特集1 韓国スタディツアー「女性のエンパワメントのためのプサン&ソウルへの旅」
私は、2011年4月から大阪府立大学大学院に研究生として在籍し、ジェンダーと女性に対する暴力・性売買に関する研究をしている。これまで研究文献を読んできたが、次第に、支援活動の実践現場に行ってみたいと思うようになった。ちょうどそのとき、ゼミの先生から、ヒューライツ大阪と財団法人大阪府男女共同参画推進財団が共催した「女性のエンパワメントのためのプサン&ソウルへの旅」というスタディツアーを紹介してもらった。韓国の女性人権擁護運動の中心的な存在である「韓国女性の電話連合」の一支部である「プサン女性の電話」や、個人では訪問できないシェルターなどの支援センターを見学できるという良い機会だったのでその場で参加を決めた。
まずプサンを中心に支援団体の紹介と、訪問先のスタッフや参加者の話も取り入れながら自分が感じたことについて報告したい。
韓国の金海(キメ)国際空港に到着し、バスで「プサン・ヘバラギ女性・児童支援センター」へと移動した。ここは、性暴力、売買春、DVの被害女性と、被害児童を保護し支援する専門センターである。いわば、ワンストップ支援センターで、韓国の女性家族部(省)とプサン広域市が、運営費や治療費を支援し、プサン地方警察庁が捜査支援のため女性警官を派遣し、場所と医療を提供しているプサン東亜大学病院の4者が協力している機関である。
現在、「女性・児童支援センター」は、韓国内でプサンを含む全国4ヶ所で運営されている。事業目的は、性暴力、DV、売買春被害者や13歳未満の性暴力被害をこうむった児童、知的障害者を対象とし、365日24時間体制で、相談、医療および治療・法律・捜査支援をワンストップで提供することによって、被害者が危機状況に対応できるよう支援し、2次被害を予防することである。
同センターを案内してくれた所長の話によると、ワンストップの機能を持つセンターとして開所したのは、韓国で児童に対する性暴力事件の増加によって国家的な支援の必要性と、被害女性や被害児童に対する医療支援と犯罪捜査、心理的支援を含んだ総合的な支援体制が求められたからである。そこで成人女性被害者には心理的治療が可能になり、被害児童には犯罪捜査が素早く1ヶ所で対応が出来るようになったという。センター内では、犯罪の証拠採取のための産婦人科検診室、捜査室、心理治療室などが設けられていた。捜査室では常に女性警官が3交代体制で待機していて、私が見学したときも室内設備について説明してくれた。捜査室では陳述を書くときの様子を他の部屋から親など保護者が見守ることができる。
社会福祉法人「セギル共同体」は、「プサン女性のシムト(シェルター)」、性暴力被害者の一時保護施設「ヤンジト(日差しが注ぐ地)」、DV被害者長期保護施設「ヘボント(太陽を迎える)」、住居支援事業としてグループホームの「セナル(新たな日)」で構成されており、政府の支援が7割で一般企業や民間による支援が3割という形態で運営されている。
「シムト」は、DV被害女性およびその子どもを含む母子世帯の保護施設で、最初は6ヶ月で、3ヶ月の延長が可能である。長期的保護が必要とされる場合、「ヘボント」へ移り、自立する期間として2年間入所が可能である。
主な支援事業はそれぞれの施設入所者に対し、日常生活支援や個人・集団相談、法律、医療、教育、治療回復プログラム、無料職業訓練、退所後の支援活動などが行われている。「セナル」では、未成年の男子を持つ被害女性が子どもとともに生活が出来る住居空間を提供している。入所期間は、最初2年間で、さらに2年延長が可能である。セギル共同体院長のキムさんは、施設の見学案内とともに活動紹介を兼ねた質問応答の時間を設けてくれて、参加者からは色々な質問が飛び出た。その中で、私も疑問に思ったことをある参加者が質問したので紹介したい。それは、最も非公開であるべきシェルターに関する情報、つまり住所や電話番号が記されたパンフレットを発行していることに、大丈夫かという疑問であった。DVの加害者である夫が突然現れたときの対応について尋ねると、被害者は被害を受けた場所から遠く離れた地域の支援施設に入所するのが基本なので、質問のケースはほとんど見られない、と院長はいう。万一加害者が現れても、近所に警察署や交番が設けられているので、すぐに対応が可能だという返答であった。それを聞いて参加者の中では安堵する様子も伺えた。
