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国際人権ひろば No.102(2012年03月発行号)

特集 人間らしい仕事―ディーセント・ワークを考える

ディーセント・ワーク実現のためのユニオンの役割

中嶌 聡(なかじま あきら)
地域労組おおさか青年部書記長

 

はじめに

 「100年使えるスローガンってないやろうなぁ」―毎年、労働者の祭典であるメーデーの日を迎えた時に思うことだ。その昔、メーデーは「8時間労働、8時間睡眠、8時間の自由な時間を」というスローガンを掲げていた。100年たった今でも、このスローガンが十分通用してしまう現状がある。このスローガンより広い概念であるディーセント・ワークの実現は、私の普段の活動経験から簡単ではないと思っている。そこには、ディーセント・ワークが守られていない現状だけでなく、ディーセント・ワークを求めることがどれだけ難しいことかを実感せざるを得ない現状がある。
 

是正されない違法・無法の企業群

 法律を無視する企業が増えていることは誰もが知っていることだが、より問題視されるべきは、そのような企業が市場で淘汰されない状況になっていることである。
1)「18時以降の研修は自由参加であることを確認する」といった主旨の確認書に入社日当日にサインをさせられた新卒を含む20代前半の男女が相談に来たのは2011年の6月だった。彼女らの話によると求人票を出している会社と面接した会社、内定を出した会社は同じにもかかわらず、入社日当日にサインさせられた様々な書類に記載された会社は別の会社だったそうだ。疑問に感じながらも彼女らは「せっかくの正社員だから」とサインをしてしまう。ことはそれだけで終わらなかった。働き始めるとほとんどまともな研修はないだけでなく、メーカーからは業務用にしか売ってはならないとされているエアコンを、普通の家庭にも売るようにと指示される。また、リース契約をする際に必要な契約書にどうにかサインをさせ、その足で判子を購入し、お客に黙って押印しリース会社に書類を送っていた。所定労働時間外の18時以降には「自由」のはずにもかかわらず、休む時は連絡することが強制された「研修」が毎日あった。
 会社は1ヶ月を期間とする裁量労働制や事業場外労働の制度導入することで土曜日の出勤や残業代の計算を非常にややこしくすることを可能にしていたが、労使協定に必要な労働者代表の選出は、その時判子をもっていたという理由で、かつ、労働者の選挙によってではなく、会社が決めた相談者であるH氏であった。H氏は何の説明もなく署名捺印をさせられた。
 彼女らは、労基署に申告をしたが、18時以降の残業については確認書への署名を理由に厳しいと言われた。組合にも加入し団体交渉をしたが、会社側の責任者は出てこず話にならない。抗議宣伝も3度行い、労働委員会によるあっせんも行ったが、会社側は責任者が現れず、和解するつもりもないとして、つい先日振り出しに戻ってしまった。声を上げ始めて8か月たち、本人たちも疲弊しかけている。
2)20代前半の男性U氏は、2011年12月末、ハローワークの求人票を見て携帯電話の電波調査業務に応募した。採用後、労働条件の明示はなく、携帯の電波調査とは到底関係ないと考えられる家電製品の電話営業をさせられた。そして働き始めて数日後に「名前を書いて」とだけ言われて出された「トライアル雇用計画書」の時給欄には最低賃金が記載されていた。大声で一日中マニュアルを読ませ続けられるなどおよそ合理的とは言えない「研修」や、高圧的な上司の対応に精神疾患を患い、1月以降休職している。しかし、会社は社会保険にも加入させておらず、傷病手当金の制度も使えない。そして3月にはトライアル雇用期間(有期雇用)が終了し、彼は失業給付すら受給できず1月以降何の収入もなく労働市場に放り出されようとしている。この会社も団体交渉の席で労基法違反は認めるものの、「だからどうした?」という態度を繰り返している。この件を当事者は組合加入前にハローワークに伝えたが「そういう会社もある」と何も対応されなかったようだ。労働条件明示義務違反は、労基署に申告したところで、注意指導だけでほとんどおとがめなしである。このような会社でもU氏が休職状態にならなければ、トライアル雇用で3ヶ月後に雇い止めにしてもトライアル雇用奨励金として月4万円が会社にはハローワークから支給される仕組みになっている。
3)20代後半で飲食店の店長をしていたO氏は、3店舗の立ち上げから運営を任されていた。残業だけで月平均120時間を超えており、彼の言葉によると「帰ったら即布団行きで、気が付いたら朝で遅刻寸前。これが日常だった」らしい。労働相談に来たとき、彼が着ていた服は食品を作るときに使うのであろう白い粉だらけで、メガネは完全に曇り、焦点が定まっているようには見えなかった。相談を聞いていると、直近の月は残業時間が過労死ラインである100時間の2倍になる200時間で休みは1日だけだった。給与明細を見ると残業代は1円も払われていなかっただけでなく、基本給は最低賃金を下回っていた。タイムカードもなく、会社側に残業代の請求や過労についての補償を求めたが、証拠がないことを理由に会社は拒んだ。より交渉を強めようとしたが、うつ病と診断された当事者が、闘争を続けることはできなかった。現在うつ病と向き合いながら生活保護を受給している。
 このように、法律違反は明らかであるにもかかわらず監督行政の不備や、法律そのものが役に立たないこと、証拠不十分、本人の体調との関係など様々な理由で、企業が適切なペナルティーを受けることなく活動を続けることができてしまう現状がある。こういった現状を見ている私からすれば、ディーセント・ワークがあまりにも程遠い現状にあると言わざるを得ないのだ。
 

