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国際人権ひろば No.106(2012年11月発行号)
世界の人権教育
生活から人権を学ぶ -台湾のキャンパスからの人権教育推進の発展プロセス
湯梅英(タン・メイイン)
台北市立教育大学教育学部教授
台湾は日清戦争から第二次世界大戦終戦まで(1895-1945年)の50年間、日本の植民地統治を受けた。現在、日台に正式の外交関係はないが、経済、社会、文化などの面で交流している。政府も民間も日本への視察が大好きで、常に日本の学者の理論や観点を引用して、台湾の社会の問題解決の参考にしている。「哈日族(ハーリーズー)」(日本フリーク)もいる。
台湾は、近代化の過程では日本の影響を深く受けたが、自由・民主主義・人権の発展については、一歩づつ自分たちで道を開いた。ここで、台湾の人権推進の歩みを簡単に説明し、「生活から人権を学ぶ」という台湾の経験を紹介することで、読者に台湾の人権教育について理解を深めてもらいたい。
独裁に対する運動から
台湾社会は、異民族である日本の統治に反対し、1949年に国民党が台湾へ移った後は、一党独裁になり、人権保障と民主政治のために運動して来た。ある意味で、それも一つの人権教育となった。その例として1950年代の雑誌『自由中国』や1970年代の非合法の反政府集会や政治活動がある。とはいえ、組織的に人権教育を推進するようになるのは、1987年の戒厳令解除後のことである。民主主義と人権保障を得るための政治改革や社会運動が広がった影響で、教育改革を求める声が起きた。教育改革では、「人々が教育権の主体であること」や「体罰の廃止」などを要求する訴えがおこり、「国連人権教育10年」(1995-2004)が提唱され、社会全般で人権教育が重視されるようになった。学界では、1995年に東呉大学政治学部が「国連と国際人権保障」、「人権思想と問題」、「ジェンダー政治学」、「環境保護政治」などの授業を開講した。民間の人権団体も人権教育の推進を重視しはじめた。1996年に柏楊氏が創立した「人権教育基金会」は、民間ではじめて人権教育を主旨とした組織である。書籍の出版に加え、「中学生の人権教育キャンプ」や教員の研修活動も行われた。
人権教育が教育活動に位置づく
教育改革が盛り上がり、民間団体は、「学生が主体であること」、「保護者の参加と選択」を尊重することを求め、遂に政府を動かすプレッシャーとなった。改革の要求に応えて、政府は、「教育権の主体は人々である」という内容の教育基本法を制定する他、教員の多角化をめざした養成、小中学校のカリキュラム改革、学校単位での自主管理、保護者の参加、学生の教育を受ける権利などの課題を検討した。1998年、教育部は「国民教育段階九年一貫課程総綱綱要」(Taiwanese National Curriculum Guidelines-Grade1-9 Curriculum Guidelines)を公表し、人権教育を重要課題の一つとした。また、2000年に公表した「同暫定版」では、人権教育を非正規の講義ではなく、正規学習の領域に組み入れることを確定した。2001年9月から、台湾各地の国民中小(中学校、小学校)は人権の核心的な概念をカリキュラムと教育活動に組み入れ、人権教育を推進した。
一方、2000年の台湾総統の選挙後、民進党が初めて政権を取り、「人権立国」として国際社会とつながって台湾の政治的孤立を打破しようとした。そこで教育部に2001年に「人権教育委員会」の設立を促し、人権教育や学生の基本権益の保障を推進し、人々が人権にめざめ、異文化間の尊重と関心を高めるように進めた。そして小中学校の人権教育を正式に教育行政の体系に組み入れることを推進して、中央から地方までトップダウンで制度化・系統化のネットワークが設立された。
人権教育教材の開発