ヘバラギ女性・児童支援センター内の捜査室
プサンでは、社団法人「プサン女性の電話(ホットライン)」を最後に訪ねた。ワンストップ支援センターの「ヘバラギ」は、政府主導型で児童性暴力専門センターの性格を持っているが、「プサン女性の電話」は民間主導で、主に成人女性を対象に、暴力相談支援のみならず、女性に対する差別と暴力の撤廃運動や市民意識の改善運動、地域女性の活性化運動など、女性のあらゆる領域に渡り活動している人権擁護運動団体である。付設機関である「性暴力・家庭暴力相談センター」では、暴力被害相談支援から、法務部(省)認定の移住女性に対する暴力相談や帰国を望む場合の手続きの支援、(無料で行われる)や、小・中・高校などの学校を対象とした性教育の実施、危機に瀕した夫婦の希望者に限っての相談事業など様々な活動をしている。
実は、私も2年前に「プサン女性の電話」が企画した「性暴力相談員教育講座」に参加したことがあって、「プサン女性の電話」事務局長のジョンさんと久しぶりに会った。当時、とても力強かった彼女の講義の様子が再び蘇って、再会できたことがすごく嬉しかった。ジョンさんは、相変わらず生き生きと活動の紹介や見学の案内をしてくれた。この施設を見学したとき最も印象に残ったことは、若いスタッフの手作りによる性教育用の人形である。小学生を対象としたもので、男性と女性の体の特徴がびっくりするほどきちんと表現されていた。正直ちょっと恥ずかしく思えるくらい正確な作りだったが、その奇抜なアイデアから、スタッフたちの活動に対する情熱と積極的な姿勢が感じられた。
「プサン女性の電話」のスタッフの説明を通訳する筆者
プサンのシェルターや支援センターを見学し、児童に対する性暴力や女性に対する暴力の深刻性について改めて痛感した。多様な性のあり方が存在する現在、男性とか女性とかで性を二つに分けた考え方には賛同できないが、しかし、いかなる状況においても力の強い人間が、弱い人間に対し暴力を振るうということは許されない行為である。依然その対象の多くは子どもや女性であるという事実に変わりはない。そもそも人権の享受から女性は排除されてきて、それに抵抗した女性運動の成果として、韓国では、性暴力防止法(1993年)、DV特別法・保護法(1997年)などの法律が成立した。こうした法制度の整備により、被害女性の基本的人権を守り保護することは可能になったとはいえ、女性を取り巻く社会文化的環境は思ったほど改善されていない現状を改めて考えさせられた。
スタディツアーは、現場でなければ得られない経験と貴重なお話を聞くことができ充実したものであった。それとともに夕食が終わった後、疲れているにも関わらず、飲み物や食べ物を持参して何人かで部屋に集まり、見学したところの感想や意見について熱く語り合ったことも忘れられない。参加者の中でも年配のある方の、今の日本の現状について熱く語る姿にとても勇気をもらった。ツアー出発前に事前学習で顔合わせをしていたものの、ツアーの当日は少し気まずいかのように思われた参加者同士は、ツアーが終わる頃にはすっかり仲良くなって私は別れるのが寂しくなった。このように見知らぬ人々との出会いの喜びと、一緒に笑い、真剣に語り合い、交わした時間が私にとってかけがえのない記憶として残っている。この旅に参加できて本当に感謝する。