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国際人権ひろば No.106(2012年11月発行号)
人権の潮流
すべては子どもの"安心・自信・自由"に
CAP(キャップ)は、Child Assault Preventionの略称で、「子どもへの暴力防止」を意味する。1978年に米国で開発されたこのプログラムは、子どもたちがいじめ、痴漢、誘拐、虐待、性暴力といったさまざまなあらゆる暴力から自分の心と体を守るために何ができるかを保護者、教職員、地域の人々、そして子どもに伝える暴力防止のための予防教育プログラムである。
(1)CAP導入の背景
1995年にプログラム実践者の養成が本格的に始まった日本でのCAP活動は、それまで人権、暴力防止、女性問題などの分野で別々に活動をしてきた市民が、“子どもへの暴力防止”の旗のもとに集い、つながり、全国に草の根活動として急速に広がった。
この広がりは、地域への積極的な働きかけを行ったプログラム実践者、それに共感してくださった保護者や行政の存在に負うところが大きい。さらに子どもが巻き込まれる事件がセンセーショナルに扱われ社会問題となる中で、CAPプログラムが時にはいじめ対策として、ある時には防犯対策として、またある時には虐待防止対策として取り上げられたこともその広がりの一因としてあげられる。「子どもの安全・安心」の取組みへの関心が高まり、いくつかの地方自治体では委託事業として採用され、日本ではこれまでに(2012年3月末)、455万人以上のおとなと子どもがCAPプログラムに参加している。
(2)CAPプログラムの特徴
CAPプログラムが、従来の「~してはいけません」式の危険防止策や暴力から身を守るハウツーとは大きく違うのは、暴力防止の核となる「自分はかけがえのない大切な存在」という人権意識を育むことが重要だと考えている点だ。そのため、教職員、保護者、地域という子どもを取り巻く環境であるおとなへのアプローチを大切にしており、子どもへの暴力防止に関する正しい知識とスキル、子どもが自分の大切さを日常生活で実感できる関わりを提案し、子どもの力を信じ、子どもの視点に立ち、子どもの話を聴くことができるおとなを増やすためのおとなワークショップに力をいれてきた。
また子どもには、子どもの問題解決能力への信頼をよせ、子どもの本来持っている内なる力を活性化するエンパワメントを大切にし、子どもワークショップを実施してきた。参加型学習(ワークショップ)を通じて人権概念を「安心」「自信」「自由」という子どもの感覚に働きかける言葉を使って伝え、子どもの人権意識を育んでいく。そのうえで、発達に応じた暴力防止に対する正しい知識やスキルを伝え、子どもに問題解決モデルや「できること」の選択肢を提供し、子ども自身の暴力へのレジリエンスを高めていくねらいだ。子どもの発達段階に応じて、CAP就学前プログラム、CAP小学生プログラム、中学生暴力防止プログラムがあり、保育園や幼稚園、学校でおもに実施している。2005年からは、すべての子どもにCAPプログラムを届けるため、児童養護施設など社会的養護のもとにいる子どもたちや、特別支援学校・学級において障がいのある子どもたちへのCAPプログラム提供のために、実施ガイドラインの整備、プログラムの開発などを行い、子どもの人権が尊重され、子どもへの暴力のない社会をめざして積極的に体制を整えてきた。
さらに子どもに関わる関連機関とのネットワーク・連携にも力を入れ、子どもへの包括的な関わりをもって、子どもの孤立を防ぎ、子どもへの暴力を容認しないコミュニティを作ることをめざして活動している。
(3)子どもの権利と暴力防止
暴力は力の不均衡があるところで起こる。身体的、あるいは心理的になど、力が強い・あるいは強いと思わされている方が力を濫用し、弱い・弱いと思い込んでいる方が乱用される。特に子どもは社会の根底にある“子ども差別”の中で圧倒的な力の不均衡の状態におかれ、それが暴力にあいやすい状況を生み出している。暴力防止には子どもの暴力にあいやすさを減らしていくことが重要になる。そのためには、おとなの子ども観の変革、さらにおとなが子どもを権利主体としてその力を信じる姿勢を持つことが大きなターニングポイントであると考えている。だからこそ、おとなワークショップの取組みに重点を置いてきた。
CAPの子どもワークショップでは、まず権利について学ぶ。食べたり寝たりすることは生きていくためにどうしても必要なこと、このような「生きるためにどうしても必要なもの」のことを「権利」(基本的人権)と定義し、子どもたちには特に大切な3つの権利、「安心して、自信をもって、自由に生きる権利」があると伝える。安心とは、怖いことがないときの気持ち、自信とは今までできなかったことが出来た時の気持ち、自由とは自分が本当にしたいことを自分で選べた時の気持ちである。
一方、暴力にあったとき、不安や無力感を感じたり、自分はどうすることもできなかった、そうするしかなかったというような心理状態になる。つまり暴力にあうことは、「安心・自信・自由」の権利が奪われることである。権利を学ぶことで、子どもたちは自分が暴力にあっているかもしれないという感覚とバロメーターを持つことができる。「じぶんは大切な存在である」という人権意識を実感し、暴力にあっているかもしれないという感覚を持ってこそ、自分の心とからだを守るために何かしらの行動や対応をとろうと思うことができるのである。当事者の力、それは暴力防止にとって最も重要なものだ。
(4)暴力防止活動の普及に向けて
長い間、子どもへの暴力の存在は、隠ぺいされ、特別な出来事としか認識されてこなかった。それが1989年に国連で「子どもの権利条約」が採択、日本の批准(1994年)から始まった流れの中で、法律や制度の整備も進み、社会の関心の高まりも手伝って、近年やっと「子どもへの暴力・虐待」の存在が社会の中で認識され、顕在化してきた。
学校では、防災・避難訓練は繰り返し行われている。それらと同様に、日頃から暴力に備えるトレーニングを行うことが大事である。そのときに、子どもを怖がらせるのではなく、「なにができるか」に焦点をあてなければならない。そして、日常生活で「安心して、自信をもって、自由に生きる」ことができるよう整備し、「子ども自身が自分は大切な存在である」と思える働きかけをおとなが、なによりも社会全体が行うことが子どもへの暴力防止の鍵だと考えている。
この夏以降、子どもたちのいじめ、自殺の報道が相次ぎ、社会全体が再びいじめ問題に注目している。いじめは暴力であり、安心・自信・自由が奪われる行為である。おとなは、自分たちが子どもだった頃もいじめはあったし…、多少のいじめは仕方ない、どこからがいじめなのか・・・、いじめられる側にも問題がある、おとなになるためにはもまれることも必要なことだなどと、おとなの視点で判断したり、考えたりしてしまいがちだ。しかし、子どもへの暴力は、当事者である子どもの視点で考えることが重要である。子どもへの暴力は子どもの視点に立たなければ見えてこない。
普段から暴力というテーマについて、子どもたちが話せる環境を整えておきたい。暴力をふるう側から「誰にもしゃべるな」と秘密を強要をされたり、暴力を受けている側が「恥ずかしい」といった心理状態によって語ることができずに孤立することになり、暴力が隠蔽されてしまうことがある。当事者の語る言葉、サインを見逃してはならない。見えないから「ないもの」として扱ってしまうことがないようにしなければならない。今、子どもたちを守るおとなの力が問われている。
子どもが自分の大切さを実感し、自分の感覚を信じ、「話してもいいんだ」「助けてもらっていいんだ」という認識を持てるように、おとなにできることがあると提案し続けていきたい。
(CAPセンター・JAPANのウェブサイト http://www.cap-j.net/)