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国際人権ひろば No.108(2013年03月発行号)

特集 人権指標

「人権CSRガイドライン」とその活用

菅原 絵美(すがわら えみ)
(大阪大学大学院国際公共政策研究科特任研究員
部落解放・人権研究所企業部会人権CSR研究会員)

 

 2013年3月、『人権CSRガイドライン:企業経営に人権を組み込むとは』(部落解放・人権研究所企業部会編、菅原絵美著、解放出版社)を刊行した。これは、『部落解放・人権研究報告書No.19 人権CSRガイドライン:自己診断を通じて知るマネジメントとパフォーマンスの達成度』(2011年3月)をベースに、2011年6月に国連人権理事会で承認された「ビジネスと人権に関する指導原則」の人権デューディリジェンスに関する項目を強化するなど、当初の内容の約3分の1に加筆・修正をし、改訂したものである。このように新ガイドラインは、指導原則はもちろん、国連グローバル・コンパクトの人権・労働原則、ISO26000、グローバル・リポーティング・イニシアチブ(GRI)のサステナビリティ報告ガイドライン「G3.1」、日本経団連企業行動憲章(第6版)を広くカバーする内容である。本稿では、ガイドラインの視点とともに、その内容と活用法、そして活用による効果を紹介したい。
 
 

ガイドラインの視点:「人権CSR」とは?

 
 ガイドラインは、自社の決定や活動が「誰の何の権利」に影響を与えているのかを確認するところから始まる。企業活動と関わる「誰か」とはステークホルダー(利害関係者)であり、労働者、消費者、地域住民、投資家、取引先の労働者などである。例えば、健康への権利を考えると、メンタルヘルスや長時間労働は労働者の権利、公害による健康被害は地域住民の権利、食品や製品使用の安全性は消費者の権利、自社のQCD (品質・コスト・納期)要求のもとで取引先が十分な労働安全・衛生を維持できるかどうかは取引先の労働者の権利と関わる。このように考えてみると、労働者と接する人事や人権啓発はもちろん、調達、販売、営業、広報など、さまざまな部門が人権課題とかかわっていることがわかる。したがって、企業活動のなかで人権の尊重や促進を実現するためには、「自社の経営課題として重要性を再確認するとともに、方針、事業の決定やプロセスといったマネジメントのなかに組み込むこと」が必要である。ガイドラインでは、このことを「人権CSR」と呼んでいる。
 人権CSRのポイントは、①人権を経営課題と再認識し、人権方針やプロセスといったマネジメントを確立する、②公正採用、ハラスメントの防止など社内の労働者はもちろん、バリューチェーン上の全ステークホルダー、特に取引先の労働者、周辺地域の住民まで取り組みの視野を広げる、③国外の現地会社や取引先を含むグローバルなマネジメントを確立するとともに、進出先の地域社会が抱える人権課題の解決に取り組むローカルなパフォーマンスを重視する、④「経営リスク」ではなく、「人権リスク」を重視して取り組む、という4点にある。人権CSRとして人権を経営に組み込むことは、人権侵害を防止する積極的な態度であるとともに、複雑化するステークホルダーのニーズを背景に今後の企業成長の鍵となってきている。
 
 

ガイドラインの内容と使い方;自社の取り組みの可視化

 
 以上の視点から、ガイドラインでは、「報告書に何を書くか、どう書くか」ということ以上に、「企業にとって、『人権』とは何であり、どんな課題があり、具体的に何をすればいいのか」ということの再認識、「気づき」を、第一と考えている。この「気づき」を促進させるという点から、ガイドラインのチェックポイントを点数化し、自己診断ができるようにした。
 ガイドラインは二部構成になっており、第一部「人権CSRマネジメント」は経営トップによるリーダーシップ、基本方針や仕組み、人権教育など、企業経営に人権を組み込む上で基盤となる方針およびプロセスに関する11項目から成り、第二部「人権CSRパフォーマンス」は労働者、消費者、地域住民などステークホルダーの権利実現に向けた取り組みに関する16項目から成る。各項目は4つのチェックポイントから成り、マネジメントでは①、②、③、④、またはパフォーマンスではB1、B2、B3、B4と数字が大きくなるにつれて、達成への難易度(より多くの時間とリソースが必要になるなど)を高くした。マネジメントの「①」およびパフォーマンスの「B1」については平均8割の達成度を期待して設定している。これら定性的なチェックポイントに加えて、パフォーマンスでは定量的なチェックポイントを各項目につき1つずつ設定している。
 ガイドラインの自己診断を通じて、自社の取り組みの強みと弱みを把握するのを助けるため、(社)部落解放・人権研究所ウェブサイト(http://blhrri.org/kenkyu/project/human_rights_csr/human_rights_csr.htm )では、診断結果を点数やグラフとして可視化するチェックシートを提供している。すべての項目を盛り込んだ全体編に加え、マネジメントの「①」およびパフォーマンスの「B1」のみを集めた基礎編のチェックシートも用意している。
 チェックシートを使い、自己評価を始めるにあたり、最初にしていただきたいことは、取り組みの深さである評価対象範囲の設定である。評価対象の範囲の例としては、①本社単体、②国内子会社およびグループ会社、③国外子会社、グループ会社、④国内一次取引先、⑤国外一次取引先、⑥二次以上の国内取引先、⑦二次以上の国外取引先などの段階がある。重要なことは現在の到達点を把握することであるから、全項目で範囲を統一する必要はなく、項目ごとに設定を変えることも可能である。
 拙著のなかでは、ガイドラインのマネジメントおよびパフォーマンスを項目毎に解説するとともに、2011年度CSR報告書から好事例を紹介しているので、参考にしていただきたい。
 
 

 ガイドラインの活用の効果

 
 ガイドラインの各チェックポイントは部門横断的な内容となっているため、一部門のみで回答するには難しいものとなっている。各部門から協力を得、またステークホルダーや第三者(専門家等)を招くなど、活用法を工夫することで、次のような「気づき」や可視化が期待できる。
 
①担当者または担当部門による自己診断 
 ・自己診断を通じて、自社が展開してきた「人権CSR」の全体像を把握する。
 ・取り組みの全体像のなかで、方針があるか、影響評価をしているかなど、マネジメントが確立しているかを確認する。
 ・事業活動に関わる人権の課題の広がりを認識し、自社にとっての人権リスクは何か(誰の何の権利なのか)を把握し、優先度の高い課題から取り組む。
 ・「人権CSR」を社内で取り組むにあたりどこが音頭をとるのか、担当部門、担当体制を考える。
 
②複数部門(CSR、人事、調達、コンプライアンスなど)による横断的な自己診断
 ・「人権とはなにか」「ビジネスと人権」「人権リスク」などの視点と現状を共有する。
 ・自身の部門でも人権と関わりがあるという認識を確立する。
 ・各部門が「人権CSR」の対象となる取り組みを把握し、弱みと強みを再認識する。
 ・それぞれの部門からステークホルダーの声を集約し、優先的な課題は何かを考える。
 
③ステークホルダーや社外第三者(専門家等)を交えての自己診断
 ・ステークホルダーの視点から自社の取り組みがどう見えているかを把握する。
 ・自社が把握している取り組みと、ステークホルダーに見えている取り組みの相違を認識する。
 ・ステークホルダーが重要だと考える人権課題を把握する。 
 
 人権CSRは、人と社会、そして企業が持続可能な発展を実現するための鍵となる視点を提供している。ガイドラインによる自己診断を通じて、企業経営への人権の組み込みがますます前進することを期待している。