筆者は1996年から人権教育の推進の仕事に参加してきた。当初は、東呉大学政治学部の黄黙(マブ・ファン)教授が主導する国家科学委員会の「人権教育と人権保障」統合計画に参画して、海外の教材を参考にし、対話セミナー方式を用いて、人権の理論と実践を結びつけ、授業の経験と人権の抽象的概念をつなげて、台湾発の人権教育教材として順次発展させた。2000年以後、小中学校の協力校に人権教育を導入するために、筆者は対話セミナー方式での人権教育教材を増やした。そして具体的な問題をとりあげ、学生の日常生活の経験を使おうとした。教員に対しては、既存の教材、新聞記事、学校生活の実例などの活用によって問題解決を探るということをめざして、早朝の時間、朝礼、学校行事を利用し、人権教育を随時行った。
次に「地球防衛戦」というタイトルで進めた人権教育の関連図を紹介する。これは、廃棄物処理問題で、住民の抗議を呼んだニュースを軸にして、学生に生活と関連する人権課題を気づかせたものである。
教育内容からみると「言語学習領域」は、ニュースの報道を読んで、ごみと環境汚染の問題を討論することを主な内容としている。「自然科学技術と生活領域」では人為的な地球環境破壊の原因を追求する。「社会領域」は、政府と住民、政治参加などの内容を探究し、環境権、生存権、公民権など関連する人権の課題を統合し、学生に政治制度、法律規定が個人の権利及び責任、もしくは社会、国際的な責任の影響を討論するよう導く。「芸術と人文領域」と「総合活動領域」では、「地球防衛戦」の広報活動の計画、発表会をメインにして、アクションの効果を共有する。
筆者は人権教育の推進に参加し、主に教員育成と教材の拡充にかかわった。専門の教員チームを編成し、日常生活で学生が出くわす人権問題を主にして日常生活で権利に関連する問題についての観察力を育成し、人権の内容を理解させるようにし、生活における人権の価値を具体的に示した。一例をあげると、筆者は2004年に、教育部の委託を受けた特別研究プランの中で、「生活から人権を学ぶ」というテーマのプランを立て、児童書と絵本、日常生活での人権事例を使い、学生が、学習活動から規則、尊重、協力などの人権の中心的価値を学習するようにした。ニュース記事の収集と討論を通して、人権課題と生活を結びつけ、体験学習、スピーチ、ロールプレイ、個別問題の討論、ポスター、スローガン作り、演劇などのアクティビティによって、子どもが人権の理念を理解し、個人の権利と住民の利益との間にありうる衝突を分析し、民主的なコミュニケーションスキルを学習することをめざした。また他者への尊重と関心をもつ価値観を持つように教えた。例えば学校や教室内でのトラブル、イジメ、差別と偏見、あるいは町内のゴミ、汚染などの生活問題についても、学生が問題を直視して討論や分析することによって、自分の考えを整理し、問題を正確にとらえ解決する能力を育て、権利と保障の理念、それを実現するプロセスを理解し、具体的問題を解決することをめざした。
直ぐに効果が現れるものではないが…
人権教育は、学校での推進から、民間団体、学界、政府部門へと広がっている。政府主導の場合には、どうしても「トップダウン」による階層化、「命令遵守」の独断化、および「結果」ばかりが強調されやすい。いずれにしても、多くの学校は確実に独自色を出して発展しつつあり、多くの教員が、積極的に「統合方式」、「テーマ方式」、「課題中心」で創意工夫して教育計画を作っている。教員と保護者の協力により、学校と地域の交流を活発にさせ、長きにわたって批判を抑えてきた学校システムを順次開放し、民主的なキャンパスになりつつある。筆者は、人権教育推進の経験をふりかえると、「教育は人材を育てる百年の大事業である」ということに感無量である。そして人権教育の推進には、文化的な要素と教育システムの二重の壁に挑戦しなければならず、「棒を立てると陰が見える」というような目にみえる効果は直ちに現れるものではない。
(翻訳協力:NPO法人おおさかこども多文化センター)
人権教育統合方式の授業計画の関連図-地球防衛戦