.5%) に過ぎないのに対し、 「上海人」 の場合は22.5%に達しており、 高齢化が著しい。
  「一人っ子政策」 の影響で、 17歳以下の子どもの割合は、 大阪市よりもっと少なく、 多くの家庭が 「子ども1人を大人6人 (父母に両祖父母) で世話している」 と言われており、 過保護で対人関係に弱い子ども、 社会人になったときプレッシャー (中国人はよくこの 「圧力」 という言葉を使う) に弱い人間が多くなっているという。 ネットカフェなる店が街のあちこちにあり、 インターネットに没頭する若者をよく見るが、 少しでもよい学校に入れたい親と勉強に興味を失った子どもの家庭内トラブルも深刻である。
 中国では、 定年退職の年齢が日本より低く、 男性では60歳、 女性では55歳が一般的で、 退職後は年金を貰いながらアルバイトをしている元気な高齢者も多い。 しかし、 少子高齢化の影響で年金財源不足が問題となっており、 政府は定年退職年齢引き上げを検討しているが、 国民の反発が強く、 実施の目途が立っていない。
 医療の分野でも、 行き過ぎた市場化により、 医療費が払えない人が結構いる。 知り合いの中国人が言うには、 「蓄えがない者は、 子どもや親戚が助ける。 助ける人がいなければ、 病院を追い出されるだけ。」 中国は、 日本と比べて、 親族扶助意識が強く、 また、 お金のある人が貧しい人を助ける習慣もあるが、 働かなくても国が面倒を見てくれるといった社会主義国のイメージは、 ここにはない。
 2009年4月、 政府は医療制度改革案を発表し、 個人や家族に頼るのではなく、 社会全体で扶助するシステム作りに着手している。

上海に住む日本人たち
 

 現在、 中国で暮らす日本人は、 約12万7千人 (日本国外務省統計2009年10月現在) である。 大阪市内で暮らす外国籍住民全体が約12万人 (大阪市市民局調べ) なので、 大阪市外国籍住民とほぼ同数の日本人が中国全土に暮らしていることになる。
 上海市公安局出入国管理局が公表している 「在上海常住外国人人口 (2009年末)」 によると、 上海で最も多い外国人は日本人で、 31,490人、 大阪市に住む中国人と比べても5,000人近く多いことになる。
 上海で暮らす日本人の多くは、 企業の駐在員やその家族、 留学生等であるが、 最近は日本の雇用状況を反映してか、 職を求めて中国に来て、 日本食レストラン等で現地採用され、 低賃金で働いている日本人やルーツを中国にもつ日本人も増えており、 中国人同様に貧富の差が広がり、 生活スタイルも多様化している。
 滞在中、 尖閣諸島の問題が発生し、 一気に緊張が高まった。 日本からは公私ともに安否を気遣う声が届き、 私も日中双方の報道を注視した。
 しかし、 双方の報道を見ていて気になったのは、 中国では、 「福岡で右翼団体が中国人観光客を取り囲んだ」 「右翼系市民3,000人のデモ隊が、 東京の中国大使館に抗議した」、 日本では 「反日デモが行われ、 青島の日本人学校にレンガが投げ込まれた」 「日本食レストランが中国人に襲撃された」 と、 お互いがされたことは大きく報道するが、 自国の行為はあまり報道しなかったことである。
 上海に住む中国人の対応は比較的冷静だった。 上海では、 「上に政策あり、 下に対策あり」 と上海人の友人が教えてくれたように、 普通選挙の実施されないこの国では、 政治は庶民と遠いところにあるのかもしれない。

2011012802.jpg

いつも野菜を買っていた市場の陳さんと (向かって左が筆者) 筆者提供

おわりに
 

 中国、 上海に住んで、 多くの中国人と言葉を交わした。 飛行機で2時間という近い上海は、 ことばも、 社会制度や人々の考え方等もまったく違う遠い存在であった。
 国家間の政治的な問題が、 文化や経済交流に大きな影響を与えることも痛感した。
 しかし、 一人一人は小さな存在だけど、 その一人一人が語りあい、 何かを感じ、 感じてもらえることが、 大切なのではないかと思う。
 最後に、 私が好きな中国語を一言。
  「我為人人、 人人為我」 (一人は万人のために、 万人は一人のために)

【資料 上海市の人口】

       上海市                       大阪市
人口  常住人口    1,921.32万人            2,661,700人
     (内戸籍人口  1,379.39万人) 

内訳  0~17歳  146.11万人(10.4%)         373,754人(14.0%)
    18~34歳  337.12万人(24.1%)         588,324人(22.1%)
    35~59歳  601.76万人(43.0%)         873,887人(32.8%)
    60歳以上   315.70万人(22.5%)         791,610人(29.7%)
    不詳                            34,125人( 1.2%)
    合計        1,400.69万人(100%)       2,661,700人(100%)

 【参考】 中国全体(2009年統計)
 総人口  133,474万人、うち男性:68,654万人(51.4%)
                     女性:64,822万人(48.6%)
 年齢内訳  0~14歳  24,663万人(18.5%)
        15~59歳  92,097万人(69.0%) 
        60歳以上  16,714万人(12.5%、このうち
        65歳以上 11,309万人 8.5%)

※上海市人民政府ホームページ:統計2009
www.shanghai.gov.cn)
※大阪市役所ホームページ:統計2009年及び 「多文化共生資料」 より
※上海市人口年齢別内訳は、 戸籍人口のみ。 また、 人口総数は市統計局、 年齢別人口は市公安局提字のため不一致が生じている。