ディーセント・ワークを実現するために

 実現があまりにも程遠いことを前提とした上で、実現するために何が必要かを考えてみたい。5つあると考える。
①法律の適正化(派遣法や有期雇用など法律の不備により労働者の権利が“合法的に”侵害されている)
②監督機関の強化(監督官の人員増強、権限強化、罰則強化)
③労働者トレーニング・労働組合の再編(労働関係法律の知識提供、守られなかった時の適切な対応の習得、労働組合の実践、企業内組合を乗り越えた企業横断型の力をもつ組合への移行)
④企業外の職業訓練の拡充(職業訓練を企業に依存するのではなく公共が担うことで、労働者全体のスキルアップ、転職を支援する)
⑤社会保障の充実(企業からの賃金を得ることなしに最低限の生活すらできなければ「藁をもすがる」状態になり労働条件の低下に対抗できない)
である。これらの中で、私たち個人加盟のユニオン(労働組合)が特に担う役割について考えたい。
 

労働者に「学習」だけでなく「トレーニング」を

 ディーセント・ワーク実現のための5つの課題の中で、すべてにかかわりながらも、直接的にユニオンが担当する部分は労働者のトレーニングであると私は考えている。先に述べた事例では現時点で解決に至っていない事例を紹介しているが、実は何らかの和解をしている事例の方が圧倒的に多い。青年部でこれまで60件ほど担当しているが継続しているものを除き解決できなかったのは1件もない。ただ、和解によって本人はある程度の補償がされたとしても、その後その会社が市場の中で淘汰されたり、しっかりと是正される保障はどこにもない。ここが問題視されるべき点であろう。つまり会社は、法律を守らなかったことで、その後監督行政や組合との団体交渉に対応をせざるを得なくなったとしても会社が市場淘汰されるほどのダメージは受けないのであり、そのことが、根本的な改善を作り出せない背景にある。
 私はこのような状況を踏まえ、労働者の全体的なトレーニングを広めていくことで会社と労働者との間に緊張関係を作りだしていく必要性を感じている。そしてユニオンの運動はまさにそこに力を発揮できると考えている。青年部では、相談が来るとメーリングリストにて全体に共有し、団体交渉の日程が決まるとみんなに呼びかけ参加できる人が参加するスタイルを取っている。団交での発言も自由だ。時には抗議宣伝もみんなで実践する。このプロセスで、実は組合員は相当鍛えられている。たとえば労基法の知識や労働組合というものがどんな力を持てるかを知ること、団体交渉や抗議宣伝を体験することで、経営者の理屈に言い返したり、自分の要求をまとめたりするトレーニングがなされていくのである。
 法律を守らせること、変えていくことなどは同時にもちろん必要であるが、現時点でも法律が守られていない以上、立法によってだけでは解決するとは到底思えない。ディーセント・ワークを実現するためには、先に述べた5つの視点での取り組みを進めると同時に、労働者がトレーニングされるような実践を広げていくことに最大の力点を置く必要があるだろう。私たち地域労組おおさか青年部は4月1日より通称名を「大阪青年ユニオン」とする。変更にともない、ディーセント・ワーク実現のためにも、泣き寝入りやキレてしまう青年労働者にトレーニングを通じて民主的な手段によって「正しくキレよう」という呼びかけを強めていきたいと考えている。